鉄砲玉
ヤスは全力で後ろに飛ぶ。
着地――礼拝堂の半ばまで移動、即座に再跳躍――ふたたび地に足が着き、アスモデの前へ舞い戻る。
直後、マルガレーテが手を振るのが見えた。
途端に大気が裂け、猛烈な速度で衝撃波が撃ち出された!
「ソニック・バスター!?」驚愕するアスモデ。
「うひょおおおおおっ!?」
あっという間に真空の刃が迫り、ヤスは硬直した。アスモデがヤスに飛びつき、床に引き倒す。
「ぬあっ!?」
イノークも這いつくばり、ぎりぎりで回避。衝撃波は背後の壁に大穴を穿つ。
壁際にいたクローリク達は直撃こそ受けなかったものの、着弾の衝撃でなぎ倒された。大量の瓦礫が降りかかり、埃まみれになってしまう。
「ひいっ!? ちきしょう加減しやがれ、糞がっ!」
「猊下、こちらへっ!」
聖堂騎士に半ばかつがれ、礼拝堂の隅へ退避するクローリク。
認識しつつ、ヤス達は追撃できなかった。強烈な殺気を放つマルガレーテから目を離せなかったのだ。
「マル子、いきなり何しやがる! 危ねぇだろうが、こら!」
『うる、さい……! 魔ぁぁぁ王ぉぉぉーっ!!!』
奇妙な声だった。まるで複数の人間が同時に喋っているような、ひずみ、しわがれた声。
マルガレーテは激しく首を振り、『魔王――殺すぅぅぅっ!!』と言い放つ。
「な、何ぃ!? ヤス、てめぇ……てめぇが魔王だとう!?」
聞きとがめ、クローリクは驚きに顔をゆがめた。
だが、すぐに理解の笑みを浮かべる。諸々のことが符合したのだろう。
「……そうかよ、そういうことか!! なあるほどな。そりゃ、魔王討伐を嫌がるはずだぜ。くっくっくっ……ひはははは!」突然哄笑し、「残念だったな。てめぇがただのチンピラだったら俺を殺れたかも知れねぇのによ!」
勝ち誇ったようにクローリクは両手を広げる。
「あの女、マルガレーテ・フェニクスは勇者だ。勇者ゼクスなんだよ、魔王ヤス!! てめぇを殺す為に俺がこしらえた――究極の鉄砲玉だ!!!」
クローリクの言葉を咀嚼する間もなく、ヤスの身体は宙に浮いていた。アスモデに放り投げられたと理解できたのは、背中が壁に激突した後だった。
「痛てっ!? おい、アスモデ――」
ヤスは言葉を失う。
アスモデの向こう、ほんの三m先にマルガレーテの姿があったのだ。
――嘘だろ! たった今まで礼拝堂の反対側にいたじゃねぇか!?
ヤスが移動した時は二呼吸分はかかった。
対してマルガレーテは本当に瞬きするだけの間でここまで到達していた。
「ふっ!!」
短く息を吐き、アスモデは深く踏み込むと両手に持つ刃をひらめかせた。一気呵成に十連斬。
そのことごとくをマルガレーテは素手で払いのけた。剣の側面を叩き、軌跡をずらしたのである。のみならず、アスモデの剣は2本共に砕けてしまった。
「くっ、このっ!!」
アスモデは前蹴りを放つが、マルガレーテは身体をひねって回避。同時にスキル発動の準備を終えていた。アスモデにはもう何をする猶予もない。息がかかるほどの至近距離だ。ソニック・バスターは回避不可能の致命傷となるだろう。
だがオークの族長に与える時間はそれで充分だった。
「おおらぁぁぁぁぁーっ!!!」
ヘルファイア・ブーストにより跳ね上がった膂力をイノークはあますところなく石斧で叩きつけた。一撃で床が破壊され、破片が飛び散る。
マルガレーテは大きく横っ飛びした。
わずかに遅れてイノークも追う。巨体に似合わぬ俊敏さはブースト効果によるものだ。
「逃がすかぁっ! 喰らえや、おらおらおらぁっ!!」
石斧を振り回すイノーク。一見、マルガレーテは回避で手一杯に思える。
だが二人の周囲にはきらきら輝く氷の槍が幾本も出現していた。魔法の矢の一種、フリージンク・スピアであった。
「何じゃありゃっ!? 避けろ、イノーク!!」
警告もむなしく、槍衾がイノークを押し包む。
「ちぇげぇらあっ!!!」
石斧の一閃で数本が叩き落されたが、残りは命中。
しかし穂先は表皮を貫通できず、砕けてしまう。オークは打たれ強いのだ。
「ぬらあっ!! おどりゃあっ!!」
イノークの反撃を楽々と避けるマルガレーテ。
急に動きがよくなった――いや、イノークの方が鈍ったのだ。アスモデは舌打ちする。
「ちっ! 最初から優位属性のスキルでヘルファイア・ブーストをかき消すのが目的だったのね……!!」
ブースト効果がなければマルガレーテの動きを捕捉できない。
かえってカウンターを叩きこまれ、イノークはたちまち追い込まれていく。
「ヤっちゃん! 二人がかりでどうにかするから、キミが撃って!」
「何ぃ!? いや無理だろ、下手すりゃおまえらにあてちまうぞ!!」
「いいから!!」言下に断じるアスモデ。
いいわけがない。銃の威力は折り紙つきだ。ゴリアテを一撃で完全破壊するほどなのだ。誤射など許されない。
ないのだが、アスモデは反論を却下した。
「相手は勇者なのよ、なりふり構っている場合じゃないわ! とにかく、撃って!」
ヤスの返事を待たず、「躊躇したら許さないからねっ!!」と言い残してアスモデは駆け出した。




