問題点
ラクノー王国のベカイ地方は王国内でもかなりの辺境だ。
ベカイ地方で人間が実効支配できているのは街や集落の周辺領域のみ。大半は手つかずの原野であり、昼日中にも魔物が跋扈する危険地帯――つまり“魔界”であった。
ヤスが転移した魔王城は、ベカイを縦断するシモフリ山脈の中腹にある。
城最上階の魔王の私室でヤスは魔王城についてのレクチャーを受けていた。
「築城されたのはおよそ二千年前。以来、代々の魔王様の居城となり、幾度となく人間達からの攻撃をはねのけて――」
言葉を切って魔王城の執事、ジェイムスンは新たな主人に呼びかけた。
「失礼ですが、魔王様。もしやお気に障ることでもございましたか?」
執事の口調はあくまで穏やかである。
ヤスが異世界から転移してきたいきさつは話してあるが、執事は「左様でございましたか」とあっさり受け入れていた。執事が仕えるべき主人は“魔王”であり、誰がその座に座ろうと関係ないらしい。
「あ? ああ、いや……別に何でもねぇよ。悪かったな、気にしないでくれ」
「承知致しました。では――」
豊かなバリトンを響かせ、執事は話を再開した。無数の触手をくねらせて。
――うーむ。声だけなら、めっちゃ渋いんだけどなぁ、こいつ。
執事の外見は、お仕着せに身を包んだ火星人、であった。
ディテールはタコだ。胴から手のように見える四本の太い触手が生えている。下半身は細い無数の触手に分れていた。
触手の先端はどれも常時にょろにょろと蠢いており、これが気になって仕方がないのだ。見るほどにSAN値が下がる感じ。なのに話の内容にあまり興味が持てないこともあり、触手から目が離せない。
苦行がまだまだ続きそうだったが、アスモデが割って入った。
「ね、細かい話はおいおいでいいんじゃない? それより魔界全体のこと――特に大きな問題点を把握してもらわないと」
「お、おお。そうだな!」
ヤスも賛同する。
面倒事はごめんなのだが、ちょっと気分を変えないと正気を保てる自信がない。
「これは失礼致しました。では――」
なるべくジェイムスンを視界に入れないようにしつつ、ヤスは命じた。
「待て、できるだけずばっと言ってくれ! できるだけ、短く、ずばっとだ」
丁寧に長々と話されてはかなわない。
かしこまりました、とジェームスンは軽く会釈すると、ずばっと言った。
「まず、金がございません」
「おお?」
「また支配領域――つまり、魔界がどんどん狭まっています」
「何ぃ?」
「結果、魔物の数も減っています」
「マジで?」
ヤスがアスモデに顔を向けると、彼女も大きくうなずく。
「そうよ。ここ何百年か、ずっと同じ傾向だけどね」
金がないのはある意味、当然だ。
魔物は王国の貨幣経済にほとんど関与していない。そもそも稼ぐ手段がないのだ。
また、せっかく得た金も使うのが難しい。取引相手が人間に限定されるからだ。
考えてみれば当たり前だ。魔物が目前にきた時、ほとんどの人間はただ逃げる。商売を始めたりはしないのだ。
昔ばなしに出てくる人外の存在はたいてい気前がいい。
それは彼らは財貨の使い道がなく、持て余しているからかも知れなかった。
「おまけに誰かさんが盛大に魔王城をぶっ壊してくれたしね?」アスモデはジト目でヤスを見やる。
「うるせーな、事故だ、事故」
「外観は修理できますが、護りの結界を張り直すのは無理でしょうな。現在の魔界にここまで強力かつ大規模な恒久防御結界を張れる術者はおりません。いたとしても、施術には希少なアイテムが大量に必要です」と、ジェイムスン。
いくつかのアイテムは国外から輸入するしかないらしく、闇で入手するには莫大な経費がかかる。
魔王城にそんな金もツテもないのだ。
「あー、わかったわかった。見た目だけでいい、見た目だけで」投げやりに手を振るヤス。
支配領域の減少はより深刻だった。
数百年前、ラクノー王国の領土と人間が称していた土地の大半は、魔界だった。
実に全土の3/4は魔王の支配下であり、人間はわずかな土地にしがみつくようにして生きていた。
「長きに渡り、ラクノー王国の実質的な主は魔王だったのですよ」
「ほー。ならとっとと征服しちまえばよかったじゃねぇか」
「何度かそうなりかけたのよ。でも、人間の王都の外周には要塞があってね。でっかい大砲がいっぱいあるわけ」
「王都防衛の要、4基の要塞砲塔群ですな。お陰で我らが王都を陥とすことはかなわなかったのです」
結局、魔物と人間はいわば共存する関係となっていた。
ところが、やがて人間の中にきわだった力を持つ英雄――“勇者”が現れた。
数々の苦難を越え、勇者は単独で魔王城へ侵入。見事に魔王を討ち取ってしまったのだ。
「むろん、それで魔物が全滅したわけではございません。しかし、次の魔王様が擁立されるまで、魔界は大混乱となりました」
混乱をついて王国軍も魔界へ侵攻。魔物を駆逐して実効支配地を拡大した。
その後情勢は安定したが、数十年後、また次の勇者が出現。あとは繰り返しでございます――と、ジェイムスンは語る。
「これまで勇者は五回現れて、五人の魔王を倒しております。おかげで魔界はすっかり縮小し、今ではベカイ一帯だけとなってしまいました……」
「勇者は魔王を狙う成功率100%の暗殺者ってわけ。幸い、ここしばらく勇者は現れていないけどね」と、アスモデも補足する。
魔物達も魔王が殺される度に右往左往してはいられない。
やがて魔王の継承システムが編み出された。魔王が討たれた時、魔物を率いるのに一番ふさわしいモノへ魔王の座を継承するのだ。証として選ばれたモノの身体には継承紋が刻まれる。
「うーむ。よくわからんけど、要するに魔法を使うんだろ? だけど誰が選んでいるんだよ、魔王を」
「誰でもございません。選別と紋の刻印は自動的に行われます。我らの申請により、グランド・ソースが更新され、魔王の継承システムが追加されましたからな」
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