具材
「実はコボルト達から感謝の印として献上品も届いております」
ジェイムスンが取り出したのは粗雑な仕上げの棍棒だった。
サイズも形状も野球のバットによく似ている。
ただし先端付近にはずらりと棘が植えられていた。あちこちにナイフで入れたとおぼしき刻み目もあった。
「ほー、なかなか悪そうでいいじゃねぇか。コボルト達の武器なのか?」
「はい。堅い木を削り出し、バイコンーンのツノを植えた棍棒ですな。ただ、これは特別製でして」
「ふーん」
ヤスは何気なく棍棒を振り、片手の掌でぱしりと受け止める――と、強烈な衝撃が突き抜けた。
「いいいいっ、痛ってぇっ!? な、何だこりゃ? 軽く振っただけだぞ!?」
じんじんと痺れる掌には赤い痕がついていた。
ジェイムスンによれば、この棍棒は魔力付与が施されているそうだ。
ぶつかった瞬間に魔術が発動し、衝撃力をかさ増しするのである。
「見栄えは致しませんが、コボルトの族長に受け継がれてきたレアアイテムなのです」
「なるほどな、びっくりしたぜ! んじゃ、これは俺が使うとするか」
「よろしいのですか? 魔王城の宝物庫にはもっとよい剣もございますが……」
ヤスはひらひらと手を振った。
「いや、いらん。俺は剣術とか知らんしな」
刀剣の扱いには熟練が必要だ。組にいたころ鬼島から長ドスを持たされたことがある。脅しの道具としてならともかく、重すぎて実戦ではまともに扱える気がしなかった。
棍棒を振り回すだけならヤスにもできる。逆に言えばその程度が精々なのだった。
「そういや、送迎の方はどうだ?」
「隊商の第一陣が先日、我々の護衛と一緒にオロシアへ出発しました。彼らの帰還が待ち遠しいですな……」
焦がれるようにジェイムスンはつけ加えた。オロシアとの交易を言い出したのはこの執事なのである。
「あー、お前が欲しがっていたクラーケン? の足だったか。オロシア特産の」
「はい。恐れ入りますが、さすがにいつまでも私の手足を具材にされては困りますので……」
クラーケンはオロシア北方の海産物だ。
大きさは成人男性とほぼ同等。六本の触手を持つが、頭らしき部分がないのでタコよりはヒトデに近い形状である。
生鮮食品である為、魔術を施された冷蔵箱で運搬しなければならず、コストがかかる。
それをおしてでもクラーケンを入手して欲しいと、ジェイムスンは願い出たのだ。もちろんタコ焼きの具材とする為だ。
「献身は我が一族の美徳とするところですが、おのずと限度がございますからな」
見れば、ジェイムスンの触手はところどころに欠損が生じていた。
ただ、触手は無痛で自切できるし再生もする。それを知っているヤスはあまり気にしていない。
「いいじゃねぇか、まだたくさんあるんだから」
「数の問題ではございません!」
「美味いって評判もいいぞ」
「味の問題でもございません!」
「あー、わかった悪かった。あとでもう1本だけくれ」
「んなっ!? 昨日差し上げたばかりではございませんか! 3日に1本のお約束ですぞっ!」
「わかった、いつもの半分の長さでいい。生きのいいところを頼む」ヤスはひらひらと手を振った。
「お、恐ろしい……何と恐ろしいお方なのだ、こたびの魔王様は……」
触手を慄然と震わせつつ、ジェイムスンはにょろにょろと退出した。
たくさんあるとはいえ、触手は有限だ。あまり調子に乗って食べてしまうわけにはいかないが、それもクラーケンの足が届くまでの間だけであろう。
もちろん、タコ焼き以外の食糧も仕入れてある。
だが、魔物の料理人ではやはりまともな食事はできないようだ。腹を壊さないだけ前よりましだが、調理全体が雑で味付けも相変わらずひどい。
これでは獣の餌だ――と言いたいところだが、そもそも魔物の大半は獣と味覚が似ている。分業の仕組みも人間のやり方を適当に真似ているだけだから、きちんとした職業訓練など受けていない。調理っぽいことができる奴が、料理のようなものを作っている、というのが実態のようだった。
――貧乏学生じゃねぇんだから、自炊ばっかりってのもなー。誰か料理が上手い人間を雇いたいところだな。
金欠は解消されたから、給金は払えるだろう。しかし、魔王城で働きたい料理人がいるだろうか。
考えをめぐらせていると、壁際のソファーに座っているアスモデが目に入る。彼女はピーラーがくる前からいたのだが、終始無言だった。むっつりしたまま、ひたすら爪を磨いているのだ。
正直、ちょっと怖い。ヤスはため息をついた。
「おい、アスモデ! いつまですねてるんだよ、お前」
アスモデはちらりとヤスに視線を向け、
「だーかーらぁ、悪魔は契約のない人とはお話できませーん」
「すぐに結び直しただろ、契約は。お前がすげーわめくから」
オキロを出たとたん、アスモデは半泣きで飛び掛かってきた。
契約が切られたことはすぐに伝わったらしく、よほどショックを受けたのだろう。
あちこちをポカポカ叩かれ、ヤスは「もっかい契約する、するって! わかったから、噛みつくな!」とほうほうのていで再契約を宣言する羽目になっていた。
「あったり前でしょっ!!!! あれだけ盛り上がって契約しといて、速攻で切るってのがおかしいのよっ!! ヤっちゃん言ったよね? アスモデと契約するぜ、って。あの時のヤっちゃん、結構かっこよかったのに!!」
「う――いや、だからそれはだな」
「言っておくけどね、大悪魔アスモデールと契約できる男なんてそうそういないのよ! このあたしが80年でも待つって言ってるのに……そ、それをたった一日で反故にするぅっ!? もおおお信じられないわ、馬鹿馬鹿馬鹿ぁっ!!!」
もっともだ。至極、もっともな話であった。
しかしもう何日も経っているのだから、ヤスとしてはそろそろ勘弁して欲しくもある。
気持ちを見透かしたように、アスモデは言い放つ。
「タコ焼き!」
「あ?」
「タコ焼き、ちょうだい」




