営業スマイル
爪を噛み、必死に考えを巡らせるアスモデ。
どうしてもヤスのとの契約を成立させるつもりらしい。
そのままうなり続けること、数分。
諦める気はなくても行き詰ってしまったのか、「どうしよう、もう殺すしか……?」とか不穏なつぶやきをもらし始めた。
――しまった、薬が効きすぎちまったぞ。こりゃ、逃げないとまずいかも……!?
正直なところアスモデとは戦いたくない。
勝ち負け以前にドスや銃を女に向ける気にはなれないのだ。
さらに数秒後、アスモデは「あっ!」と小さく息を呑み、ぽんと手を叩く。
思わずヤスは逃げ腰になったが、どうやら彼女は妙案を思いついたらしい。
「一つ確認したいんだけど。ヤっちゃん、いま20歳でしょ?」
唐突に年齢をずばりと指摘され、ヤスは戸惑った。
「あ? ああ、そうだけど、それが何だよ?」
ふむ、とアスモデはどこか上方へ視線をさまよわせる。
「ってことは、長くても精々あと80年よね。んー、そこそこ時間がかかるけど……まあ、いっか! そのくらいなら何とか我慢できるわ。最高にイイ精をゲットする為だもの!」
すっと背筋を伸ばしてヤスに向き直り、アスモデはにっこりと笑う。
「お客様に、新しい契約プランのご提案があります!」
まるでセールスレディのお手本のような、さわやか営業スマイルだ。
割高な保険や怪しげな健康グッズでも売りさばけそうである。
「ほう?」警戒しつつ、ヤスは先をうながす。
「契約する以上、サキュバスとして抱いてもらうことは譲れない。抱かれる以上、あたしもヤっちゃんを全力で気持ちよくする。これは絶対条件よ。でも」
言葉を切り、アスモデはヤスを見つめた。
「実際にやるのはヤっちゃんの寿命が尽きる時――死ぬ直前でいい。それでどう?」
意外すぎる提案にヤスは虚を突かれた。
「へっ? そ、そんな契約が成立すんのかよ?」
「するわよ。もしあたしがいない時にもう死ぬっ! ってなったら、召喚して。すっ飛んで行くから」
それでも不意の事故など、呼ぶ前に命を落とすかもしれない。
だが、アスモデは可能な限りヤスの傍らに張りつくつもりのようだ。
「あたしはヤっちゃんを守るし、協力もする。この世界のことならたいがい知っているから、かなり役に立つと思うよ!」
「むう。そりゃ願ってもない話だけど、お前はそれでいいのか?」
仕方なさそうに軽く息を吐き、アスモデは苦笑いした。
「だって、もー、仕方がないじゃない! ヤっちゃんが『アスモデと契約する』って認識を持ってくれないと契約は成立しない。それじゃ、精をもらっても意味がないからね」
「へぇ、そうなのか?」
「モノとしての精は単に人間の分泌物でしょ? 契約があってこそ、魂を分け与えてもらえるんだから」
また怖い話になってきた。が、ヤスはあえてつっ込むのをやめた。
右も左もわからない世界なのだ。おまけに殺されかけたばかり。地位だけあっても安泰とはとても言えない。頼りになる味方は絶対に必要だ。
生き物はいつか死ぬ。当然、人間もだ。
しかし、まだ若いヤスにとって寿命が尽きる時など、想像もできない。そんな先のことより、今をどうにか乗り切らなくてはならない。
契約すればアスモデは全力でヤスを護るだろう。彼の生涯を通して、ずっとだ。
そして寿命が尽きる日、人生最大の快楽を彼女からもらい、そのまま死ぬ。
悪くない話ではないか。
「よし、わかった。アスモデ――お前と契約するぜ!」




