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魔王討伐

 モルモの言葉にヤスは舌打ちした。

 プレイスは身体への害は少ないとクローリクは語っていたが、騙されていたのか。


『魔王様、その見解はある意味正しいのです。プレイズの影響を真っ先に受けるのは、魂です。身体に変質が及ぶのはその後になるでしょう』

『つまりぃ、オーツイの臭いはアイツの魂が腐りかけていたせいなのよ。アタシ達は魂には敏感だから気づいたけど、あと少しで取り返しがつかないことになってたんじゃないかなー。あれ以上臭いとさすがにヤバすぎだよね! あははははっ!』


 深刻さの欠片もなく、ラミアはけらけらと笑い飛ばす。


「オーツイが嘘をついてないとしても、野郎が知っている情報(ネタ)はちょいと古いよな?」ヤスが言うと、ジェイムスンは


「恐らくですが、王国軍に関する内容については大丈夫でしょう。大きな組織は予定変更に時間を要しますし、物見からの報告とも一致しております」と請け負った。


 確かに妥当な見方のように思われた。

 事実、王国の大規模な軍勢はオキロを出ており、雨天のせいで遅れながらも進撃を続けている。また、勇者らしき姿の女騎士も確認されていた。

 

 何よりもこれは過去の魔王討伐パターンを踏襲している。

 

 まず大軍が魔王城を包囲。大規模な攻撃を仕掛け、護りの結界にわずかなほころびを作り出す。その隙を突いて勇者が城内へ潜入。ただ一人で戦い抜き、魔王を討ち果たすのである。これまで成功している戦法なのだから変える理由はないはずだ。


「本人から詳しい話を聞きたいんだがな。できるか、モルモ?」

『もちろんですわ、魔王様。いらっしゃい、豚』

『は、はいぃぃぃっ、ご主人様ぁっ!』


 上ずった返答と共にオーツイが現れた。

 水像状態であってもげっそりと頬がこけ、落ち窪んだ眼が異様な輝きを放っているのがわかる。


『おお、これはヤスダ殿! いえ、魔王陛下でございましたな。ご機嫌うるわしゅう』

「……お前、それ首輪つけてんの? あと、豚って呼ばれた?」

『はい、昨夜賜ったご主人様との絆でございます! そしてわたくしめは、そう、豚でございますぅ!!』


 熱に浮かされたように恍惚となっているオーツイ。モルモはひどく蔑んだ眼で彼を見やっている。

 色々突っ込みたくなったが、たぶん深く追求してはいけない。ヤスはそんな気がした。

 

 聞かれもしないのに、オーツイは王国軍の編成についてべらべらと喋った。あらかじめ、モルモが言い含めていたのだろう。


「歩兵と弓兵、あとは工兵と法術士か。大砲や攻城装備も目一杯、引っ張ってきているみたいね。攻城の主力は彼ら一般兵士でしょうね。強力な魔物が出たら、聖堂騎士をピンポイントでぶつける。基本的に勇者は対魔王戦まで温存ってとこかしら」

『ははぁ、まさにご賢察でございますな! さすがは大悪魔アスモデール様でございます!!』


 サキュバス嫌いはどこへやら、オーツイはアスモデを激しくよいしょした。

 アスモデは不愉快そうに顔をしかめる。


『ただ、それだけではございません。クローリク猊下は大聖堂の宝物庫から希少な聖遺物を持ち出そうとしております』

「何ぃ! まだゴリアテがあるのかよ!?」


 思わず声を荒げるヤス。

 頑丈なゴリアテを壊すのは簡単ではない。残り一発の弾は勇者に使わなくてならないのだ。


『ああ、いえ、動くゴリアテはもうございません! 今申し上げた聖遺物は、結界解除の法術に使用する触媒のことでして』


 護りの結界は地脈からエーテルの供給を受け、術式を維持している。

 勇者に触媒を城内に持ち込ませ、外部から法術を起動して地脈とのつながりを断つ計画らしい。


『数週間もすれば、エーテルが枯渇した結界の術式は自然と解けるはず。いわば結界を餓死させようとしているのですよ』


 そんな手間をかけなくても、現在の魔王城には護りの結界はない。古びた城壁はただの砲撃にさえ耐えられないだろう。魔物達も籠城の訓練など受けていない。攻撃が始まれば、あっという間に陥落してしまう。


『クローリク猊下は魔王討伐にとどまらず、魔王城を占領し、恒久的な拠点にする構想であろうと、わたくしめは愚考致しますです、はい』

「――待って。じゃあ、まさか……クローリクは魔界全土を制圧するつもりなの!?」


 アスモデは気色ばんだが、魔界とは俗称に過ぎない。

 人間から見れば、ここは昔からラクノー王国のベッカイ地方である。国が危険な魔物や魔獣を駆逐するのは当然の義務。そもそも領内に実効支配の及ばない場所があること自体がおかしいのだ。

 

 クローリクはそうした大義名分を掲げ、半ば強引に魔王討伐を承認させたらしい。


「ふん、オヤジの考えそうなことだぜ。オーツイ、ついでに確認しておきたいんだがな」

『はい、魔王陛下!! わたくしめにわかることでしたら、喜んで!!』


 尻尾を振りかねない勢いでこびるオーツイ。もはや全方位にへつらっている感じである。


「勇者は俺――魔王の居所がわかるのか?」

『もちろんでございます』

「魔王城じゃない場所、たとえばオロシア辺りに居てもか?」

『はい、距離は関係ございません。勇者たるもの魔王がどこにいるかわからない、などということはあり得ません。恐らく別の大陸にいても探し当てるでしょう』


 予想された答えであった。魔王探知は勇者の基本的なスキルなのだろう。だからこそ、一番護りが固く勇者を単独にできる魔王城が対決の舞台となっていたのだ。もっとも歴代魔王はそれでも勝てなかったのだが。

 

 ヤスはがりがりと頭をかいた。



――ちぇっ、やっぱり逃げても無駄か。俺が砦に行けばマル子もきちまう。



『ゼクスは歴代勇者の中でも傑出しておりますからな。剣技はもちろん、保有スキルも多岐に渡っております』


 オーツイによれば攻撃、防御、回復、補助のすべてを一人でまかなってしまうそうだ。

 とても人間技とは思えない。マルガレーテにそこまでの力があったのだろうか。


『いえ、候補者はせいぜい一芸を極めた達人に過ぎません。選抜を勝ち抜くことで、勇者に成るのです』


 勇者選抜はただのイベントではない。人間を超人に作り替える儀式であった。

 賭け金は己の修練、スキル、戦闘経験。負ければそれらはすべて消失し、勝者へ付与されてしまう。

 

『勇者候補に選ばれるのは人生の大半を武道に捧げてきた者達ばかり。あらゆるものを犠牲にして獲得した“強さ”は勝者への供物になるのですよ』


 本来奪いようがないものを取り上げ、最後はたった一人に集約する。勇者選抜のシステムもまた、グランド・ソースによるものだろう。聖堂教会は魔王に対抗する法則を世界に承認させたのだ。


「にしても、俺はマル子に恨まれる覚えはないぞ。魔王だからって理不尽じゃねぇか!」


 憤然とするヤスだったが、周囲の者は皆ぽかんとした。


「何言っているの、ヤっちゃん。あの女は勇者で、キミは魔王でしょ?」

「だからって問答無用で殺そうとするのはおかしいだろ。マル子の奴、命令されたから仕方なくって感じじゃなかったぞ。俺は悪いことは何もしてねぇのによ」

「魔王様。組織的な密猟、密輸、売春のあっせんはラクノー王国では違法でございますよ」


 ぶつぶつ文句を言うヤスにジェイムスンが突っ込む。

 しかし、即断で処刑されるほどの重罪でもない。それにまだ友人とまではいかないにせよ、ヤスとマルガレーテは知らぬ仲ではない。ミッションに悩まされる者同士の連帯感もあったはずだ。


「むしろ、オヤジがやっていることの方がひでぇだろ。勇者は正義の味方じゃないのかよ!?」


 王国全土をおびやかす麻薬密売は野放し。

 あまつさえクローリクの命令に服従し、大きな罪を犯していない魔王を殺す。

 ヤスとしては納得がいかない。


『は、はぁ……まあ、ゼクスは勇者ですからな。勇者が魔王陛下を倒そうとするのは、失礼ながら当然でございましょう?』


 勇者と魔王は殺し合いをするもの。

 この世界においてそれは物理法則に等しいほどの絶対的な決め事(ルール)なのだ。

 ヤスはがりがりと頭をかいた。


「要するにまたコード・ブックかよ。勇者のコード・ブックに書いてあるんだな? あなたのすべきことは魔王を殺すことです、ってな!」

『おっしゃる通りでございます。強力無比な力を与えられた分、勇者のコード・ブックは極めて厳密に設定されているのですよ』


 ひたすら魔王討伐に専念し、それ以外はかえりみない。また、聖堂教会指導部の命令には必ず従う。

 聖堂勇者のすべきことはそれであり、逆に言えば他のことは一切しない。


「じゃあ、魔王を殺した後はどうするんだよ。他のことはしないんだろ。若隠居でもするのか」

『ははは、いやいや、まさか!』


 冗談だと思ったのか、オーツイは軽く手を振り、


『討伐が終われば勇者は処分するのが通例でございますよ』

「……処分だと?」

『ええ、自害させるのです。使い道のなくなった兵器を放置しては危険ですからな』

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― 新着の感想 ―
[一言] あれ? ひょっとしてオーツイって私なのでは?( ˘ω˘ ) それにしてもコード・ブックはえげつないですね。 でもこれで、ヤスの目標がハッキリしましたね!
[一言] オーツイきめえ… 反吐が出るオヤジの所業と勇者システム… なのにオーツイがきめえ…(笑)
[一言] >『討伐が終われば勇者は処分するのが通例でございますよ』 >「……処分だと?」 >『ええ、自害させるのです。使い道のなくなった兵器を放置しては危険ですからな』 これはひどい。怒れ。知恵を絞れ…
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