出たとこ勝負
「そうとも! 俺は自由なのさ!! 馬鹿どもを導き、解放してやるのが俺の使命よ。プレイズでなっ!!!!」
クローリクは宙を撫でまわすような手つきをした。
「聖なる鎧よ、真の姿をなし、聖堂の勇者を護りたまえ!」
散らばっていた拘束具は光の粒子と化し、マルガレーテを包む。
輝きが失せた時、勇者は白銀の鎧を身にまとっていた。どうやら拘束具は鎧が変化したものだったらしい。聖堂騎士が彼女の目前にトロの剣を突き刺す。
「はぁぁぁ……っ、あああああああっ!!」
立ち上がって剣を引き抜き、濁った唸りをもらすマルガレーテ。
聖堂騎士達も一斉に武器を構える。残るはクローリクの合図一つだけだ。
魔物達も迎え撃つ準備はできていた。
「……どうするの、ヤっちゃん」アスモデがささやく。
「いやー、逃げたいけどな。無理だろ、マル子もいるしな」
ぼりぼりと頭をかき、一歩前に踏み出す。
ヤスはとっくりと敵の戦列を眺めた。予想外の展開ではあるが、どの道出たとこ勝負には違いない。
そしてここが出たとこなのだ。
「ふん、つまりだ――あとは勝負するだけってことだな!」
突き刺さる殺気の束に刺激され、ヤスは口の端をゆがめてにやりと笑った。
「何にやついてやがる、てめぇ?」
クローリクは顔をしかめる。
おかしい。ヤスの態度にはまだ余裕がある。とても窮地にいる男には見えない。
これではまるで勝者のようだ。まるでヤスダヤスシではないようだった。
「いやいや、こんなところで騒ぎを起していいのかなと思ってよ。まだ教会にゃ、アンタの敵もいるんじゃなかったか?」
「うっとうしい連中は法皇と一緒に地方巡察だ。聖堂騎士団もここに残っているのは俺の子飼いだけよ!」
「ほー、そうかよ。逆にここなら多少の騒ぎはもみ消せるってわけか」
「ああ? 当然だろうが。でなけりゃ、ここで待ち受けるわけねぇだろ、馬鹿がっ!」
虚勢だったかとクローリクは胸をなで下ろす。
そうだ。魔王はこれから鼠のように殺される。クローリクの懸念は消え去る。それだけのはずだ。
「そうかい、そうかい。おお、そりゃあ困ったな。んじゃ、例えばだな――」
台詞を断ち切るように、爆発音が轟いた。
中庭を区切る建物の向こうから青黒い煙が立ち上る。火の粉が舞い上がり、爆風に飛ばされた破片が降ってきた。
続けざまに二、三、四回目の爆発音。足下を揺さぶられ、幾人かの聖堂騎士はよろけ、転倒してしまう。
「こーんな、手がつけられねぇ大騒ぎならどうよ?」
あっという間に火は聖堂教会本部に燃え広がった。
もうもうたる煙はすでに敷地を越え、周辺区域へ拡散している。
「うははははは! いやあ、よく燃えてやがるぜ!! こりゃあ、見物だな!」
「てめぇ……な、何をしやがった!?」
転げるように一人の聖堂騎士が駆けてくる。
「猊下ーっ!! ひ、火元は宝物庫です! 宝物庫が燃えておりますっ!!」
「何ぃっ!? ばっ、馬鹿野郎、消せ!! あそこには――」
「プレイズの在庫が山積みなんだろ? 今さら遅せぇよ、バァァァァァァカッ!!!!」
ヤスは嬉し気に吠える。
宝物庫は法術による施錠がされていた。規模は小さいが、魔王城の結界にも匹敵する強固なものだ。
暗証番号がなければ法皇ですら開けることはできない。
だからこそ、クローリクはここにプレイズを大量に貯蔵していたのだ。
「ちきしょう、オーツイだな!? あの野郎から宝物庫の暗証番号を聞き出しやがったのか!」
礼拝堂が崩れた時、オーツイは巻き込まれたとクローリクは思っていたのだ。
まあ司祭の身でサキュバスに忠誠を誓う豚になったのだから、死んだようなものである。特に社会的には。
そして宝物庫はバイコーンのツノを納入する場所でもあった。
イモリッチ男爵はあらかじめ納入品に紛れさせて幾つもの油樽と火薬を運び込んでいたのだ。
侵入したピーラーは樽を壊して庫内を油の海とし、火を放ったのである。
「馬鹿な……イモリッチの日和見野郎が、何でてめぇにそこまで肩入れするっ!?」
男爵は美食のことしか頭にない。ましてヤスが魔王であることはバレている。
反逆を冒してまで手助けするはずがない、むしろ保身に走るはずだ――と、結論づけていた。
魔王がイモリッチの胃袋をがっちりつかんでいるとは思いもよらなかったのだ。
「教えてやろうか? イモ男爵に縁切りされたわけを」
「何だと……?」
「アンタとつき合っていると食事がまずくなるんだよ!」
「ぬう……っ!!」
歯がみするクローリクを余所に、ヤスはすっかり浮かれ調子だ。
「いやー、しかしよく燃えるな。ピーラーの野郎、いい仕事しやがったぜ。燃えろ燃えろ、わっほーいっ!!」
もちろん麻薬と一緒に収蔵されていた歴史的に貴重な聖遺物もすべて燃えてしまう……のだが、そんなことはヤスの知ったことではない。
「さあああっ、どうだよオヤジ? 放っておいていいのかよ」
「て、てめぇ……ヤスうっ!!」
「ほら、もみ消してみろよ!!!! 急がねぇと全部灰になっちまうぞ、うはははははっ!!」
得意絶頂でヤスはドヤ顔を決める。まさに渾身のドヤ顔であった!
聖堂騎士達にも動揺が走っていた。
言うまでもなく麻薬密売は重罪である。ことが露見すれば投獄、いや絞首台送りだ。
「げ、猊下! これは我々はどうしたら……っ!?」
「うろたえるんじゃねぇっ!」ヤスを指差し、「あいつは魔王だ。悪いのは魔王だ! 昔からそうに決まっているんだよっ!!」
「おいおい、俺に罪を被せて言い逃れようってか。魔王がわざわざ宝物庫に麻薬を持ち込んで燃やしたのかよ? 無理があるだろ」
「うるせぇ、チンピラがっ! てめぇさえ死ねばどうとでもできるわ!」
聖堂騎士達はクローリクの言葉にすがりついた。
大司教の威光と麻薬で得た莫大な金――それが道理を曲げてくれると期待するしかない。
神の栄光ではなく、己の保身の為に騎士達は武器を構える。




