うめぼし
「もう一回、あともう一回だけ。今夜で本当にやめる、これで最後だ――それが何度も繰り返されるの。カスまで出し尽くして、気絶するまで腰を振って。でも、またすぐに抱きたくなるのよ……!」
確かに舌を数秒絡め合っただけで、凄まじい快感に襲われた。
あれよりもっと、もっと強い快楽に身を浸してしまったら。もう抜け出せなくなってしまうのではないか?
「そうよ! だけどサキュバス側には抱かれてやる義務はない。徹底的に依存させた後で、『今夜は気が乗らないわ』なんて言ったら、どうなると思う?」
抱く為なら、何でもするようになるだろう。
手管の一端を味わったヤスには容易に想像がつく。
「……こええな。そうやって人間を支配するわけか」
「ご名答。まあ、結局一番欲しいのは精だけどね。だから本当に気に入った相手は、死ぬまで搾り取っちゃうわ。何しろ」
アスモデは恍惚の表情を浮かべた。
「男が死に際に放つ最後の精って、凄くイイのよ。命の最後の一滴がね。ヤっちゃんのはきっと、格別にイイはずよ……!!」
残虐で淫蕩な笑みに、サキュバスとしての本性が垣間見えている。
人間にとってはまるで麻薬だ。自ら誘惑にくる分、むしろ薬物よりタチが悪い。確かに彼女達は悪魔の一種なのだった。
「普段はここまで喋らないんだよ。キミが転移者だから特別にぜんぶ話してあげたけどね!」
アスモデはばっちりと色っぽいウインクをしたが、ヤスは少しも嬉しくない。
これからシメられる鶏が肉質のよさを褒められて喜ぶだろうか?
「さ、説明も終わったことだし――しよっか、ヤっちゃん! 契約して、オールナイトで思い切り楽しみましょう!!」
「するわけねぇだろ、阿呆かーっ!!!!」
さすがのヤスもそこまで女好きではない。自殺願望だってないのだ。
アスモデは目を丸くした。
「――えっ? ねぇ、契約するよね? あたしのこと、抱いてくれるでしょ……?」
「だから、しねぇよ!! お前、俺が死ぬまで搾り取る気、満々じゃねーか! 確実に破滅する相手とやるわけないだろっ!!!」
当たり前の話である。
アスモデが得意そうに実態をべらべら語った時点で可能性は潰えていたのだ。
だが、彼女本人はそう思っていなかったらしい。
「ええええええええええっ!? う、嘘でしょ、ヤっちゃんっ!?」
本気で虚をつかれたらしく、アスモデは目を見開いている。
逆にヤスの方がびっくりしたほどだ。
「いやいや、そんなに驚くことか? これで『よし、契約だ! 抱くぞ!!』ってなる方がおかしいだろ!」
「嘘……何で……? あたしの魅了が全然効いてないの……!?」
呆然とつぶやくアスモデ。
「ほう……何だよ、魅了って」
「だからぁ、あたしのスキルよっ!! 数分だけならどんな男でも意のままに操れるのよ、サキュバスはっ!! お酒だけじゃなくて唾液まで飲ませたから効き目はすごく強くなってるはずのに……こんなのあり得ないわ!?」
どうやら彼女は、ヤスから正常な判断力を奪った上で契約させるつもりだったらしい。
失言であった。
「ほーお。お前、最初からそういうつもりだったのかよ。これは落とし前が必要だな……っ!!」
「え、ちょっ……い、痛たたたたたたたっ!! い、痛いーっ!!」
ヤスは両の拳でアスモデのこめかみを挟み、ぐりぐりと抉った。
こちらは日本古来の私的制裁技“うめぼし”である。
「ったく、お前も俺をなめてやがるなっ!? どいつもこいつも馬鹿ばっかりかーっ!!」
「いいい痛い、痛いっ! ヤっちゃん、痛いってばっ!!!!」
「やかましいわ、このアマ!! きっちり詫び入れろ、詫び!!」
「ごめん、ごめんっ!! ご、ごめんなさいーっ!!!!」
技を解いてやると、アスモデはすっかり涙目になっていた。
「ひ、ひどぉい……ここ二百年で一番痛かったよ!? もう、ヤっちゃんてば悪魔みたいだよ!!」
「うるせぇ、悪魔はお前だっ!! んなことよりだな、まだ聞きたいことが……」
言いかけたヤスに背を向け、アスモデは膝を抱えた。
「やだ」
「――は?」
「やだって言ったの。あたし、どうせサキュバスだもん。悪魔だもん。契約のない人とはお話できませーん」




