意地
田貫は呆然としている。命中したのは、偶然なのだろう。
「く、くそっ……ふざけやがって……」
「この、化物め……っ!!」
生き残った二人の組員は荒い息をして、鬼島の死体をにらんでいる。二人とも、ショットガンを持っていた。使う暇がなかったのだ。
あと数秒もすれば、宇佐義側の生き残りに気づくに違いない。
――ヤバい。
廊下が騒がしくなった。
もはや驚かないが、別の階にも田貫組の組員がいたらしい。まもなく連中はここへ押し寄せてくるだろう。
――ヤバい。逃げ道がない。詰んでいるだろ、これ!
田貫と目が合う。
丸い顔がみるみるうちに紅潮し、憤怒の形相になった。
ごめんなさいは通用しない。そんな顔だ。
震える足を踏ん張り、田貫はゆっくり立ち上がった。
「おい、三下……何、ぼけっとしてやがんだ、ああ?」
ヤスは返事をするどころではなかった。
鬼島はヤスが知る限り、最強の男だった。馬鹿ではあるが、決してなめられない男だったはずだ。
だが、たった一発の流れ弾に鬼島は負けた。
――馬鹿だ。兄貴は馬鹿だ。俺も馬鹿だ。やっぱり、馬鹿じゃダメなんだ。
「三下……おい、聞いてんのか、三下ぁっ!! こおおおんのぉ、てんめぇぇぇえっ!!!」
田貫の恫喝など、届かない。ヤスは現実の理不尽さに憤っていた。
――オヤジもひでぇよ。馬鹿でも子分だろ。デタラメな情報で雑に使い捨てしていいのかよ! 暮らしに便利なお掃除シートじゃねぇんだよ、俺達は!!
もう手遅れだった。
結局、なめられていたのだ。鬼島もヤスも。何をしてもしなくても、すべて終わりだ。
――鬼島は死に、俺も死ぬ。
明々白々な事実を突きつけられてなお、ヤスは消沈しなかった。
心中に激烈な炎が燃え上がっていたのだ。
――ちくしょう、どいつもこいつもふざけやがって。せめて意地を見せてやる。ああ、ちくしょうーっ!!
「う、うぅぅぅ――おどりゃあああああああーっ!!!!」
腹の底から声が出た。ヤスはドスを握りしめ、走り出していた。
生き残った二人が慌ててショットガンを構えるのが、視界の端に映る。
だが彼らは撃てなかった。組長に命中してしまうのを恐れたのだ。
「なっ、て、てめぇっ!!」
田貫も銃口を向けようとした。
手遅れだ。すでにヤスは目の前に迫っている。
そう、手遅れだった。
――終わり――これをやったら、ぜんぶ終わり――か。ちくしょう。
耳鳴りがした。視界が妙にスローモーで、まぶしかった。
ドスを腰だめに構え、ヤスは瞼を閉じた。
たとえ語り草になったところで、死んでしまっては意味がない。
散々使われて、最後はごみ箱行きか。
もう下っ端はこりごりだ――と、ヤスは思った。




