突入
魔術装置はヤスを瞬時にオキロ近郊へ転移させていた。
周囲を見回すが、人影はない。
「ごめーん、ヤス様ぁっ!」
上空から舞い降りてきたのはサキュバスのラミアであった。
翼をはためかせるように動かし、着地する。
「オーツイの奴、なかなか白状しなくてさぁ。お陰で出発が遅れちゃったんだよ」
「ほー。豚なのにか」
「うん。司祭を辞めたわけじゃないからコード・ブックが効いているんだよね。最後はモルモがキレそうになってたよ!」
どこか嬉しそうにラミアは笑い、「で、鍵だけど……」
耳打ちされ、ヤスはにやりと笑った。
「よし、これで情報はそろったな!」
「アタシがグレードⅡでよかったわー。もしグレードⅠだったら間に合わなかったわー」
「お前、調子に乗りすぎじゃねぇのか。あんま浮かれていると、そのうち大失敗やらかすぞ」
「大丈夫、アタシは乗りすぎている位がちょうどいいの! 褒めて伸びる子なんだから!」
「わかったわかった。偉いぞ、ラミア。さすがはグレードⅡだなー、ラミアはグレートなサキュバスだぜ! 泡姫無双の看板はラミアに決まりだな!!」
適当におだててやると、ラミアは「でしょでしょ!」と満足そうに相好を崩した。
「他の連中はちゃんと配置についてるか?」
「一昨日の夜には出発したから大丈夫なはずだよ。みんなでヤス様を王都へ連れて行くからね!」
ヤスは聖堂教会本部を襲撃するつもりであった。
狙いはもちろん、クローリクである。
「お前は大丈夫か? 休みなしだろ」
「アタシの受け持ち距離は短いから問題ないよ!」
「おお、そうか。んじゃ、さっさと出発するか。おっかねぇ勇者様が追いかけてくる前にな!」
魔王がオキロへ移動したことはもう勇者に察知されたはずだ。
だが、ここから魔王城は遠い。転送の魔術装置を使おうにもリチャージには最低半日かかる。
いかにマルガレーテが超速で走ろうとも、簡単には追いつけない。
「はーい、ヤス様。アタシにまかせて!」
ラミアはヤスの腰に手をまわす。二人の身体はふわりと浮いた。
グレードⅡではあってもヤスを抱えて飛べる距離はそう長くない。だから十数人のサキュバス達がバトンのようにヤスを引き継ぎ、王都まで運ぶ手はずだった。
――これならマル子より先に王都に着ける。とにかくオヤジの首を獲るんだ。後のことはそれから考えるしかねぇ。
聖堂騎士団と王国軍の大半は魔王城に引きつけられており、教会本部は手薄なはずだ。
このチャンスを作る為、ヤスはぎりぎりまで城に残ったのである。
「いっくよーっ! グレードⅡの速さ、見せてあげるっ!!」
翼を広げ、一気に天空へ駆け上がる。
放たれた矢のようにラミアは一直線に飛翔した。
□
聖堂教会本部は王都の中央街区にある。
総面積は王宮を超えており、幾つもの建造物の複合体になっていた。
とりわけ目立つのは大聖堂である。
巨大なドーム屋根と美しい白磁の壁で有名だが、今は夕陽に赤く染め上げられていた。
裏手にある通用門には厳めしい顔つきの門衛が二人、槍を持って立っていた。
「――ん?」
いつの間にか通りの向こうに妙な風体の男が現れていた。
いかにもなチンピラだ。おまけに棘の生えた棍棒を肩に担いでいた。粗末ではあるが、武器には違いない。
男は悠々とした足取りで門衛達の方へ向ってきた。
「待て、止まれ!! それ以上近寄るな!!」
門衛の警告を無視して男は大股でのし歩く。
ようやく歩みを止めたのは、鼻先に槍の穂先を突きつけられてからであった。
「立ち去れ! ここは関係者以外、立ち入り禁止だ!」
「おいおい、ここは聖堂教会だろ。どんな奴がきてもいいって聞いたんだがな」
男はわざとらしく困ったような表情を浮かべる。
門衛は眉をひそめ、相棒と顔を見合わせた。信者ならあまり粗略には扱えない。例え見た目がチンピラでもだ。
夕方の礼拝は大司教クローリクが執り行う予定だ。ささいなことでも不手際があってはならない。
「何だ、礼拝に参加したいのか? それなら表門へまわりなさい」
「だがその妙な棒を持っては入れんぞ。入り口で預けるように」
「いいや、それは困るな。何せ俺はカチコミにきたんだからな!」
笑う男の背後で空間が裂け、サキュバスが出現した。
「く、空間転移っ!? こいつ、淫魔と契約しているのか!?」
驚愕しつつ、門衛達は飛び下がって間合いを取る。積み重ねた修練のたまものであった。
だが、飛び出してきたのは悪魔一体だけではなかった。
「何だとっ!?」
サキュバスは裂け目からオークを引っ張り出した。
「ふんがぁーっ!!!!」
さらにオークは次のオークを引っ張り出す。芋づる式に引き出され、あっという間に十数体ものオークが現れた!
よく見ればオークにはそれぞれ三体のコボルトまでしがみついている。
「馬鹿な、こんなやり方があるか……!?」
呆然としている門衛達に男は容赦ない一撃を振るう。
「おりゃ!」
「ぐあっ!?」
「どりゃ!」
「うぎゃっ!?」
棍棒で強かに打たれ、門衛は二人ともあっさりと昏倒してしまった。
彼らを責めるのは酷だろう。王都のど真ん中で魔物の群れに囲まれることなど、誰も想像していないのだから。
「うはははは! んじゃ、リベンジカチコミだぜ!!」
魔王ヤスを先頭に、魔物達は聖堂教会本部へ突入した。




