ミッション
予想通り、オキロの街路には司祭らしき者や×字の首飾りをつけた信者達がそこかしこにいた。アスモデが一緒にいたら、すぐに見とがめられていただろう。
「ま、俺には関係ないな。さてとスーパー……は、ねぇだろうな」
ではコンビニは?
もっとないだろう。地図もナビもない。おすすめショップの口コミ情報ももちろんない。
小さいとは言え、まったく勝手のわからない街だ。あてもなくうろつき、目的の材料が売っている店を探すのはかなりの手間だ。ここは誰かに聞くべきだが、アスモデから教会関係者には近寄るなと言われている。
どうしたものか、と思った時、後ろから誰かが駆け寄ってきた。
「ちょっ……あなた! お待ちなさいっ、待って!!」
ただならぬ声色に振り向くと、教会のシスターっぽい娘が立っていた。何やら血相を変えているが、もちろん、見覚えのない顔だ。
「悔い改めなさい、小羊よ。悪魔の誘惑に屈してはいけません……っ!」
ヤスはシスターをまじまじと見た。
「……あんた、誰だ?」
まだ幼さを残す少女であった。
繊細な顔立ちをしており、背は低めだ。長い栗色の髪を丁寧に結い上げていた。意思は強いようだが、美しさより地味さが勝った印象がある。大輪の花のように艶やかなアスモデとは対照的だ。
「わたしが誰かは関係ありません!」
「いやいや、あるだろ? そもそもだな、いきなり何の――」
「あなた、サキュバスと契約していますね!! 誤魔化しても無駄ですよ。わたし、匂いでわかるんですからっ!!」
速攻でバレてしまった。アスモデが警戒するはずである。
しかし、これは自分が悪いのではない。サキュバスの濃厚なフェロモンならともかく、この世界の奴らはみんな鼻がよすぎる、とヤスはあきれた。
「何、あんた実は犬なのか? ヤバいな」
「ヤバいのは、あなたです! サキュバスと契約したが最後、せ、精を吸い取られて身も心もぼろぼろに――」
言葉を途切れさせ、シスターはヤスに顔を寄せた。
「あなた――お元気そうですね……?」
眉間に皺を寄せ、ぶつぶつ言い出す。
「変だわ。こんなに濃い匂いがしているのに、強い精気に満ちているなんて……?」
「おお、何か知らんけど、俺は元気だぞ。上から下まで、めっちゃ元気だ!」
「そ、それは……」シスターはうろたえて顔をそらし、「よっぽど、お強いのでしょうか……?」頬を染めつつ、ちらちらとヤスに視線を投げた。
「は? あのな、あんた――いや、そっか。この際、あんたでいいや」
ヤスはシスターの手をつかみ、ぐいっと引っ張った。
意表を突かれたのか、彼女はヤスの胸に飛び込むような形になった。
「ひっ!? ちょ、何ですかっ!? わ、わたしは聖職者……」
ヤスはにやにやと笑った。弱々しい抗議をさえぎるように、彼女の細い肩になれなれしく手を回す。
「この際、仕事なんざ関係ねぇだろ。そもそも、あんたからコナかけてきたんじゃねーか」
「サ、サキュバスと契約しておいて、まだ足りないって……っ!?」
「まあな。人助けは大事だろ? 悪いが、俺ととことんつき合ってもらうぜ、ネェちゃん!」
「い、いやああああああーっ!?」
か細い悲鳴が路地に木霊した。
□
シスターはマルガレーテ・フェニクスと名乗った。ヤスより四歳年下らしい。
「うははは、やったぜ! こいつさえあれば……!」
彼女の案内で無事に買い物を済ませ、ヤスはすっかり上機嫌になった。
小麦粉の大袋を右脇に抱え、細縄で縛って数珠つなぎにした二ダースの卵を左肩にかけている。支払った金はむろん、ジェイムスンが用立ててくれたものだ。
脳内で“小麦粉”と“卵”が光を放っている。これで条件は整ったはずだ。
後は――そう、魔王城に戻るだけだ。それでクリアだという、わくわくするような確信があった。アスモデの警告は無視する形になってしまったが、マルガレーテは自分から寄ってきたのだし、問題もなかった。結果オーライであろう。
「俺はこの辺にきたばかりで、この街のことも全然知らねぇからよ。お前のお陰で助かったぜ。サンキューな、マル子!」
「マ、マルコ……」ヤスの言い草にマルガレーテはがくっと頭を垂れた。地味にダメージを受けているらしい。
気を取り直したのか「確かにオキロでは小麦粉は貴重ですけど……そんなに大事なものだったんですか?」と聞いてきた。
ヤスは大きくうなずく。
どうしてもタコ焼きが食べたかったのもある。だがそれ以上に、いったん頭に浮かんだ“小麦粉”“卵”のキーワードは何をしていても常に意識の片隅にあった。お陰で気になって仕方がなかったのである。
「――それ、わかりますっ!! 時折、存在を主張してきません? キーワードがこう、瞬くみたいに……」
思いもかけない同意に、ヤスは驚いた。
ここへくるまでの道すがらアスモデに話してみた時は「何、それ?」とぽかんとされてしまったからだ。
「おおっ!? そう、それだよ! 何かこう、忘れさせてくれないんだよな。ほらほらこれだぞ、ほらほら早くしてって」
「そうそうっ!! あれ、うっとうしいですよねっ!! 確かに条件を満たせばいいことがあるってわかるんですけど……」
「だよなっ!! すぐに動けない時もあるだろ? 急かされてもさ!」
「そうですよねー、お風呂とか、寝てる時とか。なのにこう、お構いなしに――」
「「早く、早くって!」」
台詞がハモり、顔を見合わせる。ヤスとマルガレーテは弾けるように笑った。
どう見てもチンピラの男が教会のシスターと親しげに笑い合っている姿を、通りすがりの人々が不思議そうに眺めていた。
「“ミッション”ですよ、それは。わたしも受託することがあります。示された条件を達成することで報酬が得られる使命、天からの啓示ですね」
「啓示? てっえと、神様的な奴か?」
「あの、はい。そうだとわたしは思っています。公にされていない世界の法則――隠しコードを神が我々に示してくださっているのだと……」
「ほほう、なるほどなぁ」




