表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/63

具材

「実はコボルト達から感謝の印として献上品も届いております」


 ジェイムスンが取り出したのは粗雑な仕上げの棍棒だった。

 サイズも形状も野球のバットによく似ている。

 

 ただし先端付近にはずらりと棘が植えられていた。あちこちにナイフで入れたとおぼしき刻み目もあった。


「ほー、なかなか悪そうでいいじゃねぇか。コボルト達の武器なのか?」

「はい。堅い木を削り出し、バイコンーンのツノを植えた棍棒ですな。ただ、これは特別製でして」

「ふーん」


 ヤスは何気なく棍棒を振り、片手の掌でぱしりと受け止める――と、強烈な衝撃が突き抜けた。

 

「いいいいっ、痛ってぇっ!? な、何だこりゃ? 軽く振っただけだぞ!?」


 じんじんと痺れる掌には赤い痕がついていた。

 ジェイムスンによれば、この棍棒は魔力付与(エンチャント)が施されているそうだ。

 ぶつかった瞬間に魔術が発動し、衝撃力をかさ増しするのである。


「見栄えは致しませんが、コボルトの族長に受け継がれてきたレアアイテムなのです」

「なるほどな、びっくりしたぜ! んじゃ、これは俺が使うとするか」

「よろしいのですか? 魔王城の宝物庫にはもっとよい剣もございますが……」


 ヤスはひらひらと手を振った。


「いや、いらん。俺は剣術とか知らんしな」


 刀剣の扱いには熟練が必要だ。組にいたころ鬼島から長ドスを持たされたことがある。脅しの道具としてならともかく、重すぎて実戦ではまともに扱える気がしなかった。


 棍棒を振り回すだけならヤスにもできる。逆に言えばその程度が精々なのだった。


「そういや、()()の方はどうだ?」

隊商(キャラバン)の第一陣が先日、我々の護衛と一緒にオロシアへ出発しました。彼らの帰還が待ち遠しいですな……」


 焦がれるようにジェイムスンはつけ加えた。オロシアとの交易を言い出したのはこの執事なのである。


「あー、お前が欲しがっていたクラーケン? の足だったか。オロシア特産の」

「はい。恐れ入りますが、さすがにいつまでも私の手足を具材にされては困りますので……」

 

 クラーケンはオロシア北方の海産物だ。

 大きさは成人男性とほぼ同等。六本の触手を持つが、頭らしき部分がないのでタコよりはヒトデに近い形状である。

 

 生鮮食品である為、魔術を施された冷蔵箱で運搬しなければならず、コストがかかる。

 

 それをおしてでもクラーケンを入手して欲しいと、ジェイムスンは願い出たのだ。もちろんタコ焼きの具材とする為だ。


「献身は我が一族の美徳とするところですが、おのずと限度がございますからな」


 見れば、ジェイムスンの触手はところどころに欠損が生じていた。

 ただ、触手は無痛で自切できるし再生もする。それを知っているヤスはあまり気にしていない。

 

「いいじゃねぇか、まだたくさんあるんだから」

「数の問題ではございません!」

「美味いって評判もいいぞ」

「味の問題でもございません!」

「あー、わかった悪かった。あとでもう1本だけくれ」

「んなっ!? 昨日差し上げたばかりではございませんか! 3日に1本のお約束ですぞっ!」


「わかった、いつもの半分の長さでいい。生きのいいところを頼む」ヤスはひらひらと手を振った。


「お、恐ろしい……何と恐ろしいお方なのだ、こたびの魔王様は……」


 触手を慄然と震わせつつ、ジェイムスンはにょろにょろと退出した。

 

 たくさんあるとはいえ、触手は有限だ。あまり調子に乗って食べてしまうわけにはいかないが、それもクラーケンの足が届くまでの間だけであろう。

 

 もちろん、タコ焼き以外の食糧も仕入れてある。

 だが、魔物の料理人ではやはりまともな食事はできないようだ。腹を壊さないだけ前よりましだが、調理全体が雑で味付けも相変わらずひどい。

 

 これでは獣の餌だ――と言いたいところだが、そもそも魔物の大半は獣と味覚が似ている。分業の仕組みも人間のやり方を適当に真似ているだけだから、きちんとした職業訓練など受けていない。調理っぽいことができる奴が、料理のようなものを作っている、というのが実態のようだった。



――貧乏学生じゃねぇんだから、自炊ばっかりってのもなー。誰か料理が上手い人間を雇いたいところだな。



 金欠は解消されたから、給金は払えるだろう。しかし、魔王城で働きたい料理人がいるだろうか。

 

 考えをめぐらせていると、壁際のソファーに座っているアスモデが目に入る。彼女はピーラーがくる前からいたのだが、終始無言だった。むっつりしたまま、ひたすら爪を磨いているのだ。

 

 正直、ちょっと怖い。ヤスはため息をついた。


「おい、アスモデ! いつまですねてるんだよ、お前」


 アスモデはちらりとヤスに視線を向け、


「だーかーらぁ、悪魔は契約のない人とはお話できませーん」

「すぐに結び直しただろ、契約は。お前がすげーわめくから」


 オキロを出たとたん、アスモデは半泣きで飛び掛かってきた。

 契約が切られたことはすぐに伝わったらしく、よほどショックを受けたのだろう。

 

 あちこちをポカポカ叩かれ、ヤスは「もっかい契約する、するって! わかったから、噛みつくな!」とほうほうのていで再契約を宣言する羽目になっていた。


「あったり前でしょっ!!!! あれだけ盛り上がって契約(やくそく)しといて、速攻で切るってのがおかしいのよっ!! ヤっちゃん言ったよね? アスモデと契約するぜ、って。あの時のヤっちゃん、結構かっこよかったのに!!」


「う――いや、だからそれはだな」


「言っておくけどね、大悪魔アスモデールと契約できる男なんてそうそういないのよ! このあたしが80年でも待つって言ってるのに……そ、それをたった一日で反故にするぅっ!? もおおお信じられないわ、馬鹿馬鹿馬鹿ぁっ!!!」


 もっともだ。至極、もっともな話であった。

 しかしもう何日も経っているのだから、ヤスとしてはそろそろ勘弁して欲しくもある。

 気持ちを見透かしたように、アスモデは言い放つ。


「タコ焼き!」

「あ?」

「タコ焼き、ちょうだい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 魔物のジェイムスンを戦慄させるなかなかの魔王っぷりなんだけど、アスモデには弱いのなヤス(笑)
[一言] 飄々と生きているのだけれど、何故かモテる。 昔はこういう主人公結構いたような気がします。
[一言] ジェイムスンの手足だったの!?ww そして今日もアスモデが可愛い( ˘ω˘ ) こんな面倒くさい彼女が欲しいだけの人生だった( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ