マシマシ
「お前、またかよ? 昨日も――」
「落とし前でしょ。詫びでしょ。いいから、食べさせなさい!」
「ちぇ、仕方ねぇな……」
ぼりぼりと頭をかくと、ヤスはぱちんと指を鳴らした。
世界が塗り替わり、ヤスの目の前に使い慣れた屋台が現れていた。
頭にタオルを巻き、エプロンをつけるとヤスはテキヤモードに切り替わった。
手早く具材を切り、ポットから濃い目の出汁をボールに入れた小麦粉に注ぐ。さらにたまごを投入してタネは完成だ。
ガスバーナーでいい感じに熱くなっている鉄板にタネを注いでいく。
辺りを軽く見まわしつつ、アスモデが屋台の中に入ってきた。炙るように鉄板の上に手をかざす。
「うわ、やっぱりちゃんと熱い! すごいわねー、これ。一時的とは言っても、別の世界――ヤっちゃんの観念世界で現実を浸食するなんて信じられない。あたしも長く生きているけど、こんなスキルを見るのは初めてだわ」
ミッションクリアの報酬がこのスキルだった。
オキロから魔王城へ帰還した後、強烈な達成感と共に、ヤスは「タコ焼きの屋台を出せる」ようになったのだ。マルガレーテ流に表現するなら、これも隠しコードの発動なのであろう。
――グランド・ソースってのはマジであるんだな。自分で体験しちまうと、信じざるを得ないよな。
別の屋台も出せそうな予感もあった。
ただ、それはまだ何をどうすれば達成できるのか、わからない。いずれ“ミッションが降ってくる”のだろう。
物珍しそうにアスモデはあちこち触り出した。
「こら、いじるな! つーか、屋台に入ってくんなよ。従業員以外、立ち入り禁止だ!」
文句を言いつつ、手は止めない。
注ぎ終わったタネに具材、天かす、刻みネギと紅ショウガを入れていく。出汁やガスを含め、これらは常時屋台に備えられているものだ。いくら使ってもなくならない。ヤスが補充する必要があるのは、小麦粉、卵、具材だけだった。
「るっさいわね、別に壊しゃしないわよ。キミね、これは詫びなのよ、わかってる?」
柳眉を逆立てるアスモデ。
この際、逆らわない方が賢明そうである。
「ね、座りたいんだけど。立って待っているのだるいわ」
「へいへい、お客様」
ヤスが念じると、アスモデの背後にベンチが出現した。座面や背もたれがプラスチックでできた、チープな味わいのタイプだ。
腰を下ろすと、アスモデは黙り込む。
背中に注がれる視線を感じ、ヤスは落ち着かない気がした。しかし、文句を言ってもさっきの二の舞だろう。大人しく作業をしていると、アスモデがぽつりとつぶやく。
「ヤっちゃんさあ。タコ焼き、上手に作るよね」
「あ? んな、お前にわかるのかよ?」
「そりゃあ、見ればわかるわよ。すっごい手慣れているもの。すっごい美味しいし」
「ふん、そうか?」
「うん」
ヤスは千枚通しを駆使してタコ焼きをひっくり返していく。
また黙り込むアスモデ。今度の沈黙は何故か気づまりではなかった。
「――へいっ、タコ焼きお待ちどうさん!」
蓋は開けたまま、八個入りのケースを手渡す。ソースにまぶされた青海苔の上でかつおぶしがダンスをしている。
アスモデはぱっと破顔した。
「やったぁ! じゃあ、次はあの白い……マヨネーズか。マヨネーズを上にかけてね!」
「うおい、まだ食うのかよ! お前、どうせなら一度に言え!」
鉄板は広いから、その気になれば二百個近くまとめて焼ける。
だが、アスモデはわざと後出ししたようだ。
「ふふーん、だって焼きたての方が美味しいじゃない。ほら、さっさと焼く!」
「へいへい、お嬢様ぁ」
アスモデは嬉しそうにタコ焼きをぱくついている。魔物の味覚はアレなのに、タコ焼きはちゃんと美味しいらしい。それにしても、こんなものを優雅に食せるのが実に不思議だった。彼女は罵詈雑言をがなっている時でも、どこか品があるのだ。
次のケースを渡すと、
「じゃあ、最後は天かすと紅ショウガマシマシで!」当然のように言われてしまう。
「お前……マニアックな食い方を覚えやがって」
再契約以来この調子なので、具材の消費が激しいのだった。
ジェイムスンがなくなったらお前のせいだぞ、と胸中でつぶやき、ヤスはまたタコ焼きを作った。
にんまり笑ってケースを受け取ると、アスモデはベンチの座面をぽんとたたく。
「キミもここに座ってよ。一緒に食べよ!」
天かすと紅ショウガマシマシはヤスの好みなのだ。
苦笑を浮かべ、ヤスは彼女と並んで座った。ちょうど、マルガレーテとそうしたように。
「はい、あーん」満面の笑みを浮かべ、アスモデは爪楊枝に刺したタコ焼きを差し出してくる。
「あ? お、おう……」
何となく逆らえない雰囲気を感じる。ヤスは素直に口を開けた。まるで餌付けのようにタコ焼きが供給されていく。我ながら、美味いタコ焼きだとヤスは思った。
アスモデは独り言のように語り出す。
「他の魔物もそうだけど、あたし達には生まれつきの資質がある。定められた役割がある。それに従って生きているのよ、コード・ブックを紐解くまでもなくね」
話しかけられても、タコ焼きをほおばっているヤスが返せるのはくぐもったうなりだけだった。
アスモデはまったく頓着せずに続ける。
「だから、それに反したことはできない。ヤっちゃんがイノークに「人間を守れ」って言わずに「ガルムを殺せ」って言ったのも、だからでしょ? そうしてくれる限り、魔物も逆らったりはしないと思うわ」
隊商の護衛にはイノークをはじめ、オークの戦士達を動員していた。
彼らは強いが、馬鹿である。そもそもややこしい命令はこなせないだろう。
隊商を遠巻きに囲み、襲ってくるガルムを殺す。
やるのはそれだけだとイノークには言い渡していた。
オークを突破してガルムが人間を殺しても、気にする必要はない、と。
「お願いだから、これからもそうしてね。あたし達はあたし達。魔物は魔物よ。あたし達に別のものになれとは言わないで。経緯は特殊だったけど、今はキミがあたし達の王なんだから」
「……ふん。んな、わかってるぜ」
ヤスも同じであった。
真っ当に生きられるなら、ヤクザになぞならない。若気の至りもあったが、堅気の世界にはどうにも身の置き場がない――だからこそ、極道になってしまったのだから。




