落とし前
ヤスの煩悶を他所に、鬼島はじろりと室内をねめまわす。
でっぷりと太った中年男に視線を据えたようだ。
標的である田貫組 組長、田貫珠近であった。
「落とし前をつけてもらおうかい、田貫の」
名指しがショックだったのか、田貫の掌からスマホが滑り落ちた。
凄絶な笑みを浮かべ、鬼島は白鞘から長ドスを抜き放つ。
「てめぇ、宇佐義んとこの鬼島じゃねぇか!! こ、こいつは何の真似だっ!!」
丸顔いっぱいに脂汗を流し、田貫は怒鳴った。
宇佐義組は田貫組と同じ、かのやま連合に属している。敵どころか、いわば同門。身内のはずなのだ。
「何の真似だら、あるかぁっ!! 縄張り荒らしの落とし前じゃあっ!!」
鬼島が吠え、田貫は蒼白になった。
「ちょ、待て、待てぇっ!! 宇佐義の賭場が襲われた件なら、俺は……」
「田貫ぃ――往生、せいやぁぁぁぁぁっ!!」
まるで暴風のように鬼島は立ち回った。
事務所内は、端から端まで白刃の勢力圏となった。
「がはははっ!! おうりゃ、しゃだらっ!! んな、ろおおんにゃいじゃああああーっ!!!」
興奮し過ぎたのか、鬼島はもはや言語能力を喪失しているようだ。
吹き上がる血飛沫、千切れ飛ぶ肉片。
まさに鬼の所業だった。
ヤスは入口の前で立ちすくむ。鬼島の動きが速過ぎて介入できない。下手に室内へ踏み込めば、ヤスもバラバラにされかねない。
ここまでの大暴れを目撃するのは初めてだ。
ド派手な仁侠映画を観ているようだった。3D、いや4DXの。
――す、すげぇっ!! もしかして大丈夫なのか。ぜんぶ一人で殺っちまうのか、兄貴がっ!?
凄惨な場面を目の当たりにしつつ、ヤスは奇妙にも安堵した。
同時に情けなくもあった。結局、自分は鬼島の男ぶりを見届けるだけなのか。
だが、六人目を斬り伏せた時――ぱん、と音がして、鬼島の頭が傾いだ。
「……あ、兄貴?」恐る恐るヤスは呼びかけるが、返事はない。
鬼島の額には小さな穴が開いていた。
たらたらと血が流れ落ちる。
ヤスはぽかんと口を開けたまま、崩れ落ちる鬼島を見届けた。唐突に彼の出番は終わったらしい。もう、ハケてしまったのだ。
腰をぬかしてへたり込む田貫の手に、いつの間にか拳銃があった。
銃口から煙がたなびいている。
「は……ははっ! ざ……ざまあ、みや、がれ……」




