外道
「オヤジ、イモリッチも知ってたのか? プレイズのことを」
「いいや、あのデブは食い物のことしか頭にねぇ。取り分さえ渡しときゃ、嗅ぎまわるような真似はしねぇからな」
クローリクはなれなれしくヤスの肩を叩いてきた。
「ただな、教会の中には色々面倒な奴らも残っててな。おめぇ、魔物を操れるんだろ? ここはひとつ、頼まれちゃくれねぇか」
「魔物に襲わせて始末しろってか?」
「ひひひ、さすがに話が早いな! なるべく人間は使いたくねぇのよ。俺が法皇になるまでは疑われちゃ、まずいだろ?」
ヤスを呼びつけた理由はこれらしい。さすがに聖堂教会の全員が薬物に毒されているはずがない。中にはクローリクの所業を怪しみ、調査している者もいるのだろう。
――我慢だ。ここは我慢するしかねぇ。
「もう一つだけ教えて欲しいんだがよ。勇者が魔王討伐をするじゃねぇか。何で今なんだ?」
魔王の討伐を提議し、勇者選抜を主導したのは他ならぬクローリクのはずだ。
イモリッチからの情報でヤスはそれを知っていた。
「クスリの材料が足りねぇってのに、イモリッチの奴が週に10本以上はとても無理だって泣き入れやがったのよ。なら魔王をぶっ殺せば魔界で狩りをしやすくなるだろ……ってことだったんだがな。おめぇのお陰でいらなくなっちまったぜ! まあ、あちこち動かして金もメンツもかかっているからよ、この際魔王の野郎には死んでもらうがな」
結局、すべてプレイズがらみの策謀だったようだ。
ぼりぼりと頭をかくと、ヤスはため息をつく。
「実はよ、オヤジ。俺からも頼みごとがあったんだよ。聞いてもらえるか?」
クローリクは目を細めた。口元だけで笑みを形作る。
「いいぜ、何でも言ってみろよ。おめぇは俺にとっちゃ子だからな。親としてできるだけのことはしてやるよ」
勇者の魔王討伐は中止してくれ。討伐で魔物や魔獣の分布が変わるとバイコーンが捕まえ難くなる……というのが、ヤスが用意した作り話だった。
「ちっ、んな話かよ! 国王や法皇を煽っちまったし、勇者の始末が面倒だが……ま、わかったぜ。原料が手に入らなきゃ、元も子もねぇからな」
――始末ときたか。この調子じゃ、勇者の野郎もろくな末路にならねぇな。
「ただし、おめぇも仕事をきっちりこなせよ、ヤス」
「バイコーンのツノを提供して、邪魔な奴を魔物でぶっ殺せってことだろ?」
「そうそう、それでいいのよ!! お互いヤクザで転生者同士だ。うまくやろうじゃねぇか」
「あんたと組めばこの先も安泰だよな。聖堂教会の大司教様が後ろ盾になるんだからな」
恐らく王都に泡姫無双を進出させることもできる。オロシアとの密輸も拡大できる。2人はコードブックに縛られていないのだ。どんなことでも可能だろう。
どれだけ儲かるか、わからないほどだ。
「具体的にはどうすりゃいいんだ?」
「とりあえず枢機卿や司祭を五、六人ほどぶっ殺してくれや。連中は巡察で地方の教会へ行くから、そこを狙え。細けぇことはオーツイと相談しな」
得たりとばかりにクローリクは語り出す。
「もちろんプレイズも卸してやるぜ。こっちにも犯罪ギルドってのがあるんだが、奴らは危なっかし過ぎて任せられねぇ。その点、おめぇは身内だからな」
クローリクはプレイズの拡販を狙っているらしい。
教会絡みのルートでは限界があるのだろう。
「まずは冒険者とか、身体を使う職の奴らに疲労回復薬ってふれこみで売り込め。幸せな気分になって飲まず食わずでもばりばり働けるぜ! んで二、三回もキメればもう離れなれなくなるからよ、ひはははは!!」
「ツノは今まで通りでいいのか?」
「数はな。だが、ちょいと割引はしてもらうぜ? 何せ俺はお前の親だからな!」
強欲な笑みに顔をゆがめるクローリク。どうやら交渉は無事成立したようだ。
しかも当初考えていたより、ずっと好条件である。向こうにも頼み事があったのが幸いした。
――こいつの手先になるのはムカつくが、もとの世界でも同じだったしな。
どうせヤスはヤクザ者だ。しょせんは魔王なのだ。どちらも人に仇なすのは習い性と言ってもいい。まして己の命がかかっているのである。
そう、綺麗ごとなどどうでもいいはずだ。
――我慢が正解だ。俺は何も困らねぇ。どうしても気に入らなきゃ、勇者が片付いた後でオヤジと対決すればいい。
時間をかけても損はない。
いや、得ばかりだろう。見知らぬ奴が何人か死に、もっと大勢が麻薬中毒になるだけだ。
「だよな……だけど、くせぇよな」ヤスはゆっくりとかぶりを振った。
「あ?」怪訝な顔でヤスを見返すクローリク。
「あー、あー、あーっ! ホントにマジでくっせぇよ、オヤジ。鼻が曲がりそうだぜ。まいったな、とても我慢できねぇ!」
「別に何も臭わねぇだろ。何言ってやがるんだ、てめぇ?」
「わからねぇのか? あんたみたいな腐れ外道とは一秒だって組めねぇってことだよ!!」
ヤスは懐から素早く銃を取り出した。
ぎょっとなり、クローリクは顔を引きつらせた。
「チャ、銃だと!? ヤス、て、てめぇ――!?」
銃口をぴたりとクローリクに突きつけ、撃鉄を起こす。
ヤスはにやりと笑った。損得は理解できても、我慢ならないことはある。理屈でそれを飲み込める位ならヤスはヤクザになどなっていなかったのだから。
「こいつで縁切りだ。また別の世界にでも逝ってくれや。あばよ、オヤジ!!」




