継承紋
「――は?」
いつの間にか、ヤスの傍らに若い女性が立っていた。
耳の先が少し尖っているのをのぞけば普通の人間のようだ。
――いや、違う。普通じゃねぇぞ、こいつ……めっちゃ美人だ!?
にわかには信じがたいほどの超絶的な美女であった。
親しみやすさとほの昏い妖艶さが同居した、不思議な魅力を放っている。おまけにどう見ても日本人ではない。こんな美人の知り合いなどいないはずだ。
だが、ちょっとした既視感はあった。
――何か派手ってか、キャバ嬢っぽいな? てか、おっぱいでけぇっ!!
豪奢だが薄いドレスの胸元は挑発的に盛り上がっていた。まさに凶器。対艦ミサイル級の飛び道具である。空母だろうが戦艦だろうが、一発轟沈しそうな逸品だ。もしキャバ嬢であるのなら、本当にとびきり――超最上級の女だろう。
しゃがみ込み、女はヤスの入れ墨を撫でた。
「へー。こんな出方してるの、初めてみたなぁ。かっこいいね!」
えもいわれぬ匂いが漂い、ヤスはどきりとした。
香水ではない。彼女の身体から発する匂い。濃厚なフェロモンの匂いだった。
「ま、待ってくれ! あんた、一体……」
「アスモデ」
「あ?」
「アスモデだよ、あたしの名前。キミは?」
「や、安田康……」
思わず素で返してしまうヤス。
アスモデはにこっとする。
「ヤスヤス? じゃあ、ヤっちゃんだね。よろしく、ヤっちゃん!」
からりとした、明るい笑顔。
アスモデが撒き散らしていたフェロモンは霧散してしまった。己の魅力にまだ無自覚な、ハイティーンの少女に変貌したかのようだ。さわやかな薫風に頬を撫でられたような気さえする。
――何だよ、この青春っぽい自己紹介!? 俺、高校中退だし、ヤクザなんだけど!?
「ふふふっ。キミ、何もわかんねぇ! って顔してるね?」
「あ、当たりま……っ!?」
白く細い指先に唇を押さえられ、ヤスは言葉を呑んだ。
アスモデの瞳はきらきらと輝いていた。どうやら彼女はひどく面白がっているらしい。
「大丈夫、あたしも全然わかんないから。とにかくさ、ここは押し切っちゃお!」
「――押し切る?」
「そ。大丈夫だよ、馬鹿ばっかりだから」
アスモデはヤスの腕を取り、立ち上がらせた。
満座の視線――しかも化け物達の視線を浴び、ヤスは気後れした。
「おーい、みんなーっ! 聞いて聞いて! 継承紋だよ、継・承・紋!! 魔王の継承紋が、出てるよーっ!!」アスモデが叫ぶ。
ざわっ、と一際大きなどよめきが起きた。
ヤスには意味がわからないが、何か大きなうねりが生まれようとしているようだ。
片腕をさっと前方へ投げ、アスモデは高らかに宣言した。
「つまりぃ――魔王の座はこの人、ヤっちゃんが継承しましたーっ!!」
「オオ……オオオ?」
「新魔王が、誕生したよーっ!! 魔王ヤスって呼んであげてねーっ!!」
「オオオオーッ!?」
「みんなー、魔王ヤスを応援してあげてーっ!!」
「オオオオオオーッ!!」
「元気が足りないよーっ? もっともっと、大きな声でーっ! はいっ!!!」
「ウオオオオオオオオオオオーッ!!!!」
次第に盛り上がってくる化け物達。
煽っているのはアスモデだったが、焦点にいるのはヤスである。
しかし当の本人には状況がまったくわからないままだ。
「いや、ちょ……!? なんだよ、魔王って!!」




