処刑執行人は選定する2
なるほど、ローブで香りが遮られていたのか。
感心していると後ろから声が聞こえた。
「やっちまえ!」
私が女と対座している隙に、涎を垂らした男が落とした斧を握っていた。
なんともやっかいな。
踏んでいたロープにダガーを刺してから男の腹に一発ケリを入れる。
フラフラした男だったからすぐに斧を手放して倒れた。
ドシン……
男は尻餅をついたが、手放した斧は運悪くロープの方へ落ちてしまった。
ブチィッ
「あ……」
カラカラカラカラカラッ!
ピンと張りつめていたロープは簡単に千切れて、音を立てて断頭台の上にあった刃物が勢いよく落ちてきた。
私は慌ててロープの端をつかむためにジャンプし、跳ねるロープをなんとか掴んだ。
「!!!!!!!」
トリスタン兄の声なき叫びが聞こえた気がした。
ガシャンッ!
吊り上げられた私の体に衝撃が走る。
刃物を止めるのに私の体重は少し足りなかったが、足を黒い霧が掴んで引いてくれていた。
下を見るとどうやらギリギリのところで刃物が止まったようでトリスタン兄は首を落とさずにすんでいた。
すぐさまやってきていたフロー様が兄を断頭台から助けてくれていた。
私はそのままロープを掴んでぶらぶらと体を揺らしながら、ローブを脱いで逃げようとする女を見つけた。
下に人がもういないことを確認してから、私は振り子のように体を揺らした。
兄の猿轡を外したフロー様が私を見て頷いてから足を支えてくれた黒い霧を離した。なんともいいフォローだ。
「はああああああっ」
そうして私は気合を入れてロープを離して女めがけて飛んだ。
「ぐえっ!」
上手い具合に私は女の背中に着地。ちょっと骨が折れたかもしれないが、知らない。
とりあえず気絶させておこうかと思っていたが、飛んできた私にぶつかった衝撃が強かったのか、すでに女は伸びていた。
「いちおう縛っておかないとな……」
私は女を着ていたローブでぐるぐる巻きにしておいた。
「ジャニス! 大丈夫?」
そこにフロー様が駆け寄ってくる。
「ナイスサポートでした。ありがとうございます」
「ほんとに、なんていうか。君には勝てる気がしない」
お礼を言うとフロー様があきれながら私の体に傷がないか確認した。
「指導者を片付けてしまったので、群衆が暴れませんか?」
「そっちも拘束しておいたから大丈夫」
興奮しきっている人々が暴走しないか心配だったけれど、そこはみんなフロー様が黒い霧で押さえつけてくれていた。
こんな広範囲に魔法が使えるのだから、やはりこの人はとんでもない人だ。
さて、しかし主犯格も確保したし、どうやってこの場を収拾するか、と考えをめぐらせていると闘技場の入り口の方からガヤガヤと声が聞こえてきた。
「大人しくしろ! お前たちはグリムライ騎士団が包囲した!」
あの声はアルベルト兄さんである。
おお、なんともタイミングがいいではないか。
城に向かった騎士たちが私とトリスタン兄のことを報告してくれたのであろう。
しかし、あんな私の話を聞いてすぐに動いてくれたのか。
私への信頼度が高すぎてニヤニヤしてしまった。
「アルベルト兄さん!」
私が手を上げると、アルベルト兄さんが血相を変えてやってきた。
「ジャニス! 大丈夫なのか?」
「はい。組織の主犯格の五人は捕まえました。ここで気絶しているこの女が多分ボスの『マダム・キャット』です。 残りはあそこでフロー様の黒い霧で拘束されている二人と、あとはアキレス腱を切ったのが二人どこかで転がっているはずです」
「え……ええと。色々言いたいこともあるが、無事でよかった」
アルベルト兄に報告をしていると、身代わりになっていたトリスタン兄が涙目で私に叫んだ。
「お、お前、に、に、兄ちゃんを助けんのが先だろうが! 俺、危うく首と胴体が離れ離れになるところだったじゃないか! あの女捕まえるのを優先しただろ! お前は鬼か? いや、悪魔だ!」
「まあまあ、私が助けずともフロー様に頼んでいたので、どのみち大丈夫でしたって。心配性だなぁ」
「それにしたって、俺がどんな思いをしたか!」
「私が兄さんを見捨てないって知ってるくせに」
怒るトリスタン兄にそう言うと急に大人しくなった。
今度は顔を真っ赤にしてぷんすかしていた。
麻薬組織の後始末は全てアルベルト兄さんにお願いした。
詳しいことはトリスタン兄が説明してくれるだろう。
「勝手してすみませんでした。できるなら休暇中の私はこの場にいなかったことに……」
私は副団長でもあり、今回の作戦の責任者でもあるアルベルト兄に頭を下げた。
結果はどうあれ、どう考えても自分勝手な行動だ。
しかしできれば穏便にすませてほしい。
「大立ち回りした奴が言うことか? とりあえず、お前はグリムライ国に帰れ、ここは他国になるから 後処理が色々とややこしいんだ」
「ありがとうございます」
「……まったく、俺も困った妹をもったもんだ」
私の頭をポンポンと軽く叩きながらアルベルト兄は私にダガーを渡してくれた。
「とうとう譲る気になったのですか? ありがとうございます」
「よく言うわ、初めから自分のものにする気でいたくせに」
頼りになる上の兄が上手くやってくれるのはわかっていた。
大切なダガーをちゃっかりしまって、私は一息ついた。
後は……。
「ジャニス、話をしよう」
「わかりました」
フロー様と決着をつけるだけだった。




