魔王ヤス
「どうしたの、ヤっちゃん。しょぼくれた顔しちゃって」
さすがにアスモデは目ざとい。
ヤスは袖で汗をぬぐい、茹で上がった麺の湯切りを始めた。
「――ふん。別に何でもねぇよ」
「ね、あたしが慰めてあげよっか。二人で最高にイイ気持ちに――」
さすがに見過ごせないのか、マルガレーテが割って入る。
「わたしの前でいい度胸ですね。悪魔が契約違反をするなんて、あなたには誇りというものがないのですか!!」
ヤスとアスモデの契約はマルガレーテの知るところとなっている。
説明してやらなければ、おさまりがつかなかったのだ。
「おあいにく様。あたしはヤっちゃんに提案をしているだけよ。彼が応じれば、今日がその日になるってだけだもの、契約には抵触しないわ」
「こ、これだから悪魔との契約なんて信用ならないんです!! こんな契約は破棄ですね、破棄ぃ!」
「あんたこそいい度胸じゃない。勝手に契約を破棄したこと、あたしは忘れてないわよ……!!」
まさに一触即発である。
イモリッチは軽く咳払いし、
「あー、そう言えばガルムの話は聞いたかね? また活動が活発になっているそうだ。何でも群れの新しいリーダーが誕生したらしい」
「いや、初耳だぜ。そっかー、そりゃ困ったな。なあ、アスモデ?」
「ええ? まあ……イノークは隊商の護衛でオロシアだから、ちょっとまずいかもね」
「だよな。帰り道にガルムの群れに襲われるかも知れん。マル子ならどうするよ」
「は、はい。そうですね……群れ全体を駆逐するのは現実的ではありません。やはりリーダーを倒すのが早道でしょう」
話しているうちに頭が冷えたのか、二人は矛先を収めてくれた。
ヤスはほっと胸をなで下ろす。
□
食事を終えて謁見の間に戻るとジェイムスンが飛んで来る。
「お戻りになりましたか、魔王様!! 至急のご報告がございます!」
「ああ、ガルムのことだろ? もうイモ男爵から聞いたぞ」
「魔獣程度の問題ではございません! オロシア帝国で革命が起きましたぞ!!」
オロシア王家の歴史は古い。
それゆえに腐敗も進み、近年は権力者の汚職がひどく、民衆は虐げられていたらしい。
「マジかよ!? ウチの隊商はまだオロシアだよな……?」
「はい、オロシア領内におりますな。困ったことに革命軍はすでに国境を封鎖しております!」
隊商はオロシアに閉じ込められてしまったのだ。
放置すればイノークは強行突破を図り、革命軍と衝突するに違いない。
イモリッチは愕然としている。
「ま、まずいぞ! もしそうなれば戦争の火種になりかねん! どうにか穏便に片づけてくれ!!」
ばたばたと走ってきたのは、ピーラーであった。
後ろにいつかの手下達がつき従っている。
「大変だぜ、ヤスの旦那! 犯罪ギルドの連中が魔界に入り込んでやがる!!」
「犯罪ギルドですって? 連中がどうして魔界に?」
戸惑うアスモデに、ピーラーは苦々しそうに返す。
「姉御、そりゃプレイズに決まってますよ。奴ら、バイコーンのツノを集めてプレイズを作ろうとしているんです!!」
プレイズの製法は秘匿されていたはずだが、人の口には戸が立てられない。
犯罪ギルドが嗅ぎつけるのも当然か――と、ヤスが考える間もなく大勢のサキュバス達が飛び込んできた。みな、泡姫無双で見た顔である。中からモルモが進み出て、
「魔王様、お姉様! 実はラミアが……ラミアが人間に捕まってしまいました!!」
ラミアは店の客だけでは物足りなくなったらしい。
質の高い精を求めて人間の領域深く侵入。貴族の子息に手を出し、しくじったのだ。
救出するにしても上手くやらなければ、王国との手打ちが台無しになる。
ヤスはぼりぼりと頭をかいた。
「ええい、もう――どいつもこいつも面倒な話ばっかり持ち込みやがって!」
「どうするの、ヤっちゃん」
「ふん。どうもこうも、何とかするしかねぇだろ」
みなそれぞれに緊急の要件を抱え、食い入るようにヤスを見ている。
ヤスはぐいと胸を張り、腕を振って激を飛ばした。
「ぜんぶ俺が何とかしてやる! だから、お前らも手を貸せ。俺がお前らをきっちり使ってやるぜ! わかったかっ!!!!」
集まった者たちはおおっ、とどよめく。
「もちろんでございます、魔王様! このジェイムスンにお任せあれ!」
「わしも可能な限りの支援を約束する! 約束するから、どうか穏便に済ませてくれっ!!」
「当然だぜ。旦那について行きゃ、相応の報酬を頂けるからな!」
「ラミアは阿呆ですが、わたしく達の仲間です。どうか協力させてくださいませ、魔王様!」
「及ばずながら、わたしも助太刀します。頼りにしてくださいね、ヤスさん!」
「みんなやるってさ。モテモテだね、ヤっちゃん! もちろん、あたしもついていくわよ!!」
微笑みを浮かべ、アスモデはヤスにしなだれかかった。
「でも大丈夫、キミ? こーんな安請け合いしちゃって!」
言われるまでもないことだった。
安請け合いもやせ我慢も彼の仕事のうちなのだ。
しょせんヤスの根っこはチンピラのままだ。
知恵を絞り身体を張っても、できることなど知れている。
それでもやれるだけはやってやると、この世界にきた時に決めたのだから。
「あったり前じゃねぇか。何せ、俺は――魔王ヤスだからなっ!!」
口の端をゆがめ、ヤスはにやりと笑った。
以上で本作は完結となります。
長らく読了頂きまして、ありがとうございました!
よろしければ感想、評価などよろしくお願いします!!!




