身代わり
「かかれ! 皆殺しにしろっ!!」
クローリクの絶叫が戦闘の火蓋を切った。
四方八方から迫る聖堂騎士、真正面には勇者ゼクス。
背後のオーク達を振り返り、アスモデが叫ぶ。
「こっちから突っ込んで戦列を崩すのよ! 騎士共を連携させないでっ!!」
だが最初に動いたのはマルガレーテだった。疾走し、瞬時にヤスの目前まで踏み込む!!
とっさに横飛びし、ヤスは振り下ろされた一撃を避けた。剣先は深々と地面に食い込み、土煙が吹き出す。
「でぇぇぇっ!? マル子、危ねぇって言っているだろうがっ!!」
抗議に応じたのは血走る殺意だけ。
アスモデが抜き放った二刀をマルガレーテは身体を沈み込ませて回避した。
その間にヤスは離脱に成功していた。ちらりと振り返れば、勇者はすでに追撃体勢だ。恐らく猶予はほんの数秒しかない。
――とてもじゃないが、まともにはやり合えねぇ。なら――
「乱戦に持ち込むしかねぇなっ!」
聖堂騎士達は意表を突かれた。いきなり魔王が単独で突進してくるとは思わなかったのだ。
わずかに反応が遅れた隙に、ヤスは彼らの眼前へ到達し、棍棒を振っていた。
「ぶっ飛べ、おぉぉおおらぁーっ!!!」
構えた盾に棍棒が激突。構わず、ヤスは全力で振り抜く。
魔術により増大した衝撃力は鎧を着込んだ聖堂騎士を軽々と吹き飛ばす。殴られた騎士は味方をなぎ倒しながら飛んでいく。
「うはははは、ホームランだぜっ!!」
混乱する聖堂騎士達の間を縫うように走り、ヤスは棍棒を振った。
振りまくった!!
「ホームラン・アタック!!」
「ぐわぁっ!?」
「ホォォォォムラァーンンン、アタァァァァァクっ!!」
「ぐがぁっ!?」
兜のせいで視界が狭く重装備の騎士達は、思いがけない方向からの鋭い打撃に対応できない。
棍棒一本のヤスにスピード負けしてしまったのだ。
「がははははは、ボスもやりおるな!!! こりゃ、負けてられんわい!! いくで、お前らーっ!!」
「おうよ、族長! ヒャッハー!!」
イノークを筆頭に凄まじい勢いでオーク達は突撃した。
もちろん、剣技は聖堂騎士達が上だ。オークの勢いをかわし、切り返えそうとするが――
「ぐっ!? こ、この犬共がっ!!」
側面を突こうとした騎士の剣はコボルトの短刀に防がれてしまった。
機敏なコボルトにとって鈍い巨人に追随し、援護に努めるくらい造作もない。
オーク一体の側背面を三体のコボルトでサポートする、異種混合の編成。
お陰でオーク達は絶大な火力を遺憾なく発揮できた。
礼拝堂での戦訓を生かしたのである。
「ぬ……ぐわっ!!」
攻めあぐねるうちに騎士達は致命的な石斧を喰らってしまう。
一撃で殺されては、クローリクの法術にも出番がない。
次々に討ち減らされ、聖堂騎士達は壊乱しつつあった。
「く……っ! 馬鹿野郎ども、何やってやがるっ!! 役立たずめ……どいつもこいつも、役立たず共めがっ!」
地団太を踏むクローリクだが、もはや大勢は決していた。
頼みの勇者も混乱する騎士達が邪魔となり、走り回るヤスを捕捉できなかった。
炎と煙は大教会本部の全域に及び、敷地の外壁には大勢の野次馬が集まっていた。中にはプレイズを含んだ煙を吸い込み、おかしくなっている者もいる。消火と救援の為、王都の警備隊も総動員され、大教会本部へ急行しつつあった。
確かにもみ消しなど不可能だ。クローリクの敵対者達がこの機を逃すはずがない。現場にいるところを押さえられては、どんな言い逃れも通用しないだろう。
「――ヤっちゃん!! もう一人でどんどん行かないでよっ!」
身のこなしは勇者を上回るのか、アスモデが追いついてくる。
ヤスの斜め前に占位すると、
「どうするの? 騎士連中はともかく、勇者をどうにかしないとケリはつかないわよ!!」
勇者は魔王城を護る魔物の群れを一人で撃破するだけの戦闘力がある。
聖堂騎士達が全滅したところで不利にはならない。むしろ味方に気をつかわなくてもよい分、有利になりかねない。
ヤスは返事をしようとして、目を見張った。
「ちっ、あんの腰抜けじじいめっ!!」
クローリクは大聖堂へ続く扉の向こうへ姿を消すところだった。
2名の護衛が後に続くが、ほかの聖堂騎士達は大司教が逃げたことに気づいていない。
ヤスにはピンときた。
恐らくクローリクは王都……いやラクノー王国から脱出するつもりなのだ。
――また使い捨てか!! 自分だけ高飛びするつもりかよ、ふざけるなっ!!!!
だから撤退命令を出さずに逃げた。
騎士達に少しでも長く時間稼ぎをさせる為に。
「イノークっ!!」
怒りに任せ、思い切り叫ぶ。
オークの族長はやや離れた位置で石斧を振るっていたが、「呼んだかよ、ボスぅっ!?」と吠え返した。
「大司教が、じじいが逃げやがった!! 大聖堂の方だ、追えっ!!」
「お? おお、だが……こいつらはいいんかよ!?」
窮地にあるが故に、聖堂騎士は必死に抵抗している。何より勇者が健在だ。
ここでイノークが抜けるのは痛いが、クローリクも放置できない。
「ここはこっちでどうにかする! お前はじじいを追って――殺れっ! いいか、絶対に逃がすなっ!!!」
「がははははっ、アンタよっぽど恨みがあるらしいのぅ! おお、まかされたわっ!!」
豪快に笑い、イノークはスキルを発動した。
「ヘルファイヤ・ブーストォッ!!」
跳ね上がった能力を駆使し、猛烈な勢いでイノークは建物へ突入した。
援護のコボルト達も置き去りである。
「うはは、相変わらずすげぇな、兄……イノークは!!」
イノークの勢いがかつての鬼島と重なり、ヤスは気を緩めてしまった。
それはほんの数瞬の――しかし致命的な隙であった。
「――ヤっちゃんっ!!」
勢いよく肩を押され、ヤスは転倒した。
アスモデが突き飛ばしたのだ。彼の身代わりになる為に。
「あうっ!!」
勇者の剣は背後からアスモデを袈裟懸けに斬り降ろしていた。布地の破片と血飛沫が飛ぶ。
アスモデはヤスの足元に叩きつけられた。
「は――あは、はははははーっ!」
悪魔を討った喜びに哄笑するマルガレーテ。
倒れ伏すアスモデの姿がヤスの目に焼きついた。




