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賄賂

 オキロの街外れには古びた三階建ての館がある。

 最上階にしつらえた事務所で、ヤスは成金趣味丸出しのソファーに座り、ふんぞり返っていた。

 

 向かい合って座っている中年男は聖堂教会の司祭、オーツイだった。

 司祭服ではなく、ありふれた庶民の恰好だ。外へ出ればすぐ街角に溶け込んでしまうだろう。

 

 オーツイはひどく緊張しているらしく、組んだ指先が細かく震えている。それも無理もない。


 ヤスのかたわらには秘書のようにアスモデがつき従っていた。サキュバスと聖堂教会は不倶戴天の仇敵である。

 アスモデの方もオーツイを警戒しているのか、腰の後ろに二本の剣を下げている。


 おまけに部屋の外では腕組みをしたイノークがにらみを効かせていた。一応、遠目には人間のように見える服装だが、肌の色と体格はごまかしようもない。

 

 唇をなめ、オーツイは咳払いをした。


「サキュバスはまだしも、オークを護衛にしているとは驚きましたよ。ヤスダ殿は本当に魔物を制御するレアスキルをお持ちなのですね……」


 オーツイにとってヤスは魔王ではない。

 遠い異国からやってきた特殊なスキルを持つ男“ヤスシ・ヤスダ”であった。

 さすがに司祭に正体を明かすわけにはいかなかったのだ。


「まあな。で、鑑定結果はどうだったんだ? 探索で発見された遺物を調べるのもお前ら聖堂教会の仕事なんだろ?」


 低めの応接テーブルの上には異彩を放つ品が並んでいた。

 ドス、銃、さらし。いずれもヤスがもとの世界から持ち込んだ物品だ。しかし、どう考えても本来以上の性能を発揮しており、調べる必要があった。


 オーツイはこうしたアイテムの鑑定スキルを持っているのだ。


「はい、私だけでなく念のため他の専門家にも鑑定させました。いや本当に驚きましたよ! まさにあり得ない物、というのが我々の結論ですな」


「もったいぶってないでちゃんと説明しなさいよ、糞坊主!」アスモデは侮蔑を隠そうともせず、言い放つ。


 オーツイは眉をしかめた。


「言った通りだ、大淫婦め! 製造技術は別として、一見はごく普通の物品に見える。だが、そうではない。何者かの概念が浸透した結果、物理的な組成とはまったく異なる特性を帯びているのだ」

「要するに魔力付与(エンチャント)されているってこと?」


 アスモデの言葉にオーツイはかぶりを振った。


「違う。概念がそのまま、物品の特性になっているのだ! よろしいですか、ヤスダ殿。まず、この布は」


 男はさらしをつまみ上げ、


「“刃物に対し無敵”です」


「――はぁ?」間抜けな声を出すアスモデ。


「短刀は“急所を貫く”、こちらの銃……でしたか。この道具は“一撃必殺”です」


 さらしは刃物による攻撃を無効化してしまう。

 ドスは高確率でクリティカルヒットとなり、大ダメージを与える。

 銃は狙い定めた標的を一発で破壊する。

 

 いずれも相手のスペックとは無関係に結果が導き出される。そうなるように因果が歪められてしまうのだ。


「こんな特性は常識的にはあり得ない。たとえ魔力付与された武具でもです。グランド・ソースが直接的に関与し、何らかの専用コードを適用しているとしか思えない。これほどの超特級アイテムは、我々もほとんど所持しておりません。まさに聖遺物級ですな!」


 オーツイは聖堂教会本部にある宝物庫の管理を任されている。

 人間的にはともかく、希少アイテムについての知識や評価は正しいはずだ。


「ほほー、なるほどな。よく横取りしようと思わなかったな、オーツイ?」ヤスはにやにやと笑う。


「まさか、そのような! 大いなる神に仕える者として不正を働くなど許されませんから、はい」


 オーツイはこびた笑顔を返す。まさに芸術的なお追従笑いだった。


「まして男爵閣下経由でお預かりした品ですからな。お二人の信用を裏切るような真似は致しませんとも!」

「ふん。信用じゃなくて金だろ。俺と仲良くした方がトータルでうまみがでかいからな!」


 聖堂教会の人間で金を欲しがっている奴を教えろ。

 ヤスの要求にイモリッチが指名したのが、オーツイだった。

 

 驚いたことに、バイコーンの密猟はオーツイからの依頼で始めたことらしい。



――わしも余計な詮索はしておらんが、司祭一人の仕業ではなかろう。奴のような小物が大量のレアアイテムをさばけるわけがないからな。



 イモリッチはヤスにそう語っていた。

 恐らく聖堂教会は組織的に密猟を行っている。他にも様々な不正に手を染めているはずだ。連中が掴んだ金とはそれだ、とヤスは理解していた。


「いや、ヤスダ殿にはかないませんな、はっはっはっはっ!」


 わざとらしい笑い声が癇に障るのか、アスモデは嫌そうに顔をそむけている。


「おお、そうだ。前にも言ったが、教会の連中はこの辺をうろつかせるなよ? ウチの()()()とは相性が悪いからな」


 ヤスが水を向けると、


「はい、それはもう抜かりなく。奉仕活動や巡回の区域からは外しておきました。実際のところ、ここへきても我々がお役に立てることはありません。他に助力を必要としている地域はいくらでもありますから、まったく問題ございません」


 オーツイは聖堂教会本部にコネがあり、オキロの教会を取り仕切っているらしい。

 もともとヤスとしては最低限、教会内部の情報(ネタ)を得られる立場の人間であればよかった。司祭であるオーツイとつながれたのは、願ってもない幸運だったと言えるだろう。

 

 新しいシノギにはこの館――人間の街での拠点が必要不可欠であった。

 

 ここはラクノーでは珍しい温泉宿だったのだが、田舎すぎて客足が伸びず、数年前に潰れていたのだ。所有権はすでにヤスダヤスシ名義になっている。警吏や駐屯兵はイモリッチが抑えていた。あとは聖堂教会が黙認してくれればいいのだ。


「うはははは、そうかそうか! よし、約束の金だ」


 ヤスは小袋を応接テーブルに乗せた。さっそく中を改めたオーツイは、


「おお、これは……幾分多めのようですが、頂いても?」


 鑑定料に鼻薬代――早い話が賄賂だ。

 代わりにこの館内で行われていることにオキロの教会は関与しない。そういう取引なのだ。


「いいから、とっとけ。ついでに温泉のタダ券も一枚、くれてやる。()でさっぱりして行ったらどうだ?」


 新事業の無料チケットをヤスは差し出してやった。

 オーツイの眼の色が変わった。チケットをつかみ取ると、素早く上着の内ポケットにしまい込む。


「貴重な品をありがとうございます! 残念ながら本日は所用がございますので、後日使わせていただきます、是非に!」


「おお、そうか。ま、ハマリ過ぎないようにな」


 ぺこぺこと頭を下げ、オーツイは退出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 教会みたいなところだからこそ、利にさとくないと務まらない・・・んでしょうねえ。 オキロって、根室のパロディですか。今頃気付きましたが。
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