合体
ぽかんとした後、アスモデは表情をけわしくした。
「本気……なのよね? ヤっちゃん」
「おお」
「理由は? まさか世の為、人の為ってわけじゃないでしょ!!」
「あれは俺の親だ。義理だけどな。それでも身内なんだよ」
ヤスは偽ウロボロスを指差した。
「だから、あれは俺が始末をつける。そうしないと――」
「そうしないと、気が済まないって?」
「んだよ、わかってるじゃねぇか」
「わかるわけないでしょ、馬鹿っ! チンピラのくせに、何格好つけてんのよ!! キミのワガママにあたし達全員を巻き込むつもり!?」
アスモデの指摘にヤスはぽんと手を打つ。
「おお、確かにそういうことになるな。うはははは!」
「うはは、じゃなーいっ!! もう、今度という今度は――」
「お前が頼りだ、アスモデ。悪りぃが、今回もシメまでつき合ってくれよ」
にっと笑うヤス。
いつもの悪賢そうな笑みではない。まるで少年のような笑顔だった。
毒気を抜かれ、アスモデは二の句を継げなくなってしまう。
「お前らもだ! こそこそ逃げ帰るのは嫌だろうが? いっちょ派手にぶちかまそうぜっ!」
打てば響くようにオークやコボルト達は「ウオオオオーッ!!!」と答える。
ヤスもだいぶ魔物の扱い方がわかってきたらしい。
「もちろんわたしも戦います! ありがとうございます、ヤスさん!」
マルガレーテに至ってはヤスに感謝の眼差しさえ向けている。
もともと彼女は一人でも戦うつもりであった。
アスモデは長いため息をつく。
「はあ、もう――わかったわよ!! で、どうするの? さすがに闇雲に斬りかかってどうにかなる相手じゃないわよ!」
「んー、だよなぁ。弱点でもわかればいいんだが……」
「弱点、ですか」
マルガレーテは眉をひそめた。
「人間一人の肉体をここまで増殖させ、維持するには途方もないエネルギーが必要です。大司教……いえ、クローリク本人がそんなものを持ち合わせているはずはありません」
「まあ、そりゃそうだな。奴の中にはないってことは……」
「はい。外――恐らくは、世界の外。魂のうろを通じてこの世界の外から混沌のエネルギーが流入している。それを壊せばいいはずです!」
「だったら見当はつくわ。あたし達、ヒトの魂のあり方には敏感だから」
アスモデは左の掌を突き出した。
瞼を閉じてウロボロスの身体をなぞるようにゆっくりと掌を動かし――やがて止めた。
「あったのか、アスモデ!」
「ええ。こうして探るだけでもおぞましさが伝わってくるわ。吐き気がするくらいよ!」
アスモデは顔をしかめつつ、
「魂のうろは魔眼の真後ろにあるわ! ただ、肉に深く埋もれている。普通に剣で刺しても届かないけど……」
「おお、マル子のあれならやれるってわけか!」
至近距離からのソニック・バスター。
偽ウロボロスの身体を切り開き、魂のうろを露出させるのだ。
マルガレーテもうなずく。
「勇者ではなくなりましたから他のスキルはダメですが、ソニック・バスターは使えます。あれはもともとわたしが習得したスキルですから!」
作戦は決まった。
「俺達が露払いだ。マル子を蛇野郎に取りつかせろ!!」
肉塊の怪物達は不気味なうめきをもらし、今や全方向から迫っていた。
獲物を求め伸ばされた偽ゴリアテの生白い腕。あえて背を向け、ヤスは仲間達に怒鳴る。
「びびるんじゃねぇぞ、てめぇら! いいか――」
振り向きざまに腕をかいくぐり、偽ゴリアテの腹部に思い切り棍棒を叩きつける。
「――ここが見せ場だっ!!!!」
偽ゴリアテは他の怪物を巻き込み、転がっていく。
傷は回復できても衝撃力は殺せない。
「ふん、軽いな!! こいつら、ぶくぶく増えただけあって見た目より体重がねぇぞ!!」
「がはははは、なるほどのぅ!! よしおめぇら、刃は使うな!! ぶん殴って膨れ肉共を押しのけぃっ!!」
応、と叫び返すオーク達。
下手に斬ればかえって数を増やしてしまう。石斧を棍棒代わりに使った方がいいのだ。
――みっともねぇ真似してんじゃねぇぞ、オヤジ! 俺が後腐れなくぶち殺してやるぜ!!
魔物達は地響きを立てて突撃を開始した。
もはやヤス達にとっては毎度おなじみの戦法だった。
先頭はヤスとイノーク。両翼にオークが続き、楔形の陣形を取った。
切り札であるマルガレーテはコボルト達と共に陣の内側に入る。
最後尾はアスモデである。
「おらおらおらーっ!! 根性見せろよ、てめぇらーっ!!」
仲間を鼓舞しつつ、ヤスは棍棒を振り回す。
とにかく足を止めてはいけない。速度を失えばたちまち袋叩きにされる。
「どけ、ぶよぶよ野郎っ!!」
身体の中心を叩かれ、怪物が吹き飛ぶ。
やはりヤスの膂力と棍棒の相乗効果をこらえられるほどの重さがないのだ。
オーク達は生来の剛力で充分対処できている。
イノークもスキルは温存しているようだ。
敵の数は多いが動きは早くない。ヤス達は勢いを保ち、突き進む。
偽ウロボロスはもう間近だった。
わらわらと数体の偽ゴリアテが進路をふさぐ。ヤスは棍棒を握り直した。
――邪魔くせぇっ!! まとめてぶっ飛ばして、マル子を蛇野郎に取りつかせてやるっ!!
ぐんっ、と一気に加速しヤスは突出した。
限界までテイクバックし、一気に棍棒を――
「何ぃ!?」
瞬間、偽ゴリアテは合体した。
形状も変化し、ヤスの目前で鰐を思わせる巨大な顎がぱっくりと開く。
「ぬあがぁっ!!!」
猛烈な一撃で割って入ったのはイノークだった。
全力で振るった石斧はブーストなしでも怪物の顎を跳ね上げることができた。
だが、それが限界だった。
踏み止まった怪物にさらに数体が合体し、大きく膨れ上がる。
顎が二つに分かれ、左右から襲い掛かった。
体勢が崩れていたイノークには避ける術がない。
もろに喰いつかれ、両腕に牙が突き刺さる。
「ぐわああああっ!?」
血飛沫が上がり、骨の砕ける嫌な音が響く。
ヤスは眼の端でマルガレーテが救援に駆けつけようとするのを見て取った。
聖堂騎士としては模範的な――しかし、この状況では最悪の行動だ。
「アスモデ、マル子を頼むっ!」
「――はいっ!」
「えっ、あっ!?」
マルガレーテの服をひっつかみ、アスモデは翼を広げて跳躍した。
ヤスとイノークを飛び越えるが姿勢がふらつき、どうにか偽ウロボロスに着地する。
「ちっ、魔眼のせいでまともに飛べやしない! さっさと立ちな、貧乳騎士っ!!」
アスモデは強引にマルガレーテを立ち上がらせると、走り出した。
イノークを助けていたら、完全に足止めされていた。
遅まきながら理解したものの、マルガレーテは怒鳴り返した。
「あなたの判断が正しかったのは認めますが、ちょいちょい侮辱を挟むのはやめてください!」
「うるさいっ!! あんたの愚図であたしの男が死んだら許さないからね!」
「だ、誰があなたの男ですかっ!! サキュバスの契約は――」
喚きあいながらも、アスモデとマルガレーテは偽ウロボロスの身体を駆け上がり出した。




