砲撃
マルガレーテは蒼白な顔で偽ウロボロスを見上げていた。
「大司教様はこうなることを知っていたのでしょうか……?」
「さあ、どうかしらね。ずいぶんプレイズに入れ込んでたみたいだし、そうであっても不思議じゃないわ」
「ちょっと待て、お前ら」
割って入るヤスの口調は奇妙に静かだった。
化け物は化け物だ。どうしてそうなったか、なんて本来ヤスにはどうでもいい。
だが、それでも――
「魂が腐るのはプレイズの中毒者なんだろ?」
「はい――アスモデの推測ですが、正しいと思います」
「一番最初に化け物になったのはオヤジだった。つまり」
それでもたった一つだけ、捨て置けない問題があった。
「オヤジ自身がプレイズの中毒者だった。誰よりもあいつが一番麻薬にハマってた。そういうことかよ?」
「ええ、間違いないはずよ。聖堂騎士に囲まれていたから臭いには気づかなかったけど、あんな姿になっちゃったんだから」
強く歯を噛み締め、ヤスは偽ウロボロスをにらみつけた。
――何だよ、それ。何なんだよ、それ。そんな体たらくなのかよ、あんた? 快楽の為に自分まで使い捨てかよ! いい加減にしろよ、この糞オヤジーっ!!!!
視線を感じたのか、偽ウロボロスは首を巡らせ、幾つもの顎がヤス達を指向する。
偽ゴリアテ達もゆっくりとこちらへ接近を始めた。
戦闘が開始されたのは、その時だった。
夕闇に沈む空を赤々と照らし、数十の火球が飛来する。
「フレア・ホール!? このスキル――近衛騎士団の魔道士中隊!?」
続けざまの炸裂音がマルガレーテの叫びをかき消す。
この時、警備隊を支援すべく、王城に駐留している近衛騎士団が出動していたのである。
こんな怪物との遭遇戦は想定外のはずだが、近衛は最精鋭部隊と呼ばれるのにふさわしい練度を発揮した。
間断なく火球を浴び続け、偽ウロボロスは悲鳴じみた咆哮を上げていた。
防御力は低いのか、齧られたように肉が抉られていく。
マルガレーテは偽ゴリアテ達に剣先を向けた。
「大物は近衛の方々に任せます。わたしは彼らを埋葬してあげなくては」
「ちょ、待って! 見なさい、あれっ!!」
アスモデが指し示す先には車ほどもある肉塊があった。
フレア・ホールで千切り取られた偽ウロボロスの断片である。
肉塊の表面が泡立つように膨れ、蟲のような脚や狼を思わせる顎が形成される。
中庭のあちこちで同じような肉塊が蠢き出していた。
いつの間にか、周囲は偽ウロボロスから生じた怪物だらけになってしまった。
「本体の方も回復……いえ、増殖しているわ……!」
肉腫が盛り上がり、爆発で抉られた傷が埋っていく。
さらに攻撃が刺激になったのか、偽ウロボロスはいよいよ奇怪な姿になりつつあった。
蛇だけでなく、鷲の鉤詰め、天使の翼、ヒトそっくりの腕などが身体のあちこちから生え始める。身体全体も一回り大きくなったようだ。
最後に背中の一部がぷっくりと膨れ、真一文字に裂ける。
出現したのは、紅い巨眼であった。
そのとたん、フレア・ホールは偽ウロボロスに届かなくなった。
壁にぶつかったように空中で炸裂してしまうのだ。
「魔眼から放射した魔力でマジック・シールドを展開したのね――って、ちょっと……」
アスモデは顔を引きつらせ、叫ぶ。
偽ウロボロスの顎が限度一杯まで開き――
「ヤバいよ、ヤっちゃん伏せてっ!!」
漆黒に輝くブレスを吐いた。
「――っ!!!!」
衝撃と閃光は強烈なものだった。
ヤス達が顔を上げた時、もはやそこは中庭ではなかった。
周辺の建造物はみな崩れ、廃墟同然となっていたのだ。
瓦礫の向こう、ブレスが直撃した辺りには数十のクレーターがあるばかりだ。
他には何もなかった。周辺の街区は消滅していた。
裏門も、街並みも、近衛騎士団も。何もかも。
「こ、こんな威力のブレスなんて……エンシャント・ドラゴン並みじゃない!?」
アスモデは絶句していた。
ひゅるるると不気味な風鳴りが聞こえた。
数瞬の後、偽ウロボロスの直上で爆発が起きる。
王都外周にある四基の要塞砲塔群が砲撃を始めたのだ。
各砲塔に据えられた榴弾砲が矢継ぎ早に火を噴く。
砲弾の装填はエーテル駆動で自動化されている。短時間であれば連射も可能だ。
猛烈な砲撃により、街はさらに広範囲に破壊されていく。
しかしマジック・シールドが砲弾を弾き、偽ウロボロスは傷一つ負っていない。
再び吐いたブレスが要塞砲塔の一基に直撃。
驚くべきことに防御結界はブレスをしのぎ、砲塔は猛烈に応射した。
偽ウロボロスの全身が燐光を帯び――すべての顎が同時にブレスを放射した。
収束されたブレスは防御結界を叩き破った。
塔の基部が融解し、内部に集積されていた砲弾が誘爆。凄まじい大爆発を引き起こす。
爆煙が上がり、瓦礫の雨が王都全域に降り注ぐ。
もはやめちゃくちゃな状況だった。何もかもが大混乱の渦に巻き込まれていた。
聖堂教会本部の火災などほんの前座に過ぎなかったのだ。
「やれやれ、しっちゃかめっちゃかだな。まるでお祭り騒ぎだぜ」
ヤスはぼりぼりと頭をかいた。
「アスモデ!!」
「えっ!? う、うん」
「逃げようと思ってたが、気が変わった。ここで蛇野郎をぶっ殺す」




