馬鹿揃い
ヤスは無事だった。
身体はもちろん、さらしにもほつれや焦げ目もない。
完全に無傷だった。
代わりにイノークの石斧は粉々に砕けていた。おびただしい獲物を屠ってきた石斧は、もはや柄しか残っていなかった。
ヤスの眼光に押されたのか、オークの族長は数歩後退。足をよろめかせ、しりもちをついた。
「わかったか、この馬鹿野郎。世間にはなぁ、お前なんぞより強え奴がいるんだよ!!」
ポケットから拳銃を取り出すヤス。組から支給された五連発のリボルバーだ。
ゆっくりと高く掲げ、周囲に見せつける。銃口は天井を指していた。
「お前はこれに殺されたんだ、イノーク。このちっぽけな道具にな。たったの一発で、あっけなく死んだんだ!!」
これはイノークでなくとも理解不能の話だろう。
しかし、誰からも戸惑いの声一つ上がらない。広間にいる者はみな、完全に飲まれていたのだ。
お陰でヤスはいい気分だった。全員が自分を注視している。一挙手一投足を食い入るように見ている。こんな経験は初めてだった。
「いいか、どれだけ力があってもな……馬鹿なんざ、あっさり負けちまうもんなんだよっ!!」
説教を仕上げるつもりで、ヤスは銃の引き金を絞った。
ぱん、と乾いた音がして天井に小さな穴が開く――と、思ったのだが、そうはならなかった。
鼓膜が破れんばかりの大音響が轟き、まばゆい閃光が全員の眼を焼いた――!!!!
耳鳴りが収束すると、ぱらぱらと小さな欠片が落ちる音が聞こえた。
徐々に視界も回復――だがヤスは目に映っているものを信じられなかった。
「な……何じゃ、こりゃあっ!?」
大広間には天井がなかった。頭上にはぽっかりと虚空が口を開けている。
ふらふらした足取りで、アスモデが近寄ってきた。ヤスと並び、呆然と上を眺める。
「……ないね、天井。まるごと」
「おお……」
「……あれ、星だよね? ずうっと上で瞬いている、小さな光」
「おお……」
アスモデの言う通り、夜空がのぞいていた。
銃口から放たれた“何か”は広間の天井はおろか多数の階層をぶち抜き、建物の最上部をも吹き飛ばしてしまったのだ。
「……ここって、魔王城なんだよ」
「へえ……」
「……要塞だから頑丈なんだよ。護りの結界も何重にも張られているし」
「へえ……」
「……人間が大砲でガンガン撃っても何ともなかった」
「へえ……」
「……歴代勇者も城の破壊はできなかったんだよ」
「へえ……」
生返事をするヤス。
二人はゆっくりと視線を合わせ。どちらからともなくへらりと笑った。
もの凄いやっちまった感がある。ふんだんにある。
とりあえず笑っておく。むしろここはもう笑うしかない感じだ。
「こ……殺しやがれ……っ!」
怨嗟のつぶやきが聞こえ、ヤスは我に返った。
「――俺ぁ、馬鹿だ。どうせ馬鹿だ……馬鹿は、どうやっても馬鹿のままだ。何を言われても馬鹿しかできねぇっ! どうにもならねぇんだ、いまさらよぉっ!!」
床に手をつき、イノークはがっくりとうなだれていた。
馬鹿は死ななきゃ治らない――とも言うが、鬼島やイノークは恐らく死んでも治らない系の馬鹿だった。
だから力に頼った。ほかに頼れるものは何もなかった。
暴力だけが生きる術だったのだ。
しかし、ヤスが見せた暴力は圧倒的に巨大だった。スケールの桁が違っていた。ゆえにイノークは心が折れてしまったのである。
消沈する巨人の姿を前に、ヤスとアスモデはアイコンタクトを交わした。
チャンスだな? チャンスよね! と。
ふと見れば、ヤスの足下にドスが転がってきていた。先ほどの爆発で飛ばされたのだろう。
ヤスはドスをひょいと拾い上げ、鋭く投げつけた。
石材を粘土のように軽々と貫通し、イノークの眼前にドスが突き立つ。
「――イノーク。オークの誇り高き族長であるお前は、今日、ここで死んだ!」
「な……何……っ?」
わけがわからず戸惑うイノークに、ヤスはにやっと笑ってみせる。
「だから、これからは俺の為に生きろ」
周囲を取り巻く化け物達に向き直り、ヤスは大音声を上げた。
「てめえらもだっ! どうせ、イノークとどっこいの馬鹿揃いだろう!! だが、いいぜ。馬鹿でいい。馬鹿は馬鹿のまま、この俺が使ってやるっ!!」
拳を突き上げ、ヤスは吠えた。
「てめぇらの命は俺が預かった!! 俺の為に生き、俺の為に死ね!! わかったかぁーっ!!!!」
「オオ……オオ、オオオオオオッ!!」
化け物達は勢いに乗せられた。
もともと力の信奉者であり、何といっても馬鹿だった。
「声がちぃせぇっ!! うおおおおおーっ!! おうららららあああーっ!!!!」
漂っていた戸惑いは、霞のように掻き消えた。
ヤスの叫びにみなが呼応したのだ。
「オオオオオーッ!! 魔王ヤス、万歳ーっ!!」
「おおおおおおーっ!! うおおおおおおーっ!!」
大広間をびりびりと震わせる大音声。地鳴りの如き轟きが、臓腑をずんずんと揺さぶる。
いつしか、イノークも立ち上がり咆哮している。全員が一つになっていた。手をつないでゴールしてもいい位だった。
「新魔王、万歳っ!! 殺せっ!! 人間どもをぶっ殺せーっ!!」
「ヌオオオオ、ゴロゼッ!! ゴロゼーッ!!」
「ふぎゃーっ!! にゃろにゃろおおおおんっ!!」
口々に咆哮する化物達。もう何言ってんのかさっぱりわからない奴までいる。
幾度も拳を宙に突き上げ、ヤスも吠え返す。
「ごらぁーっ!! うらああああああっ!!!!」
「ヤス万歳ーっ!! 魔王、万歳ーっ!! ウオオオオオーッ!!」
ワールドツアー最終日もかくや、と言わんばかりの大盛り上がり。伝説的ロックスター、ジャイケル・マクソンにでもなったかのようだった。アドレナリンが噴出し、異様な高揚感に包まれる。わたし、いま、生きてる! そんな感じである。
――こうしてヤスダヤスシは魔王ヤスとなり、魔物達を統べる主となった。だがそれは全大陸を戦争に巻き込み、人類を滅亡へと追いやる悲しい運命のはじまりでもあった――
「――おい、勝手な独白入れんなよ、アスモデ」
「えっ? やらないの、戦争?」
ひそひそと話す二人。
もはや勝手に盛り上がっている化け物達に水を差さないように、との配慮だ。気の利く奴らなのであった。
「しねぇよ! 何で俺がそんな面倒な真似、しなくちゃならねぇんだっ!」
「ふーん、そっか。じゃあ、何するの?」
ヤスは口ごもった。ちらりと上を見る。
「そりゃ、まず……天井の修理だろ」
胸中でため息をつく。
浮かれ騒ぐ化け物達は心底、お気楽そうだ。ノリと勢いでとんでもない宣言をしてしまった気がする。何とかして奴らを上手く引き回さなくてはならない。
だが、まあいい。
やれるだけやるだけだ――とヤスは決意を固めるのだった。
投稿2日目の更新はここまで。
きりのよいところにしたら、ちょっと長くなってしました。
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