操縦者
ヤスは冷や汗をぬぐう。
「すまん、助かったぜ。何だよ、こいつら!」
「だから聖堂騎士はヤバいって言ったでしょ。気絶させるか殺すかしない限り、止まらないのよ!」
指揮官らしき聖堂騎士が叫ぶ。
「ひるむな、兄弟達よ! 神の栄光は我らが示すのだ!! 大司教様、恐れながら法術によるご支援を賜りたく!」
クローリクは顔をしかめた。
法術は生命力を消費して実行される。若者ならまだしも、初老のクローリクにとっては文字通りに骨身を削る行為だった。
だが、さすがに出し惜しみをしている場合ではないと悟ったらしい。
「ぬ……よろしいでしょう。慈愛の光よ、聖堂に集う子等を照らし癒やしたまえ――ナオルバ!!」
薄緑の光が礼拝堂を満たし、聖堂騎士達の傷が塞がっていく。
イノークがまとめて数人、石斧でなぎ倒す。転がった騎士達はびくびくと痙攣した後、むっくりと起き上がった。どうやらクローリクは礼拝堂を自動回復エリアにしてしまったらしい。高位の聖職者だけが使える上級法術だった。
「マジかよ……ズルだろ、これ!」
「落ち着いてヤっちゃん。法術の効果は一時的なものよ。範囲が広い分、治癒力も制限されるわ」
「がっはっはっはっ!! 要はミンチにすりゃ、ええのよ! おらぁっ!!」
石斧をもろに打ち込まれ、兜ごと頭を潰された騎士はさすがに崩れ落ちた。死者をよみがえらせることはできないのだ。イノークは力任せの斬撃――いや、打撃によって確実に騎士を絶命させていく。
「へえ、イノシシ馬鹿もこういう時には役に立つじゃない! うふふふっ、これならイケるわね!!」
めずらしく感心し、アスモデは舞うような剣技を披露した。
基本的には手数の多さで相手の接近を阻み、好機に恵まれた時だけ急所を狙い打ちする戦法だ。
油断なく敵を見据える澄んだ瞳。
休みなく躍動するしなやかな体。
紅潮した頬に乱れ髪が張りつく。
凄惨な殺し合いに没頭しながらも、彼女の美しさはいささかも損なわれていない。
ヤスの視線に気づいたらしく、アスモデはばちんとウィンクを寄越す。
「やっぱりあたしに見蕩れてるでしょ! ふっふーん、今度こそ惚れ直した?」
「るっせぇな、言ってる場合か! 油断してると足下すくわれるぞ!!」
「もー、先に調子に乗ったのヤっちゃんのくせに!」
「あー、わかった悪かった。悪かったから、しっかり戦ってくれ」
「はいはい、魔王様。おおせのままに♪」
楽しげな声色そのままに、アスモデールは軽やかに剣を振るった。
実際、もう少し騎士達の数が多かったらヤス達が力負けしていたはずだ。
しかしアスモデは味方を守り抜き、イノークは着実に敵を戦闘不能にしていった。
数分を経てクローリクの他には数名の騎士を残すだけとなった。
「この役立たず共がっ! 俺にあれだけ法術使わせておいてあっさり死にやがって、それでも聖堂騎士か!?」
クローリクは倒れ伏す騎士の身体を蹴飛ばした。
「相変わらず人を使い捨てかよ。お陰で迷うことなくあんたを始末できるぜ」
「ぐぬぬぬ……っ! 糞……糞、糞、糞、糞がぁっ! どいつもこいつも肝心の時に役立たねぇっ!!」
ぎりっと歯を鳴らした後、クローリクははっとなった。
「そうだ――まだゼクスがいる。奴があの程度で死ぬわけがねぇ!!」
ヤス達の背後、礼拝堂の入り口付近に山積したゴリアテの残骸に向けて、クローリクは怒号を浴びせた。
「おい、何してやがる!! 気絶している場合じゃねぇぞ、てめぇにいくらかけたと思ってやがるんだ!? いつまでも寝てんじゃねぇ!! さっさと起きろ、ゼクスーっ!!!!」
届いたのか、否か。
声に応じたのは、高々と舞い上がるゴリアテの腕だった。腕は放物線を描いて飛び、ヤスとクローリクの間に落下した。
残骸の山が崩れていた。大きな装甲板がゆっくりと動き、その下から人影が現れる。
「ちっ、人が乗っていたのかよ!?」
ヤスはとっさに銃を向ける。
ゴリアテの操縦者は足をもつれさせ、転倒してしまった。
「おい、うご――って、何ぃっ!?」
仰天のあまり、ヤスは叫んだ。相手の顔に見覚えがあったのだ。
こんな場所にいるはずのない女性。マルガレーテ・フェニクスであった。
「マジかよ、マル子じゃねーか!!」
「――はぁっ!? ちょっとヤっちゃん! 今マルコって言ったよね!?」
目を剥くアスモデ。
ヤスは思わず口ごもった。
「い、いや……ちょい待て。ステイ、ステイ! ちょっと待っててくれ!」
「ちょっ、ヤっちゃん!!」
アスモデとイノークを置き去りにヤスは走り出した。
「マル子! お前、何やってんだよっ!?」
マルガレーテはふらりと立ち上がった。
駆けつけたヤスは彼女の茫漠とした眼差しに気づかなかった。
「ど……うして……どうして……っ? ああ、どうして……?」
「いや、俺が聞いているんだけどな。悪かったな、お前が乗っているとは思わなくてよ」
「最初から、知ってたんですか……? 知ってて、わたしに……わたしを……わ、わたしは……っ!?」
マルガレーテは顔をそむけてしまう。ヤスは戸惑うばかりだ。
「あ? いや、だから乗っているとは思わなかったんだって。てか、お前さ」
「とぼけない、で……あ、あああああーっ!!」
ひどく頭が痛むようにマルガレーテは両手でこめかみを押さえつけ、苦悶した。
「お、おい! マル子、大丈夫か!?」
『さわ、るな……!』
伸ばした手は振り払われてしまう。
眼に殺意をみなぎらせ、マルガレーテは絶叫した。
『穢れた手で触れるなーッ!!!!』
右手がすっと引かれた。横殴りに手刀を繰り出そうとしているらしい。
――ヤバい。
唐突な直感。
マルガレーテは素手だ。リーチも短い。軽くバックステップすればかわせるし、打たれたとしても女の細腕なら――
――いや、ダメだ。ヤバい。ここにいたら……死ぬ!!




