戦意
「う……ううう……」
床に転げ落ちたオーツイは完全に気絶している。
だが、ゴリアテが徹底的に破壊されている割に軽傷のようだ。礼拝堂の損害も少ない。おかげで我に返った聖堂騎士達が一斉になだれ込んできてしまった。
「猊下、クローリク様! いずこにおられますか!!」騎士の一人が呼ばわると、
「――ここだ! は、早くこい、愚図ども!!」
柱に隠れたまま、クローリクが怒鳴り返す。
騎士達の半分はヤスを素早く取り囲み、残りはクローリクのもとへ向かった。統率のとれた動きだ。駆けつけた騎士達に守られ安堵したのか、クローリクもようやく姿を現すと、
「その者は悪魔の使いだ! 聖堂の戦士よ、神にあだなす不届き者に誅罰を与えなさい!!」と命じた。
聖堂騎士達から殺気が膨れ上がった。
人間を殺すことに戸惑いも躊躇もない。大司教が殺せと命じれば、理由のいかんを問わずに殺す。
コードブックの規定を麻薬が強化しているのだろう。
「ちっ、仕方がねぇな……!」
銃の弾はあと三発しかないのだ。もう無駄撃ちはできない。
ヤスはぼりぼりと頭をかくと、悪魔を召喚した。
「出番だぜ……こい、アスモデ!!!」
呼びかけに応じ、空間が裂けた。
「――おっそーいっ!!」
叫びながらアスモデが出現した――のみならず、彼女は裂け目から巨大なオークを引っ張り出した。
「うごぉっ! ぬううう……ぐらぐらしやがるぜ」イノークは地に膝をつき、頭を振っている。
「道具扱いなんだから仕方ないでしょ。本来はあたしだけしか飛べないんだから!」
イノークに言い捨てるとアスモデはヤスに顔を向け、
「てか、ヤっちゃん! 何でもっと早くあたしを呼ばないのよ!? こっちにはヤバいって感情だけ伝わってくるんだから、気が気じゃ――」
周囲を無視してヤスに食ってかかるアスモデ。
無言のまま、彼女の背後から聖堂騎士が斬りかかった。「アスモ――」ヤスが叫ぶまでもなく、アスモデは剣を抜き、後ろ手に刃を払いのけていた。思いがけない反撃を喰らい、騎士はたたらを踏む。
「――ないじゃない! キミが自分を粗末にするのは勝手だけど、契約ってものがあるんだから――」
入れ替わりに二人の騎士が同時に剣を振り下ろし、最初の騎士とまったく同じ経緯をたどった。
「――約束したことはちゃんと守りなさいよ! 見た感じ交渉決裂みたいだけど、そもそもキミは――」
「わかった、悪かった! 悪かったから文句は後にしろ、後に!」
軽く鼻を鳴らし、アスモデはようやく騎士達に向き直った。
「あー、嫌だ嫌だ。何でこいつら、揃いも揃ってくっさいわけ? 本気で鼻が曲がりそうだわ!」
ぶつくさと文句をつぶやくアスモデ。
のっそりとイノークも立ち上がる。居並ぶ騎士達を威圧し、石斧を構える。
「ふん、俺にゃよっくわかんねぇが……ええんかよ、ボス?」
「おお。構うこたねぇ、やっちまえ!!」
聖堂騎士達はクローリクを最奥とした防御陣形をとった。
オークとサキュバスに相対し、騎士達の戦意は盛んだった。クローリクによれば彼らは麻薬中毒者のはずだが、積み上げた鍛錬はまだ崩れていないようだ。
「目標はあのジジイだ! 押し通れ、イノーク!!」
「がはははははは、まかされたわ! 行くぜ、うおうりゃあーっ!!!」
石斧を振り回しつつ、イノークは聖堂騎士の戦列にぶち当たった。
相手もオークの突進をもろに受け止めるほど馬鹿ではない。寸前で石斧を回避し、イノークを誘い込む。
「ばっ、突っ込み過ぎよっ!!」
素早く切り返し、聖堂騎士達は四方八方から一斉に斬りかかる。イノークも反射的に石斧で迎撃するが、三人を退けるのが限界だった。脇腹を貫かれる寸前、アスモデが割って入り、騎士の剣先を弾く。
「あんたねぇ、少しは周囲にも気を配れっての、このイノシシ馬鹿っ!!」
「るるるるせぇ、糞アマ!! 俺ぁ馬鹿でいいんじゃあっ! じゃろがい、ボスぅっ!?」
「おお、ガンガン行け! アスモデはフォローよろしくな!」
聖堂騎士が落とした剣を拾い、ヤスはイノークの背をばんと叩いた。
「おら、突撃ぃっ!! ぶちかませ、イノーク!!」
「ええええっ、ちょっとぉっ!?」
駆け出したイノークとヤスの後をアスモデは慌てて追った。
聖堂騎士をかき分けるように突き進むイノークは、ほぼ前方しか見ていない。
ヤスが右側面を守備しているが、アスモデは左側面と後方を守る羽目になっていた。
「ああ、もうっ! 帰ったらタコ焼きだからねっ! タイ焼きもつけてもらうから、絶対!!」
文句を言いつつ、両手に持った剣を振るうアスモデ。
聖堂騎士達は数を頼みに攻めかかるが、ヤス達の勢いを阻止できない。クローリクは焦ったのか、わめき散らしている。
「うはははは、すぐにぶっ殺してやるぜ、オ~、ヤ~、ジ~!!」
「調子に乗らないで、ヤっちゃん! さっさと片付けないとヤバいわよ!!」
「あ? お前、余裕でさばいているじゃねぇか」
「いつまでもはキツイってば! しつっこいんだからこいつらっ!!」
遅ればせながらヤスも気づいた。
もう聖堂騎士の半分以上は負傷している。だが、誰一人として攻撃をやめない。
「ウオオオオオアアアアッ!!!!」
両手を切り裂かれた素手の騎士が突進してきた。
噛みつこうというのか、大口を開けてヤスに迫る。戦意が高いどころか、まるで狂気に取りつかれているかのようだった。
「おいおい、ゾンビかよ、てめぇ!?」
とっさに振るった剣は兜に弾かれた。身体能力に勝るとは言え、ヤスには剣術の経験がほぼないのだ。腹を蹴り飛ばして間合いを離すが、騎士は諦めようとしなかった。二度、三度と突き放してもまた襲い掛かってくる。
――くそ、狙える場所が少ねぇ!!
牽制程度ならともかく、全身を甲冑で覆ってる相手に致命傷を与えるのは難しい。
危ういところで横合いからアスモデが剣戟を放ってくれた。容赦なく喉笛を突き刺され、ようやく騎士は屠られた。
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