対価
ヤスのオキロ初訪問から少し後。
魔王城の謁見室に下品な高笑いがこだましていた。
イモリッチからバイコーンのツノの対価――金貨がぎっしり詰まった大袋が届いたのだ。
「うははははは、こんなに上手く行くとは思わなかったぜ! イモ男爵の奴、これでもう後には引けねぇだろ!!」
取引を成立させたヤスは上機嫌であった。
基本的にはもとの世界で組がやっていたシノギを見様見真似で応用してみただけだ。
宇佐義組は海産物の不法取引に手を染めていた。違法操業で得たカニ、しらす、うなぎなどを地方から仕入れ、大規模な飲食店チェーンへ売りさばくのだ。普通に仕入れるより安いので、店側にもメリットがある。
ただ、これが成り立つとヤスが確信できたのはオキロで見聞きした体験が大きい。人間はこちらの世界でも似たようなものだ、と理解できたのである。
「じゃ、じゃあ、俺はこれで……」
逃げるように立ち去ろうとするピーラー。
彼はオキロから荷馬車に乗り、魔物に取り囲まれながらはるばる魔王城まで荷物を運んできたのだ。魔物達は彼の護衛であり、襲ってこないはずだとわかってはいても、極度に神経をすり減らす行程であった。
ピーラーの肩をヤスはがっしりとつかむ。
「ひっ!? き、金貨はぜんぶ渡したぜ!? ちょろまかしたりは――」
「おいおい、そう怯えるなって。手間賃だ、とっときな」
ヤスは金貨を四枚握らせた。ピーラーの眼が驚きに見開かれる。
「こ、こんなに? いいんですかい?」
「おお。また頼むぜ、ピーラー。次の集金は三週間後だからな」
「へ、へへっ! そういうことなら、任してくだせぇ!」
恐ろしい思いをしたとはいえ、対価としては充分だろう。
ピーラーはもともと冒険者であり、危険を金に換えることには慣れているはずだ。
きた時よりもしっかりした足取りでピーラーは帰って行った。
「あんなものでよかったよな?」
呼びかけると、柱の陰に身を隠していたジェイムスンが現れた。
ヤスはこちらの貨幣価値がよくわからない為、ツノの値段も含め、ジェイムスンに妥当な金額を設定させていたのだ。
「はい。探索と違って安全確実に稼げるのですから、金貨二枚でもいい位ですが」
マルガレーテと別れた後、ヤスはひとまず魔王城へ戻った。
翌日、人間達が魔界深部に侵入して探索を行っているとの報告が入った。ぴんときたヤスは魔物の群れを伴って出向き、ピーラーの探索パーティと出くわしたのである。魔物に包囲されると、ピーラーは密猟の件をヤスに白状した。
状況を把握したヤスはすぐにバイコーンのツノを集めさせた。
これは紛れもないチャンスだった。金銭面の問題だけではない。王国の公的権力とつながりを持つメリットは計り知れないのだ。
ヤスは即座にオキロへ取って返し、イモリッチの館へ押しかけたのであった。
「やれやれ。ジェイムスン、お前も金のことがわかってねぇな」
「は、と言いますと?」
「俺は荷運びの代金を払ったんじゃねぇ。忠誠心ってやつを買ったんだ!」
ヤスには人間の手下がぜひとも必要だった。
そうでなければ食糧を買うのも、ツノを渡すのも、金を受け取るのも、ぜんぶヤスが直接やらなくてはならなくなってしまう。それでは魔王である意味がない。
「ぴったりの代金なんぞもらっても誰も一ミリも感謝しねぇよ。だがぽんと倍額を渡されりゃ、話は別だ。美味しい思いができるってわかればな、全力で尻尾を振るのさ!!」
密猟を引き受けていたことからみても、ピーラーはこちらの裏稼業には通じているはずだ。ヤスは彼をとことん使い倒すつもりであった。あの金貨はその為の投資なのだ。
だらしない姿勢で玉座に腰掛けつつ、ヤスはジェイムスンに問いかける。
「ところでコボルト達はどうなった? バイコーンのツノは順調に集まっているだろうな?」
「は、諸族からの供出が届いております。総数は千本あまりに達しておりますな」
バイコーンのツノは季節ごとに生え変わる。
獣人とも呼ばれる魔物の一種、コボルト族はツノを拾い集め、武具の材料にしていた。
ヤスは加工前のツノを提供させたのだ。
代わりにコボルト達には鉄製のまともな武具が与えられた。
「在庫がなくなることはないだろうな」
「ご心配にはおよびません。再来月には生え変わりのシーズンとなります。新たに拾ったツノもすべてこちらへ届ける手はずになっておりますので、問題ないでしょう」
コボルトは集団で狩りをするせいか、魔物の中では比較的頭がいい。
また、決まり事はきっちり厳密に守る。いったんツノ集めを引き受けたからにはちゃんと仕事をこなすだろう。何よりこれは彼らにとっても分のいい取引なのだ。
「ふっふっふっ、そうかそうか。今度連中の頭を撫でてやらないとな!」
コボルト達の協力があれば、週24本の安定供給は可能だろう。
最初のシノギは上々の成果となり、先々も充分に期待できそうだ。
すっかり満足し、ヤスはますます笑いを深めた。




