使命
「しかし、まさか本当に田貫を殺っちまうなんてな! まさにバカと何とかは使いようだなぁ、ひははははは!!」
「……っ!」
さすがにカチンときたが、ヤスはぐっとこらえた。
交渉だ。交渉をしなくてはならないのだ。過去の恨みで決裂させてはダメだ。
――わかっちゃいるが、ムカつくぜ。兄貴はバカだが、あんたの為に命を張ったんだぞ!!
「ヤス、おめぇこっちにいるってことは、やっぱあん時のカチコミでおっ死んだのか? 田貫の事務所にゃ、鬼島の死体しかなかったって話だったが――」
「なあ、オヤジ。ついでに教えてくれよ。何でそんなに田貫……いや、オジキを殺りたかったんだ?」
ヤスはじっとクローリクをねめつけた。
もともと宇佐義と田貫は五分――つまり対等な立場の義兄弟であった。本来ならかばい合う仲のはずだ。
「何でも糞もねぇ。田貫の野郎、俺を脅しやがったのよ! 麻薬の密売を嗅ぎつけやがってな」
麻薬密売に手を染めない暴力団はまずいない。
にも関わらず、表向きは「麻薬に関わったら破門」などのお題目をかかげている。かのやま連合も同じであった。
「連合どころか警察にたれこむぞ。嫌なら一枚かませろ、ってな。まあ、俺も少々派手にやり過ぎたわ。鬼島にまで気づかれちまってよ」
組の中でも麻薬売買を知っていたのは上層部だけだった。
鬼島は偶然、縄張り内で麻薬の売人に出くわし、組の掟を執行した。すなわち、不届き者を半殺しにして組長へ突き出したのである。宇佐義本人が黒幕だとは知らないままに。
――田貫組にカチコミさせたのは、オヤジにとっちゃ一石二鳥の妙案ってわけか。兄貴がマジで浮かばれねぇじゃねぇか!!
「鬼島の奴も掟を真に受けやがってよ。ヤクは許せねぇ、糸引いている奴を見つけ出すって息巻いてやがった。バカはやっぱり使えねぇよな」
「おい、そんな言い方あるかよ! 兄貴はあんたの決めた掟だから守ろうとしたんじゃねぇか!!」
我慢しきれず、ヤスは怒鳴ってしまった。
クローリクは呆れたように舌打ちする。
「つくづくチンピラだな、てめぇ。綺麗ごとなんざどうでもいいんだ。シノギはな、麻薬が一番儲かるんだよ!! のし上がるにゃ、金だ。金を稼ぐなら麻薬しかねぇ。手を出さねぇのはバカのやることよ。あっちでもこっちでもな、そいつだけは同じなんだよ、わかったか!!!!」
手慣れた恫喝だった。クローリクは己の正しさを微塵も疑っていないのだ。
「第一、自分はご清潔なつもりなのかよ。てめぇはもう、とっくに俺の片棒担いでいるんだぞ」
「何ぃ? あんた、何言ってやがるんだ!?」
「くっくっくっ……忘れたかよ? バイコーンのツノだよ。おめぇが集めてくれたんだろ、たっぷりとよ!」
瞬間、ヤスも理解した。
忍び笑いをもらしつつ、クローリクは告げた。
「そうとも。アレはな、原料なんだよ。最高の麻薬“プレイズ”のな!」
もともとバイコーンのツノは粉末状に加工し、苦痛を和らげる薬として使用されていた。そこからヒントを得てより強力な麻薬プレイズの製法が作り上げられたらしい。
自分の間抜けさにヤスは歯噛みするしかなかった。
――くそっ、マジかよ!! だからあんなに高い値がついたのか!!
「こいつはな、すげぇクスリなのさ。得られる快楽はヘロやシャブなんぞ目じゃねぇ。依存性はめちゃ高いが、意外と身体への害は少ないのよ。それだけこっちは長く金をむしれるってわけさ。ウィンウィンって奴よ!!」
「よく言うぜ。麻薬のことだけしか考えねぇジャンキーになり下がるだけだろ!」
依存が進行するにつれ、性欲や食欲は減退していく。セックスや食事による快楽や幸福感を得られなくなるからだ。
本来、人間は細やかな幸せを日々積み重ねて生きている。
好きな人と笑い合う。誰かに褒められる。美味しいご飯を食べる。
薬物依存になるとすべてが無価値になる。何も楽しくない。心地よくない。
日常的な幸福は根こそぎ奪われ、残るものは麻薬だけ。薬物による快楽しか人生に残らない。
他には何も得られない。
本当に、まったく何もだ。
だからすがりつくしかない。麻薬がなければ生きられず、やがて麻薬に殺される。
これが薬物依存の恐ろしさである。
「んん? それの何が悪い?」
驚いたことに、クローリクは本気で不思議がっているようだ。
「プレイズの客はあらゆるストレスから解放されるんだぞ。自分探しだの人生の目的だの、糞みてぇな悩みともおさらば。何があったってクスリをキメれば即座に解決だ。確実に幸せがやってくるんだぜ、他に何がいる? 年齢も性別も関係ねぇ。誰でも簡単に、気持ちイイだけの人生を謳歌できるんだよ。最高だろ、そうじゃねぇか!!」
いいセールスマンとは第一に商品の信奉者であるべきだ。
その意味でクローリクは合格だった。彼はプレイズにすっかり惚れ込んでいるのだ。
「わかるか? 俺は人々を解放しているんだよ」クローリクは立ち上がり、両手を高く掲げ「まさに魂の救済だ!!! 俺はみんなにプレイズを与える為に転生したのよ。これぞ天から授けられし使命って奴だ、そうだろ!!」感極まったように叫ぶ。
――冗談じゃねぇぞ。こいつ、マジだ。マジで麻薬をそこら中に売りまくるつもりだ……!
「オーツイなんざ、すっかりプレイズ中毒だぜ。幸せ過ぎてクスリなしじゃ、半日も保たねぇよ」
外にいる聖堂騎士達も中毒者だとクローリクは語った。
彼らはもはや神ではなく大司教個人――いや、プレイズに心身を捧げているのだ。
――この国をそんな連中だらけにしようってのかよ。イカれてるぜ!!
吐き気のするような話だった。
だが、交渉の決裂は勇者による確実な死を意味する。こらえるしかない。




