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泡姫無双

 扉が閉まると、ヤスは鼻を鳴らした。まったく信用できない男だ。だからこそ、ヤスは魔物を操れるという報復能力の高さを誇示しておいたのだ。

 向こうも密猟の件をばらされたくもないはずだ。おいしい思いができる間は裏切らないだろう。



――脅しをかけ、弱みを握り、金をつかませる。それでズブズブだ。



 利己的で後ろ暗いところのある人間がどのように動くか、ヤスはよく見知っていた。お互い利用し合うのだ。もちろん、いざとなれば刺し合う可能性もあるだろう。欲得ずくの関係はわかりやすくていい。


「イノーク!」

「――おう」


 巨大なオークがのっそりと事務所へ入ってきた。

 ヤスはドスを投げ渡してやる。イノークは鞘を軽く引き、刃をのぞかせた。曇り一つない刀身は濡れたように光っている。


「ほおお。こりゃ、すげぇ得物だぜ」

「急所を貫く短剣、だそうだ。お前にやる」

「あ? こいつはあんたのレアアイテムじゃろがい。いいのかよ、ボス?」


 ヤスはイノークに自分を“ボス”と呼ばせていた。「人前では魔王と呼ぶな」と命じても、恐らくイノークは間違える。ならば最初から呼び名を固定してしまった方がいい。


「いいさ。トドメを刺してやりたい相手に使え」


 イノークはドスの刀身を完全に露わにした。鋭い刃先をとっくりと眺め、狂暴な笑みを浮かべる。実に似合っていた。

 

「首尾よく送迎を済ませた褒美だ。頼りにしているから、これからも大暴れしてくれ」


 オロシアからの帰路、隊商は大規模なガルムの群れに襲われた。

 出番がなく退屈していたオーク達は、生き生きと殺戮にいそしんだ。中でもイノークは逃げるガルムをしつこく追いかけ、ついには群れのリーダーを屠ったのだ。

 

 これでガルム達もしばらくは大人しくなるはずだ。オーク達は隊商を無視していたから損害が出なかったのは偶然ではあるが、功績としては大きい。交易の儲けは関係者で分け合っても莫大な額になった。

 

 それにヤスの手持ちの中でイノークは最大戦力だった。強化しておくに越したことはない。


「がはははは、ありがてぇ! まあああ、邪魔モノをぶっ殺すのはこの俺に任せてくれや、ボス!」


 すっかり上機嫌になったイノーク。

 対照的にアスモデはしかめっ面をしている。


「――ねえ、ちょっと。キミ達、この部屋臭くないの? あたしもう耐えられないんだけど!」


 ヤスとイノークは顔を見合わせた。

 唇を引き結び、アスモデは急ぎ足で部屋の窓を全開にしてまわった。最後に窓際で立ち止まり、外に顔を突き出して深呼吸を繰り返す。


「おいおい、そんなにか? 俺には何も感じないぞ。何の臭いがするんだよ?」

「あいつよ、あの糞坊主! ホントに漏らしてんのかってくらい、酷い臭いがしてたじゃない!! イノーク、あんたもわからなかったの!?」

「ああ? 何の話じゃい。俺もわからんわ」


 腐った汚泥のような強烈な悪臭がオーツイからしていた、とアスモデは主張した。ヤス達にはさっぱりわからない。

 説明し疲れたのか、大きくため息をつくアスモデ。


「――はあ、もういいわ。何か、髪に臭いがついちゃった気がする……あたし、お風呂入ってくるわ」




   □




 新しいシノギとは湯殿“泡姫無双”――早い話がもとの世界にあったソープランドである。

 個室に湯涌と蒸し風呂が備えられており、サキュバスによるエロいサービスが受けられるのだ。

 

 はっきり言って料金は高い。人間の売春宿の数倍だ。

 

 ただし、嬢に外れは絶対ない。

 むしろ()()()()ことが事業化のネックになった。

 

 魅了やテクニックだけではない。サキュバスによるフェロモンの効果が強烈過ぎるのだ。ヤスも体験した通り、彼女達の匂いをかぐと男側のみ、性感が跳ね上がる。お陰で常識的にはあり得ない、強烈な快楽を叩き込まれてしまう。

 

 だが、解決策は意外と簡単であった。


「湯を浴びてから仕事させりゃいいんだよなー。身体から出る匂いなんだから」


 サービスを行なうサキュバス達は大半がグレードⅠだ。もともとフェロモンもアスモデほど強烈ではない。

 結果、人間よりもずっといいが依存で壊れてしまうほどではない――“金額に見合った最高のサービス”という範囲に留めることができたのだ。

 

 ちなみに温泉の湯は滑らかな感触で、浴後にさっぱり感が出る。

 美容にもいいらしく、サキュバス達にも好評であった。


 また、泡姫無双では男には選択権はない。選ぶのはサキュバス側なのである。


 客は受付した後、一階のマッチングルームへ入場。ぐるりと輪を描いて並べられた椅子に座らされ、周囲をサキュバス達がまわって品定めをするのだ。サキュバスは気に入った相手のところへおもむき、契約を持ちかける。


 契約が成立した時点で客は“入浴料”を払う。後は二階の個室へおもむき、ことに及ぶのだ。

 

 部屋を出る前にサキュバスは客との契約を解除する。契約したままだと召喚されてしまうし、次の客が取れない。契約中の男達が街をうろついていては聖堂教会も見過ごせなくなる。だから個室の扉を開く前に契約を解除する決まりだった。


 館の中央には階段があり、廊下を経由して各階がつながる構造だ。

 ヤスは二階の踊り場へ降りると階下を見下ろした。マッチングルームは吹き抜けになっており、ここから見渡せるのだ。

 

 バカ高い料金にも関わらず、順番待ちの列が外まで続いている。まさに大盛況であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんてタイトル(笑)
[一言] 泡姫無双www 私も足繫く通っちゃうww
[一言] うーむ。これは儲かりそう。
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