最終局面
一方、ヤス達は苦境に陥っていた。
「くそっ、放しやがれっ、化け物がっ!!」
数度棍棒を振り下ろし、ヤスはイノークを捉える怪物の顎を叩き斬った。
回復するまではほんの数秒――しかし、その間にイノークは腰につけていたドスを抜き放っていた。
「ぐおりゃあああああっ!!!!」
イノークはめちゃくちゃにドスを振り回した。
ドスで斬られた箇所を中心に怪物の肉体が崩れ、欠損が生じる。
ひるんだ怪物に追い討ちの棍棒を叩きつけ、ヤスはイノークの前に滑り込んだ。
「すまん、イノーク! 大丈夫か!?」
「へ……へへへ、さすがぁボスのアイテムじゃ。こいつで斬れば、奴らもおっ死ぬみたいじゃの」
ドスを振って見せるイノーク。
右腕は傷がひどく、もう使い物にならないだろう。左腕もかろうじて動かせる程度のようだ。
「オークは円陣を組め! コボルトは支援だ、化け物共の眼を狙え!!」
ヤスの指示に応じ、魔物達は陣を組む。
中庭を埋め尽くしていた他の怪物達も合体し、十数体の群れとなった。
このサイズでは吹き飛ばすのは無理だ。頼みのイノークも負傷がひどすぎる。
おまけに怪物は身体のあちこちに顎を生じさせ、ぎちぎちと牙を鳴らし始めた。
まさに悪夢のような光景であった。
「うわ、ヤバいな。やっぱり逃げればよかったぜ」
ヤスは軽口を絞り出し、背筋を撫でる冷たい怖気を抑え込む。
――どうせ、もうすぐ決着だ。やれるだけ、やってやらぁっ!!
死力を尽くした戦いは、いよいよ最終局面を迎えていた。
□
ぱっと夜空が明るくなり、重苦しい爆発音が轟き渡る。
ブレスの収束攻撃を喰らい、とうとう最後の要塞砲塔が破壊されたのだ。
これで偽ウロボロスの注意を引くものがなくなってしまった。
先導するアスモデはマルガレーテを急かす。
「早く!! デカブツがこっちに気づくわよ!!」
火災と爆発の煙で周辺の見通しは悪い。
さらに偽ウロボロスの身体はぐにゃぐにゃして傾斜もきつく、ひどく走りにくかった。
突然、足元が揺さぶられた。
偽ウロボロスがアスモデ達を振り落とそうと、大きく身震いしたのだ。
「あっ!」
転倒し、滑り落ちそうになるアスモデ。
マルガレーテがとっさに手をつかみ、落下を食い止めた。
「勘弁してよ、このポンコツ騎士!! あたしを助けてどうすんのよっ!!」
「うるさい、淫乱悪魔! 文句の前に立ちなさい!!」
気配を感じたのか、マルガレーテは天を見上げる。
幾つもの巨大な首がこちらに向けて急速に迫りつつあった。
「きた……っ!」緊迫した声をもらすマルガレーテ。
回復能力があるにせよ、さすがに己の背にブレスを吐くような真似はしないだろう。
だが、まともにやり合うのは到底不可能だ。
「上等じゃない、きなさい蛇野郎っ!」
アスモデは素早く体勢を整え、双剣を抜く。
両足をしっかりと踏ん張り、身構えた。この場で偽ウロボロスを迎え撃つつもりなのだ。
同じく抜刀したマルガレーテをじろりとねめつける。
「何度同じボケかますのよ、あんた? さすがにもう面白くないわよ」
「あなたこそ馬鹿ですか! 一人でどうにかなるとでも――」
「ド貧乳の手を借りるほどおちぶれちゃいないのよ!! あたしに構わず、あんたはあんたの仕事をしなさい! いい、何があってもよっ!!」
周囲を取り巻く煙から、ぬっと偽ウロボロスの顎が現れた。
アスモデが短く呼気を吐くと、構えた両手の剣が禍々しい赤に染まった。
槍のように突き出された顎を強烈に速い踏み込みでかわし、アスモデは偽ウロボロスの首をなで斬りにした。
双剣は刀身が短く、深手を負わすことはできない。
しかし、傷は塞がらなかった。
黒々とした腐汁を噴き出し、偽ウロボロスは悲鳴を上げて後退する。
「ブラッド・ソード!? あなた、一体――」
「いいから、さっさと行けっ!! みんなが粘っている間に魂のうろを壊すのよっ!!!」
「――っ!!」
もはや言葉はない。
複数の顎が二人を囲むが、アスモデは躊躇なく突っ込み、まさに血路を開く。
「行けっ!!」
わずかな隙間を潜り抜け、マルガレーテは顎の包囲から離脱。
たちまち背後で発生した戦闘騒音に構わず、疾走した。
目前には崖の如き魔眼がそびえている。魂のうろはこの後ろだ。
回り込む手間はかけられない。
直接越えようと魔眼を踏み締めた途端、激痛が身体を刺し貫く。
放射されている強い魔力に、神経がさいなまれているのだ。
「ぐううう……っ! この程度でっ!」
弾むように跳躍を繰り返し、わずか数歩で頂上へたどり着く。
魔眼の後ろには同じような白い肉が広がっているだけで、他には何もない。
だが、ここまでくればマルガレーテにもわかった。
ここにある。確かにいる。
おぞましきモノ、あってはならないカタチに堕ちてしまった、哀れなヒトの残骸が埋もれている。
偽ウロボロスは4つの首を集め、急所をガードした。
しかしそれはもはや、マルガレーテの障害にはなり得なかった。
「ソニック・ブレイドっ!!」
真空の衝撃波は偽ウロボロスの首をまとめて斬り飛ばした。
さらに魂のうろを隠している肉に、深々と亀裂を穿ったのである。




