注意事項
契約と言われるとヤスも思わず構えてしまう。
何しろ相手は悪魔だ。魂と引き換えとか、生贄を捧げろなどの怖い話になってしまうのか。
ヤスの不安を打ち消すように、アスモデは含み笑いをした。
「うふふふっ、難しく考えなくても大丈夫よ。要するにサキュバスの真心こめた気持ちよくなる特定サービスを――」
ほっそりした指先を押し当て、探るように己の身体を撫でまわす。
淫魔のそこかしこの形状が布地越しに浮き上がり、ヤスは生唾を飲み込んだ。
「――ご利用になる前の注意事項だから。ね?」
「わ、わかった。早くしてくれ、早くっ!!」
「はい、かしこまりました!」
にっこりと笑うと、手慣れた様子でアスモデはすらすらと話し出す。
「あたしはヤっちゃんから精をもらう。引き換えにすっごい快楽をあげる。基本的にはそういう取引よ。それで――」
内容はかいつまんだものらしく、確かに長くはなかった。
それでもヤスは待ちきれず、すっかり気もそぞろになってしまった。
「――つまりあたしが応じない限り、基本的にヤっちゃんからの契約解除はできないわ。これはお互いに専属契約だから勝手に他のサキュバスと別契約を結ぶこともできない。ただ、それ以外の行動に制限は何もないから安心してね! さあ、説明はこれで――」
「ん? いや、待ってくれ。他の行動に制限はないって言ったか?」
半ば聞き流していたヤスも引っかかりを覚えた。
仮にも悪魔との取引なのに、こちらに都合がよすぎるのではないか?
「うん、ないよ。契約中でも相手がサキュバス以外なら、いつどこで誰と寝ても構わないわ」
他の女と結婚しても、何人子供を作っても構わないらしい。
おまけにサキュバスとは最初の一回だけやればいい――とアスモデは語った。
ますます男にだけ都合がよすぎる気がする。
「それでいいなら、わざわざ契約する意味って何だよ?」
「そうねぇ。契約は人間があたし達を召喚する為でもあるのよ。サキュバスは翼で空を飛ぶことができるけど――」
アスモデが身をよじると、腰の辺りに一対の翼らしきものが出現した。
翼は彼女に対して小ぶりだが、実際には羽ばたきで飛ぶのではない。この翼状器官から放出する魔力で飛翔するのだ。
もう一度身じろぎすると、翼は消えてしまった。
「契約者のいるところには空間を跳躍して瞬時に移動できるの。相手がどこにいようとね! だから、キミがアスモデとやりたいな、って思ったら、即座にあたしを呼べるわけ。翼で飛んで行くよりずっと便利でしょ!」
確かに便利だ。
むしろ、便利過ぎる。悪魔ともあろう者がそんなにコンビニエントなことでいいのだろうか。
これではまるでサキュバスは進んで人間の奴隷になりたがっているかのようだ。
「じゃあ、逆にもし俺がアスモデは召喚しない。二度と会わないって決めたら、どうなるんだ?」
「あははははは! ひどーい、やり捨てだね! あたし、そんなことされたらショックで寝込んじゃうわ。百年くらい」
軽やかに笑い、アスモデはひらひらと手を振った。
「まあ、それじゃ契約の意味がないから、こっちから破棄すると思うけど」
「破棄されたらペナルティとか、あるんだろ? 身体がどうにかなったりとか……」
「ううん、別にどうにもならないよ」
「本当かー? ちょっとは何かはあるんだろ?」
「あはは、ぜんぜん何もないってば! ただそんなことには、ならないだけ。絶対にね」
口調は柔らかかったが、言葉の端々に自信が満ち溢れていた。
「みんなねぇ、最初はそう思うんだよ。男の考えることは大抵同じだもの。自分の都合のいい時だけ呼び出して、楽しませてもらおう。飽きたら呼ばなければいい――だけど、みんなそうならないのよ。誰一人としてね……!」
しゃべりながら、アスモデはヤスの胸板をゆっくりと撫でまわす。
「一度だけじゃ、絶対にすまないわ。必ずまた呼び出してしまう」
「な、何でだよ……?」
嫣然と笑うアスモデ。
どうしてか、ヤスは追い詰められた気分になってしまった。
「気持ちがいいのよ、あたし達。とってもね! あたし達を抱いた後じゃ、人間の女なんて色あせてしまうわ。だから、みんな我慢できなくなるの。頑張っても三日も耐えられる人はほとんどいない。大抵、次の日には召喚してしまうわね」




