アンダーグラウンド
食べ終わると、マルガレーテは懺悔をはじめた。
「ああ――主よ、どうかお許しください。わ、わたしは誘惑に身を委ねてしまいました……」
「うむ、許すぞ。ダイエットは明日からでいい」
「体重の話じゃありませんっ!!」
きっとにらみつけてくるマルガレーテ。目尻に涙さえためている。
ヤスはひらひらと手を振った。
「いやいや、実際やばいと思うぞ。甘い物をいーっぱい食べたからな?」
「ええ、ええ! すっかり満腹になっちゃいましたよ! もう、ヤスさんがぐいぐい勧めるからじゃないですかっ!!」
確かに摂取カロリーはかなり恐ろしいことになっているだろう。ヤスはもともとあまり太らない体質だからまったく気にしていない。
「うははははっ、悪りぃ悪りぃ!! だけどよ、食ったせいで顔色はよくなったと思うぞ」
「え――」
「何か、疲れた感じだったからよ。ちょっとは元気が出てよかったぜ。おっつかれさんっ!」
手を伸ばし、またしてもマルガレーテの髪を手荒に乱すヤス。
呆然としているのか、彼女はされるがままになっていた。
そろそろ帰るか――とヤスが腰を浮かしかけた時。
「おいおい、見せつけてくれるじゃねーか。シスターが男といちゃついていいのかよ?」
現れたのは、いかにもなガラの悪い連中が三人だった。
異世界であっても、まともな奴らではないことは一見してわかった。関わりになりたくないとばかりに、周囲の人々は足早に立ち去って行く。
ヤス達の前にくると、一番体格のいい奴がにやにや笑いつつ、
「俺達とも遊んでくれよ、シスター。なぁ?」と振ると、他の二人が下卑た笑い声を上げた。どうやら、こいつがリーダーらしい。
「うははははっ!! やっぱ、こっちでもそうだよな。チンピラはやっぱチンピラってことだな、うむっ!!」
人が集まれば、当然アンダーグラウンドに属する連中も混ざる。結局、どの世界でも同じなのだ。ヤスにはそれが妙に嬉しかった。
「――あ? 誰だ、てめぇ? てか、見ない顔だな……?」
リーダーは怪訝そうに眉をしかめる。
ヤスは立ち上がるとリーダーと鼻先を突き合わせた。相手の身長はヤスより低いが身幅があり、体重はかなり重そうだ。暴力慣れした、ずるがしこそうな男だった。
「よぉし、いいぜ」とヤス。
「ああっ? 何言ってやがる、てめぇっ!?」」
「ごちゃごちゃうるせぇな。いいから、殴れ。ここに一発入れて見ろってんだよ!」
ヤスはぽんと自分の腹を叩く。イノークを屈服させたことで、すっかり味をしめているらしい。
挑発されている――なめられていると理解した瞬間、リーダーは怒りに顔を紅潮させた。
「ふ、ふざけやがって! 死にやがれっ、この餓鬼ぃっ!!」
やはり荒事には慣れているのだろう、リーダーの打撃にはきちんと腰が入っていた。たっぷり体重の乗った拳がヤスのみぞおちに突き刺さる。
「ぐえっ!? か、は――」
強烈な打撃をもろに受け、ヤスは激痛のあまり膝を折りそうになる。せっかく食べたパンをリバースしかける有様だ。まさか、痛みを感じるとは思わなかったのだ。完全に油断していた。
――な、何だこりゃっ!? イノークとやり合った時は何ともなかったのに……っ!?
歯を食いしばり、ヤスはどうにか意地で体勢を立て直す。
「て、てんめぇ……痛ぇじゃねえかっ!」全力で殴り返した。
初撃はリーダーの顎を跳ね上げ、「人の痛みがわかる大人になれっ!!」第二撃が無防備になった腹をえぐる。怒りにまかせ、ヤスは続けざまに拳を振った。
「教育的指導ラーッシュ! おうら、おらおらおらおらぁーっ!!!」
瞬時に都合数十発の連続攻撃を叩き込む。
ラッシュが終わるとリーダーはぐらりと傾ぎ、地面に崩れ落ちた。とっくに気絶していたらしい。
「よし、勝ったな! うははははっ!」
「うわあああ、ピーラーの兄貴がっ!? い、いくら何でもやり過ぎだろ、いきなりっ!」
「てめぇ逆切れすんなよ! 自分から殴れって言ったんじゃねーか! ここまでボコボコにすることねぇだろっ!?」
他の二人がヤスの瑕疵を激しく非難する。まったく、その通りである。
しかしチンピラ同士のケンカで勝っている方が反省することなど、あり得ないのだった。
「うるせーっ、街のダニ共がっ! 貴様らも正義の教育的鉄拳を喰らえっ!!」
「指導ォ――」叫びながら踏み込み、「――行くぞォ!」ヤスは思い切り拳を叩きつけた。
「ぐわっ!?」
「指導ォ!!」
「ぎゃっ!?」
それぞれワンパンで殴り飛ばしてしまう。幸い、ヤスの身体能力そのものは高いままのようだ。
「んんー、どうだ? まだ指導がいるかなー、フフフフ」
地べたに転がった二人にヤスはゆっくりと歩み寄る。
ごろつき達はこれは相手が悪い、と悟ったらしい。確かにヤスは相当に“悪い”相手であった。まだ気絶しているピーラーを両側から担ぎ上げると、彼らは捨て台詞もなしにほうほうの体で逃げ出して行った。
「よし、教育完了! いいことをした後は気持ちがいいなぁ!」
「はあ。なんでそうも堂々と胸を張れるのかわかりませんけど……」
すっかり気が抜けたのか、マルガレーテは呆れ笑いを浮かべている。
「ふん、マル子だって止めなかったじゃねーか」
「わたしだって、時には実力行使するしかないことは承知しています。特にオキロは最前線の街ですからね」
「うむ、確かに悪者だからな、あいつらは! どの街にもいるんだよなー、ああいうガラの悪い奴らは。街の景観が乱れるぜ」
「ヤスさんがそれを……いえ、まあ、そうですね。あれは冒険者ギルドの人達です。本業は魔界探索のはずですけど……」
もともと荒っぽい連中なのだが、最近は度が過ぎているらしい。
街中を我が物顔でのし歩き、派手に遊ぶだけでなく、いさかいを起すようになったのだ。戦い慣れしているだけに一般人では対処できない。
警吏が取り締まるべきなのだが、彼らも手を出しかねている。
オキロ周辺の領主であるカルビ・イモリッチ男爵と冒険者ギルドは、色々とつながりがあるのだ。




