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覚悟

「ふん。表向きは嫌っているくせに、どいつも悪魔とヤリたくてたまらねぇってわけだ」


 禁止されているものほど欲しくなる。

 かつてラクノー王国を滅ぼしかけた禁忌の快楽とは一体どのようなものか、味わってみたい者は大勢いたのだ。

 

 この店なら金で比較的安全に経験できる。契約は店の外へ持ち越さないから後腐れもない。オープンから二週間でオキロだけではなく、周辺地域に口コミが広がっていた。


 また泡姫無双は“30禁”としていた。いくら金を積んでも30歳未満の男は利用できない。

 

 ラクノー王国の平均的な結婚年齢は15~18歳で、子供の大半は両親が30歳になる前に生まれている。人口動態にダメージを与えない為の配慮……というか、策であった。弾圧される前に自主規制をしておき、言い訳を立てやすくするのだ。


「ま、この国の奴らがどうなろうと知ったこっちゃねぇが……面倒な連中ににらまれたくないからな」


 サキュバスは向かい合った人間の年齢が正確にわかる。

 誤魔化して入場しても、マッチングルームですぐばれるのだ。不届き者は入浴料の半分をむしられた上でつまみ出されてしまう。


「あら、うふふふ」


 客と連れ立ったサキュバスが微笑み、ヤスとすれ違いざまにこっそりウィンクを寄こす。

 彼女達のメリットは明白だ。聖堂教会に狩られず、実績を積める。また要望に応じて服や食事の現物支給も受けられる。冒険者ギルドが手配した業者が館の三階まで出張し、その場で採寸や調理をしてくれるのだ。

 

 このシノギの一番の受益者は自力での男漁りが難しい、低グレードのサキュバス達だろう。


「ちぇ、みんな色っぽいな! あーあ、俺だけ生殺しかよ……」


 ヤスは金を全部頂き、人間の利害関係者へ配分する。

 これも楽で美味しい役どころではあるのだが、アスモデとの契約があり他のサキュバスを抱くわけにはいかない。

 

 しかしながらヤスは健康な若者である。たまるものはたまってしまう。

 

 それを解消する為、ピーラーに売春宿を紹介させていた。

 なにせ、金はある。一番値の張る嬢を指名し、普通に抱くだけでなくあんなプレイやこんなコースも試した。



――確かに美人だし気持ちもいいんだが……どうもハマれないんだよなー。



 サキュバス慣れの弊害である。

 淫魔はルックスもテクニックも人間をはるかに凌駕しているのだから、仕方がないのだが。


「やっぱりアスモデが手加減してくれりゃ、一番いいんだよな。むう……」


 いっそアスモデを拝み倒してみるか、とヤスは一瞬思った。

 男の本能を満たす為なら恥もへったくれもないのである。


「いやいや、ダメだ。あいつが気持ちを抑えきれなくなったら、死ぬまで搾り取られちまう! もっと大きな街……それこそ王都にでも遠征してみるかな……」

「あ、ヤス様ぁ! どしたの、遊びたくなった?」


 階段の下から甘ったるい声をかけられた。

 きらびやかな金髪をショートボブにした、小柄な少女。サキュバスのラミアであった。

 一仕事終えたばかりのようで、上気した肌が艶めかしい。

 花開く前のつぼみに特有の、ほのかに香るような色気が彼女の持ち味であった。


「遊んでいいなら遊びたいぜ、ったく。ここの連中、誰も俺の相手はしてくれないだろ」


 ラミアは一階から上がってきた。

 どうやら客を玄関ホールまで送ったところらしい。


「あはははは、まーねー。ヤス様が例えフリーでもアタシは怖くて手が出ないかなぁ」

「いや、俺そんなヤバいプレイとかしねぇぞ?」

「違うって! セックスのことでアタシらがひるむわけないじゃん!」


 ラミアはひらひらと手を振り、


「ヤス様って魅了が効かないんでしょ? びびっちゃうのは、そこ」

「はあ? 何でだよ。お前ら、どいつもすげぇ美人ばっかじゃねーか!」


 ラミアにしてもアスモデに負けず劣らずの美貌だ。

 ならばどんな男でも手玉に取る自信があるはず――とは、限らないようだ。


「魅了なしって人間の女で言えばすっぴん勝負みたいなもんだから、すっごい心細いの。アスモデ姉さんにしても、かなり気合い入れてヤス様を口説いたはずだよ。アタシら、男に振られるってホント慣れてないからさ。プライドも存在意義も全部そこにかかっているのよ」

「むう。そんなもんか……」


 ヤスはぼりぼりと頭をかいた。

 契約を切られてアスモデがあそこまでショックを受けた理由がやっとわかった気がする。己を全否定されたような気分だったのだろう。すねて当然なのだ。


「それからさ、姉さん剣を下げてるっしょ? アレ、伊達じゃないんだよ。この近辺のサキュバスで大悪魔アスモデールに挑戦しようってバカはいないと思う。でもヤス様はすっごくいい匂いがするから、とち狂う奴が出てもおかしくない。いつ襲われてもいいように備えているんだよ」


 すでに契約済みの男には手が出せない。これは絶対のルールだ。

 だからどうしても奪い取りたい男がいる場合、相手のサキュバスを()()して契約を消滅させようとするらしい。


「ちょっと待て。サキュバス同士でガチの殺し合いをするってことかよ?」

「うん。ガッチガチのガチで。譲れないものは譲れないし、悪魔だからね、アタシら」


 アスモデは司祭のみならず、自分をマトにする同族を警戒していたらしい。ヤスの寿命が尽きる日まで、そうし続けるつもりなのだ。さすがのヤスも彼女の覚悟を見誤っていたことを認めざるを得なかった。


 これでは「抱きたいから手加減してくれ」などと頼めるはずもない。


「……マジかよ。大した女だぜ、まったく」

「ん? 何、ヤス様」


 ひらひらと手を振り、ヤスは「そういや聖堂教会の連中は大丈夫か? 面倒を起こしていないよな?」と矛先をそらした。少し照れくさかったのだ。

 

 とたん、ラミアは顔をしかめた。


「面倒ってか、オーツイって奴いるじゃない。アイツ、評判悪いよ。臭いしムカつくから」


 アスモデだけでなく、サキュバスは全員オーツイから腐臭を感じるようだ。

 本当はご遠慮願いたいのだが、ヤスの客でもある為、仕方なくくじ引きで相手を決めたらしい。


「アイツ、臭うだけじゃなくてあんまり感じないみたいなの。最初にきた時、なかなかイカなくてしまいには「早くしろ」っていらいらし始めてさ。相手をした娘、半泣きになったみたいだよ」

「むう……すまん、今日も無料チケットを渡しちまった」


 肩をすくめるラミア。


「いいよ、いいよ! オーツイ自身がきたの、それっきりだから」

「そうなのか? あいつにはもう何枚か渡しているはずだけどな……」


 ラミアの話では別の人間がオーツイのチケットを使っているらしい。

 恐らくオーツイはチケットを他の人間に売ったのだ。入浴料の八掛け程度であれば手を出す者もいるだろう。ちょっとした小遣い稼ぎにはなる。


「本人に使われるよりマシだけどさ、それはそれでムカつくよね。金よりも価値がないってことじゃない? アタシ達」


 アスモデとのやり取りからしてもオーツイがサキュバスを見下しているのは明らかだ。下衆な興味で抱いてみたが、やはり職業的な嫌悪がぬぐえず、金を優先することにした――そんなところかも知れない。


 オーツイがサキュバスに耽溺すれば、いざという時の保険になる。

 そうもくろんでいたが、失敗だったらしい。


「うー、そりゃすまなかったな。もう奴にはチケットは渡さねぇからよ、勘弁してくれ」


 転売は別に構わないが、ラミア達に余計なストレスがかかるのは避けたい。どうせ売ってしまうなら応分の金を上乗せしてやればオーツイにも不満は出ないだろう。


「欲しい服とかあったら言えよ。仕立て屋を呼んでやるから」


 ヤスはラミアの頭をぐりぐりと撫でた。呆れたことに、髪の毛ですら触り心地がいい。

 ラミアの方も心地いいのか、眼を細める。


「んー、じゃあ甘えちゃおっかな。噂のタコ焼き、ヤス様と一緒に――」言いかけた時、勢いよく扉が開く音がした。


「ヤっちゃん!!」


 廊下に飛び出してきたのはアスモデだった。個室を借りて風呂に入っていたのだ。上がったばかりなのか、髪もまだ濡れたままである。背後からおろおろした様子で別のサキュバスがついてきていた。ラミアは弾かれたようにヤスからぱっと離れた。


「ラミア! あんた、ヤっちゃんに話したの!?」


 気色ばむアスモデ。

 ラミアはぴんと背筋を伸ばし、押し留めるように両掌を向けた。降参のポーズである。


「いえ、何も言ってませんよ、姉さん! ア、アタシは二人でタコ焼き食べたいとか別に……全然言ってません! 何も!!」


 うろたえるラミアを無視し、アスモデはヤスに詰め寄った。思わずヤスも一歩下がる。


「な、何だよ、アスモデ。血相変えやがって!」

「血相も変わるわよ。モルモが客から聞いたのよ、勇者の話!」


 アスモデがうながすと後ろに控えていたサキュバスが首肯した。彼女がモルモらしい。


「何ぃ? おいおい、勇者はいないって話だったじゃねーか!」

「――はい、魔王様。ですが、まもなく現れるのです」


 モルモの言葉をアスモデが引き継いだ。


「王都で勇者の選抜が始まったわ! 終われば新勇者が誕生する……そいつがキミを殺しにくるのよ!!!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しい雰囲気から一転、きな臭くなってきましたねぇ…
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