ゴリアテ
ヤスが引き金に力をかけた瞬間――横手の壁が崩れ、吹き飛んだ。
「――げっ!? うおおおおおーっ!?」
猛烈な勢いで大小の破片が飛んでくる。
ヤスは飛び退って回避したが、クローリクは拳大の破片に打たれ、悲鳴を上げて転倒した。
「うははは、ざまあ見やがれ! ……って、何じゃありゃ?」
もうもうたる煙の向こうに巨大な影があった。
達磨に手足をつけたような、ずんぐりむっくりのシルエット。
ずん、と床が重々しく振動する。
聖堂教会の秘蔵物“ゴリアテ”であった。
体高はおよそ三メートル。
分厚い盾と長大なランスを装備しており、全身を覆う装甲には複雑な紋様が彫り込まれていた。
「うう……畜生が! な、何が起こりやがった!?」
クローリクは苦し気にうめきながら身体を起こす。
ゴリアテの頭部がぐるりと回り、ヤスの方を向く。
『――ア゛、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……ッ!?』
何故かゴリアテは一歩、後退した。
怯えたようにごりごりと鉄の身体をきしませ、
『ナア゛ア゛、ンエ゛、ンデェェェェェーッ!!!!』
不気味な音声を放つと、唐突にヤスに襲い掛かってきた。
猛烈な勢いで突き出されるランス。ヤスはすんでのところで回避する。鋭い先端が石造りの床をあっさりと貫き、広範囲に打ち砕く。瞬時に穂先が引かれ、次の突きが繰り出された。
「ちっ、こりゃやべぇなっ!!」
巨体の割りにゴリアテの動きは恐ろしく素早い。ヤスの動体視力でも捉えるのが厳しいほどだ。
ゴリアテの激しい機動と攻撃により石材がまき散らされる。
「ばっ、馬鹿も……だわあああっ!?」
どかどかと降り注ぐ破片から逃げまどい、クローリクは慌てて柱の陰に飛び込んだ。
『ア゛ア゛ア゛、ガァァァァァッ!!』
旋風のようにランスを振るうゴリアテ。かわす度に余裕が削られていく。
――マジでやべぇ! 一発喰らったらバラバラになっちまうぞ!?
「げ、猊下ーっ!! ご無事ですか!?」
聖堂騎士達を引き連れ、オーツイが礼拝堂の入り口に現れた。
だが、彼らは部屋の反対側にいるクローリクに近寄れなかった。ゴリアテはひたすらヤスを追い回しており、うかつに踏み込めないのだ。鬼島が暴れまわった田貫組の事務所と同じ――いや、より危険な状況だった。
「オーツイ、何をやっているのです! 早く……ひぃっ!?」
隠れている柱に石材が直撃し、クローリクは慌てて頭を引っ込めた。
「ええい、やめろ、やめろーっ!! 猊下が、猊下が死んだらプレイズが手に入らなくなってしまうではないかっ!」
オーツイの命令が効いたのか、ゴリアテの動きがにぶる。
チャンスとばかりにヤスは礼拝堂の入り口までダッシュ。聖堂騎士が反応する間もなく、オーツイの襟元を引っ掴むと自分の盾にしてしまった。
「この期に及んでヤクの心配かよ! いい根性してんな、オーツイ!」
「んな、何をなさいますか、ヤ、ヤスダ殿!?」
オーツイ達はことの次第をまだ理解していないようだ。
ヤスは一気にまくし立てた。
「うるせえ、あのガラクタはお前らのだろ!! そっちこそどういうつもりだ!!」
「た、確かにゴリアテは我々の所有物ですが、王都郊外で動作試験中のはずで……ど、どうしてここにいるのか……!?」
どうやら不意打ちされたのはヤスだけではないらしい。
ともかく、急を要する事態なのは間違いなかった。
「いいから早くガラクタを止めろ、今すぐだ!!」
ゴリアテはぎこちなく方向転換し、こちらへ歩き出した。
猛獣のようなうなりをもらしており、剣呑なことこの上もない。聖堂騎士達も硬直し、かろうじて踏み止まるのが精一杯。ヤスからオーツイを取り返すどころではないようだ。
「ちっ、また動き出しやがった! おい、大司教様までやられちまうぞ!! さっさと止めろってば!!!」
どうにかゴリアテを止めさせようと言い立てるヤス。
オーツイはパニック寸前になっている。
「い、いや、あのゴリアテは――」
『ア゛ア゛ア゛ーッ!!』
すぐに目前まで迫り、ゴリアテは咆哮した。
ランスを構え、突きの姿勢を取る。
『ア゛、オオオオオ……ア゛オオオオオオオーッ!!』
「やめろ、やめろ!! やめてくれぇっ!!」
両手を振り回してオーツイは必死に叫ぶが、ゴリアテは注意を払わない。
無機質な眼は爛々と光り、ヤスだけを注視している。
『マ゛オオオ……ヴヅ……!』
ヤスは耳を疑った。
今のは何だ? まるで意味のある言葉のように聞こえた。
『マァァァァオゥ、ウツッ!!!!」
生々しく強烈な執念を浴びせられ、ぞくりと背筋が冷える。
ヤスはこわばった口元をゆがめ、にやりと笑った。
「ふん。上等じゃねぇか、このガラクタ野郎!」
「ヤスダ殿!? い、一体何の」
答えず、ヤスはオーツイの首根っこをつかみ、「行ってぇぇぇっ、こおぉぉぉぉぉーいっ!!」とハンマー投げの要領でゴリアテの顔に向けて投げつけた。
「なあああああああーっ!?」
ぐるぐる回転しながら、ゴリアテに激突するオーツイ。
視界をさえぎられ、ゴリアテの注意がそれる。
間髪入れず、ヤスは巨人の股下を滑り抜けた。
立ち上がりつつ身体を半回転させ、素早く銃を構える。こんな大物相手に的を外す心配はいらない。
「ヤ、ヤスダ殿ぉっ、ちょ……っ! 待って、待ってくだされっ!!」
ゴリアテの頭部にしがみつき、わめいているオーツイをヤスはスルーした。
「ぶっ壊れろ、ガラクタぁっ!!」
振り向きかけたゴリアテに向け、無造作に引き金を絞る。
蹴られたような反動――同時に強烈な閃光と轟音が発生した! 銃よりも戦艦の砲撃じみており、威力の方も同様だった。
『アガアアアアアッ!?』
弾丸はゴリアテが構えた盾に命中。表層に施されていた多重防御魔術がきしみ、数瞬で崩壊した。
小さな銃弾は分厚いミスリル装甲をあっさり貫くと、ゴリアテ本体にまで到達した。耳障りな破壊音が轟く。
猛烈な爆風が吹き寄せ、ヤスは歯を食いしばった。
「く――っ!!」
もはやゴリアテは存在していなかった。
煙をたなびかせる残骸が積み上がっているだけだ。
「うははは! おお、すげーな。バラバラだぜ!」
常識的にはあり得ない結果。まさに“一撃必殺”であった。
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