殺戮兵器
ボロボロにされてしまったイノークの前にアスモデは滑り込む。
対峙するマルガレーテを牽制しつつ、怒鳴った。
「さっさと立ちな!! あんたみたいな暴力馬鹿が、ここで根性見せないでどうすんだよっ!!」
「るるるるっせぇ……! このド淫乱アマがっ!! 俺ぁはまだ負けちゃいねぇっ!!」
ふらつきながらもイノークは石斧を構え直した。
ふたたび乱戦が始まった。しかしながらマルガレーテの優勢は明らかだ。アスモデ達は圧倒されている。
聖堂騎士達の壁に隠れ、クローリクは高笑いした。
「ひははははは! やれ、ゼクス!! 悪魔共を倒せ! 魔王を殺せ!!」
「猊下、我々もゼクスの援護に……」騎士の一人が進言したが、
「ああ? お前達がいなくなったら誰が俺を守るんだ!? ゼクスにやらせりゃいいんだよ!!」とクローリクは罵倒した。
――そうだろうな。あんたはそう言うだろうさ。誰彼構わず使い捨てにしやがって!!
とにかくこの窮地をくぐり抜けなくてはならない。
だが、撃つことができない。戦闘中の三人はめまぐるしく位置を変えており、狙いようがないのだ。
止めなくては。マルガレーテをどうにしかして止めなくては。
しかし、どうやって!?
「おいおい、ぼんやりしてていいのか、魔王様? 撃てよ。早く撃ってみろよ。ちっぽけなチャカで我らが聖堂勇者を倒せるもんならな! ひはははは!!」
クローリクの勝ち誇った高笑い。
弾は残り三発だけ。さすがのヤスも焦燥にかられてしまう。
「くそっ、これじゃ目を瞑って撃っても同じだぜ!」
いっそのこと、そうしてやろうかと思う。宝くじのようなものだ。上手くあたればお慰みである。
「ってわけにも……あっ!?」
マルガレーテの姿が消えた――と思った瞬間、イノークの巨体が吹き飛ばされていた。身体を丸めて懐へ入り込み、発勁のようなスキルを使ったらしい。遂にオークの族長は石斧を取り落とし、がっくりと膝をつく。
「やめてくれ、マル子! 止まれっ!!」
当然ながらマルガレーテはヤスの懇願を無視した。
アスモデも手首を極められ、投げ飛ばされた。激しく床に叩きつけられ、動きが止まる。
マルガレーテはアスモデにのしかかると手刀で喉を貫こうと――
「止まれって、馬鹿野郎ーっ!!!!」
ぱんっと乾いた音が響き、ヤスは我に返る。
――しまった、撃っちまった!
瞬間、マルガレーテは床に手刀を振り下ろした。
炸裂音と同時に石材の破片が舞い上がる。ほんの数瞬だけ屹立した衝撃波の柱にぶつかり、弾丸は斬り払われてしまった。弾の破片が肩をかすめただけでマルガレーテはほぼ無傷だ。
「うおおい、マジかよ!? って、あれ……?」
どうしたことか、マルガレーテは硬直していた。衝撃波を放った姿勢のまま、完全に静止している。
『う……ぐうううう……っ!!」
全身に力を込めているらしく、マルガレーテは歯を食いしばってぶるぶる震えている。
身体が動かない代わりに凄まじい眼つきでヤスをにらむ。
「なんだ? 動けないのか……?」
『おのれ……魔王ォォォッ!!』
「うおおお、おっかねぇな! お前の方が悪役みたいだぞ。もっとこう――」
『だぁぁぁ、まぁぁぁ、れぇぇぇーっ!!!!』
血を吐くような叫び。ほとばしるのは、憎悪のみだ。
他の事情は一切顧みず、あらゆる犠牲を払ってでも魔王を倒す。それこそが勇者のすべきことなのだろう。
ここにいるのはもはやマルガレーテ・フェニクスという一個人ではない。
魔王討伐に特化した殺戮兵器――聖堂勇者ゼクスなのだ。
――ちきしょう、とても話が通じる状態じゃないぜ。どうすりゃいいんだ、くそっ!
咳き込みながらアスモデはマルガレーテの下からはい出した。イノークもうめき声をもらし、立ち上がろうと試みる。
いきなり形勢が変わり、クローリクは焦ったらしい。
「ゼ、ゼクス、何してやがる!? ちくしょう、動きやがれっ! さっさと魔王を殺せっ!!」
『ぐうう……っ! あ、あああああーっ!!!』
マルガレーテは激しく短い動きを繰り返す。見えない鎖を何度も引っ張り、徐々に伸ばしているのだ。
勇者が束縛から解き放たれたが最後、ヤス達の命運は尽きる。今度こそ、間違いなく。アスモデもイノークももはや戦う力は残っていない。
「ヤ、ヤっちゃん……撃って! キミの銃を……使うしかないわ!」
苦しそうに息をしつつ、アスモデは断じた。
確かに今なら狙える。確実にマルガレーテを仕留められる。
「撃つしかないのよ、わかるでしょ!?」
もし今やらないなら、果たして次のチャンスがあるだろうか。
経緯はともかく、ヤスは魔王だ。勇者になってしまった以上、マルガレーテは彼を殺す。議論の余地なくそうする。魔王だってどうにか勇者を倒そうとする。両者は殺し合って当然なのだ。
『ぎ、が……があああああっ!!』
ばきんっ! と硬質な異音が鳴り響く。不可視の連環は勇者の力に屈したらしい。
力を振り絞っている最中に突然くびきがなくなり、マルガレーテは勢いあまってつんのめった。乱れた髪の隙間からぎらつく両眼に宿るのは、殺意と歓喜だった。
『ふっ………あ、あはははははっ! 解けた! 解けた、解けたぞっ!! 死ぃぃぃねぇっ、魔王ぉーっ!!!』
勇者は一直線に突進した。
もはや阻む手もなく、アスモデは絶叫する。
「ヤっちゃん、早くっ!」
「――わかったよ、ちくしょう! もうメンドくせぇっ、ぶっ壊れちまえーっ!!!!」
半ばヤケクソになり、ヤスは発砲。
凄まじい轟音が礼拝堂を揺るがせ、銃は再び一撃必殺の効果をあますところなく発揮した。




