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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第2.5章 サンクチュアリの子供たち
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3 標高5000m

「う~~ん! やはり山は空気が綺麗だなぁ!」


 眩い太陽の下、ピンクに塗られた陽炎の背の上に立ったマーカスは両手両足を大きく広げて深呼吸する。


 ゆっくりと肺の中の空気を絞り出して代わりに清浄な大気を取り込んでを繰り返し、やがて気が済んだのかマーカスはこちらを振り返った。


「どうだい? サブちゃんもコックピットに籠っていないで、少しはピクニックを楽しんだら」

「おう、それだ。お前、ピクニックって言ったよな!? ああ、今だって確かにピクニックって言ったぞ! お前は超大型輸送機をチャーターしてHuMoで出かける事をピクニックって言うのか!?」


 私もパイドパイパーのコックピットハッチを開けて、ハッチの上に立って自分の担当に対して怒鳴りつける。


 怒鳴ったのはそうしたい気持ちが半分。もう半分はマーカスが乗っている陽炎は全高25メートルほどの大型機であり、しかもコックピットハッチの位置は猫背になった背の上。対して私が乗るパイドパイパーの全高は16メートルほどでコックピットの位置は胸部と2人のいる高さには大きな違いがある。


 つまり怒鳴るくらいの大声でなければ声が届かないだろうというわけだ。


 だが理由こそあれど、いきなり怒鳴りつけられてもマーカスは目を細めて笑っていた。


「ふふっ、パパは分かっているよ。ガレージでピクニックって聞いた時のサブちゃんのなんだか詰まらそうな顔、やっぱりサブちゃんは冒険を求めているのだろう?」


 いや、別に私は詰まらないだなんて思ったわけではないのだ。

 ただ、マーカスの口からピクニックだなんて牧歌的な言葉が飛び出してきたからちょっと訝しんでいただけ。その憮然とした表情がそう受け取られてしまったのだろうか?


「で、冒険のためにHuMoを持ち出した結果がこれかぁ!? 見てみろよ、後ろをよぉ!?」


 私たちの目の前に広がっているのは一面の草原。

 山の頂上まで続くなだらかな斜面は小さな黄色い花を咲かせる背の低い草で埋め尽くされて緑と黄のカーペットが敷かれているかのようだ。


 対して私たちの後ろに広がっているのは容赦なく荒らされた草原だった黒い土砂。


 400tを超える陽炎をはじめとして計3機のHuMoを搭載できる超大型の垂直離着陸輸送機が離発着し、そこから降りた私たちの機体が進んできたのだからそうもなるだろう。


 黒い土に混ざる緑や黄色がつい先ほどまではそこも鮮やかな天然のカーペットが存在したことを示しているようで物悲しい。


 そして、天然の花畑が荒らされるのはこれでお仕舞ではないのだ。

 陽炎が貴婦人のスカートのようなホバーユニットからその大質量を進ませるだけの推進力を噴射すればさらに草原は土砂とかき混ぜられて高熱で命は焼却される。


 正直、私のパイドパイパーだって歩かせるのが躊躇われるくらいだ。


 ある意味、正真正銘、言葉通りのピクニックならば最高のロケーションだろうが、私の隣の陽炎の機体各所には4丁のライフルの他、代えの弾倉やら使い捨てのHuMo用ロケットランチャーやハンドグレネードやらが取り付けられていて、ピクニックよりも冒険、それも剣呑な類の冒険がメインである事は一目瞭然。


「……で、冒険って何が目的なんだ?」

「ふふふ、ここは素晴らしい環境だとは思わないかい?」


 私の問いに対してマーカスは微笑を浮かべたまま聞き返してくる。

 まるで自分が荒らしてきたところは目に入らないかのように両手を広げて黄色い花で埋め尽くされた草原を誇示しているかのよう。いや、草原をというよりは周囲の空間すべてをか?


「まあ、たしかに良い所なのは違いないけど、だからどうしたよ?」

「本当に良いところだよねぇ。でも、おかしくないかい? サブちゃん、ここの標高どれくらいだと思う?」

「……は?」


 私はコックピットの中に戻りタッチパネル式のディスプレーを操作させて周囲の環境情報を表示させる。


 標高:5,007m

 外気温:23.5℃


「どうだい? 気付いたかい? 遠くの山を見てみなよ」


 どういうことだ? と再び開いたままのハッチの上へと戻ると、標高のデータはともかく気温23度というのは間違いなさそうだ。


 さらにマーカスが指さす方角には私たちが今いる場所と大して高さの変わらないであろう山があった。

 真っ白な雪と氷で覆われた山が。


 その山だけではない。

 右も左も、周囲の山々は雪と氷の白か、あるいは剥き出しとなった岩肌の黒のモノクロの世界。

 私たちがいる山だけが緑の世界なのだ。


「現実世界のマッターホルンでも4,478メートルだからね。おかしいのはこの山なんだろう。それにさっき深呼吸してみて確かめてみたけど、この辺りは大気も薄くはなってないみたいだ。本来なら3,776メートルの富士山ですら高山病になる人だっているくらいなのにね」


 この仮想現実の世界はゲームの中とはいえ、風もあるし、気温の変化もある。当然、標高が高くなれば大気は薄くなるハズ。

 あくまで異質なのはこの空間なのだ。


 本来であれば人が平然としているには過酷すぎる高所環境。

 だというのにまるでここは作られた楽園のように快適な環境なのだ。


「……どういう事だ?」

「そんなのパパだって知らないよ! だから冒険して謎を解き明かすんだろ? よ~し、それじゃサブリナ探検隊、出発と行こうか!」 

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