決着
磁力のようにヤスの視線は吸いつけられた。
ひどく変わり果てた姿であっても見間違えるものではなかった。
クローリクは盛り上がる白い肉の中に没しようとしている。
「オ」
他のモノは消えていた。
仲間の危機も、ブレスの閃光もヤスの意識にはない。
「ヤ」
迷いはなかった。決着の時だった。
全身全霊がそうせよと命じるままに、ヤスは動いた。
「ジィィィィィィィィィーッ!!!!」
ありったけの力を込め、思い切り腕を振る。
投擲されたドスは一直線に宙を貫き、狙い違わずクローリクの胸部に突き刺さった。
“急所を貫く”――その効果を極限まで発揮して。
『ギイイイイイイイ、ヤアアアアアアアアアアーッ!!』
まさに魂消るような絶叫であった。
刺された箇所から蜘蛛の巣のようなひび割れが走り、身体が寸断された。
次の瞬間、クローリクはばらばらに砕け散った。ドスと破片は共に穴に落ち、吸い込まれてしまう。
同時に偽ウロボロスや怪物達の動きも止まった。
混沌からのエネルギー供給が断たれたのだ。
地鳴りが轟き、紫電が舞い踊る。
漆黒の穴は明滅し――最後に大気をつんざく破裂音を残して消滅した。
ヤスの身体が上昇から下降に転じたのは、その時であった。
「って、おわあああああーっ!!」
この高さから落ちたら無事では済まないだろう。人間であれば間違いなく即死だ。
どうにかしようとじたばたするヤスだが、どうにもなるはずがない。
落ちていくヤスをつかんだのは、アスモデであった。
「ヤっちゃんっ!!」
ヤスの身体を抱き締め、アスモデは腰の翼を大きく展開。
魔力を一気に放出し、急減速した。
「お、おお……助かったぜ、アスモデ!」
魔眼からの魔力放射が止んだ為、彼女はヤスを救うべく飛び立ったのだ。
「ふふん、どういたしまして! タイミング、ぎりぎりだったわね!」
ゆっくりと高度を下げていく。
服はぼろぼろ、髪もぐしゃぐしゃ。アスモデはまさに満身創痍の有様である。
だが彼女は魅力的だった。これまで以上に美しかった。
折れなかった誇りとやり遂げた達成感が、アスモデールの瞳を生き生きと輝かせていた。
ヤスの視線を察知し、
「何?」
「いや――何でもねぇよ」
「綺麗だな、美人だなって思ったでしょ?」
「ふん。まあな」
「あはははは、やったぁ! ありがと、ヤっちゃん!」
王都はまだ騒然としているようだ。
夜でもあり、遠目からはまだことの成り行きがわからないのだろう。
偽ウロボロスが壊れ始めた。
身体が硬質化したようで、あちこちに亀裂が入り、崩落していく。
次々と首が地表に落ち、砕け散って白い煙となった。
それを眺めながら、ヤスとアスモデは降りて行く。
「にしても、めっちゃ派手な出入りになっちまったなー。ま、俺のせいじゃないが」
「えっ!? そ、そう?」
「うむ、俺は悪くないぞ。むしろ被害者だ。謝罪と賠償を要求すべきだな、法皇とか国王とかに」
ヤスは本気であった。
どうやってこの貸しを取り立ててやろうかと算段すら始めていた。
「はぁ……キミって本当、そういうとこあるよね」
呆れ眼のアスモデ。何だよ、とむくれて見せるヤス。
顔を見合わせて、二人は笑い、キスをした。
アスモデは唇を離し、ささやいた。
「――ああ、どうしよう。どうする、ヤっちゃん?」
「あ? 今度は何だよ」
「したくなっちゃったの! すっっっっごくっ!!」
もじもじと太腿をすり合わせるアスモデ。
意味するところは明らかであった。
「んあ? い、いやお前、それは契約的にだな、コンバインプラスとか何とかが」
アスモデはヤスを強くかき抱く。
濃厚なフェロモンが漂い、たちまち理性が浸食されていく。
「このまま、したい。二人で飛びながら――したいの。一生に一度の体験になるわよ、きっと」
「阿呆か、そりゃそうだろ! やったら、俺は死んじまうんだから!」
「それじゃ嫌? キミが嫌なら我慢するけど」
「だ、だから――」
「本当に、嫌?」
ゆっくりと唇を寄せるアスモデ。
今度のキスはさっきまでとは意味合いが違う。次へ進む為のステップなのだ。
進んでしまえば、もう止まれる気はしなかった。
ある意味、ヤスは本日最大の危機に瀕していた。
この危機に駆けつける者、それは――
「うううう……わあああああああーっ! どいてくださーいっ!!!」
「――え? きゃあっ!!」
二人の間に激突したのは、マルガレーテであった。
偽ウロボロスの崩壊に伴い、やっと顎から解放されたのである。
大きくバランスを崩し、三人は絡まり合って墜落した。




