契約
宣言した瞬間、何かが起きた。
不可視の鎖がヤスとアスモデに絡みつき、二人をしっかりとつなぐ。
悪魔との契約が成立したのだ。
「はあ、よかったぁ……!! これでキミはあたしのモノだよ。他のサキュバスは手が出せない。もちろん、あたしもキミのモノだからね!」
「ああ、わかったぜ」
ほっとしたらしく、アスモデは表情を緩めた。膝立ちになるとヤスの頭を引き寄せ、胸にかき抱く。柔らかな双丘の感触が気持ちいい……が、鼻が押し包まれて呼吸がしにくい。
「ふがっ! おい、息が苦しいって!」
「……」
「お、おい……アスモデ?」
ヤスが抗議しても手は緩まなかった。
しばらくの間、アスモデはただ黙っていた。やがて、
「――ね、ヤっちゃん。お願いだから最後の時、必ずあたしを呼んでね。あたしがキミを終わらせてあげる。いっぱい、気持ちよくして終わらせてあげるから。だから、きっと忘れないでね。契約だよ……?」
恐ろしく静かな独白だった。表情はうかがえないが、ヤスはアスモデが泣きそうになっているような気がした。彼女はたぶん、彼ではない誰かに話しかけているのだ。
ようやくヤスはアスモデの胸から頭を引きはがし、
「――ったりまえだろ。人生最後のお楽しみを逃すわけねぇだろうが」と返す。
だよねー、とアスモデはお気楽そうに応じる。
ヤスはぼりぼりと頭をかいた。
「そういや、召喚ってどうやればいいんだ? 儀式とかするのかよ」
「んーん、いらないよ。ただ、あたしに来て欲しいって強く願えばいいだけ。簡単でしょ?」
それであれば、何かあった場合でもとっさに呼び出せるだろう。
ヤスが恐怖などの強い感情を抱くと、それはアスモデにも伝わるらしい。ある程度は状況を把握した上で召喚に応じることはできるのだ。
「だけどよ、大丈夫なのか? やる時になって呼んだ時にはもう俺の方がよぼよぼで役立たずかも知れねぇぞ?」
アスモデは手を打って笑い出す。
「あっははははは! 嫌ねー、ヤっちゃんってば。あたしは昨日今日サキュバスになった小娘じゃないのよ。たとえ耄碌したお爺ちゃんになっていようが、怪我や病気で死にかけていようが」
背筋をぴんと伸ばし、堂々と胸を張って。
「それが雄なら勃たせて、抱かせて、イカせてみせるわ。アスモデール姉さんをなめちゃダメよ!!」
美貌を華やかに輝かせ、アスモデは誇らしげに言い放つ。
む、やっぱりイイ女だなこいつ……と、ヤスは認めざるを得なかった。
「ふふーん。ヤっちゃんてば、あたしに見惚れたでしょ。いやーん、惚れちゃった?」
「はあ? んなわけあるかっ! むしろ怖いわ!!」
「あら、照れなくていいのよ。何ならおっぱい揉んどく?」
「いらねぇよ!! いいか、あくまでやるのは俺が死ぬ寸前だからな。勝手にフライングしようとすんなよ!?」
「はいはい、うふふふふっ! これからよろしくね、ヤっちゃん!!」
余裕を取り戻したのか、アスモデは軽やかにヤスのつっ込みをかわす。
長く続くことになる二人の関係は、ある意味、実に彼ららしいスタートを切ったのだった。




