59 戦いの後で
ハッチを開放させると焦げ臭い空気がコックピットの中へと雪崩れ込んでくる。
もはや建物の原型を留めない廃墟を焼く炎は誰も消火する者がいないために燃え盛り黒煙を上げ続けていた。
お世辞にも綺麗な空気とは言い難いものの、それでもコックピットハッチを開けたのは戦いが終わった解放感から。
生き残った。
強敵を撃破し、勝利し、私は生き残ったのだ。
生き残ったのならば埋葬を待つ死者のように鉄の棺桶に閉じ込められている必要も無いだろう。
「もしも~し、マモル君、生きてる? それとも1人でガレージに帰った?」
「…………」
天井部の後席へ移動する時のためのバーを掴んでマモル君の容態を見にいくが、グッタリとしたマモル君は私の呼びかけに一瞬だけ瞳をこちらに向けたものの、すぐにまた白目を剥いてしまう。
とりあえずは少しでも楽な姿勢を取らせてやろうとマモル君の体をシートと一体化させてるベルトを外し、呼吸がしやすいようにネクタイを取ってワイシャツの一番上のボタンを外してやる。
そうこうしている内にコックピット内のスピーカーから一際大きな声が響いてきた。
「サブちゃ~ん! それじゃお洋服、買いにいきましょうね~~~!!」
「あ、おい、マーカス……」
「大丈夫、とっとと帰れるようにわざわざ高速機輸送機をチャーターしてきたんだから、もう帰れるよ。ほれ! このデカブツの荷台に乗って、乗って!!」
「そ、それじゃライオネス、またな!」
「え、ええ。今日はありがとうね!」
ハッチの向こう側にはこちらに手を振りながら駆けだしていくピンクのパイドパイパーの姿があった。
私も慌ててコックピットの外へと出てハッチの上に立ち、慌ただしく帰っていく友人に手を振る。
「フハハハハハ! サブちゃんが服をねだってくるだなんて今日はなんて良い日なんだ! まるでこの青空のようじゃないか!? パパはサブちゃんに愛されているに違いない! いや、サブちゃんはパパを愛しているッ!!」
まるでト〇ノアニメのラスボスみたいな誇大妄想を叫びながら近づいてくる陽炎はその背部格納スペースにパイドパイパーを搭載すると全速力で難民キャンプから遠ざかっていく。
一体、彼には何が見えているのか。
たしかサブリナちゃんが第二ウェーブ開始前にマーカスさんに送ったメールの文面は中立都市にファストファッションのコラボ店舗がオープンするという内容だったハズ。
第一、空は夕刻が近づいたせいでもはや青というよりかは深みをまして群青といった色合い。
しかも地上から立ち昇る黒い煙が混じって、人間の争いが大空をも汚したかのようでお世辞にも綺麗とは言えないくらいだ。
それはともかく、マーカスさんには輸送機に同乗しているであろうホワイトナイト・ノーブルとそのパイロットについて聞いておきたかったのだが、あんな妙なテンションになったおじさんに話しかける勇気は私にはない。
また今度にしようか……。
ふとシート下の収納スペースにトクシカ氏から支給された軍用即席食品と軍用高カロリー飲料を入れてあったのを思い出してコックピット内に戻ってボトル入りの飲料を取り出し、再びハッチの上へと戻ってから封を切る。
「お疲れ様でした。ジャッカルの皆さん。基地施設の通信機能が回復した事で救援要請を発信する事ができるようになりました。すでに傭兵組合の即応部隊が出撃準備を始めています。彼らとの引き継ぎをもって本ミッションは完了とさせていただきます」
まだほんのりと冷たい軍用飲料は心地よく喉を流れ落ちていく。
軍用高カロリー飲料などと大層な名前が付いているが、ようはスポーツドリンクなのだろう。いや、カロリーを控える必要が無いせいか妙に美味しいスポーツドリンクであるといえよう。
(それにしても戦いの途中から感じたあの感覚はなのだろう。まるで私自身がニムロッドとして戦ったかのような……)
ゴクゴクと喉を鳴らして一気に500mlのボトルを飲み干して私は天を仰いでいた。
戦いの時には気にならなかった妙な感覚。
気にならなかったというよりは、私の肉体から溢れ出さんばかりに膨れ上がった闘争心が月光との逢瀬を楽しむために戦い以外の事に気を取られる事を許さなかったというか。
それが戦いの熱が引いた後は徐々に私の胸の奥で疑問が首をもたげだしたのだ。
あの感覚を使いこなせればホワイトナイト・ノーブルとの再戦でおおいに役に立ってくれるだろう。
月光はドラゴンスクリュー1発で脚が膝からボッキリと折れてしまっていたが、さすがにノーブルが相手ではそうもいかないだろう。
ドラゴンスクリューを受けて立ち上がる時、ノーブルが片膝を立てようものならシャイニングウィザードを叩き込んでやる。
ノーブルがいかに優れた装甲を有していようと30トン以上もあるニムロッドのハイフライフローを耐えられるのか。
そういえばノーブルの武装はすべて手で使う物だったな。それならダブルアーム・スープレックスも有効かもしれない。……いや、ニムロッドのパワーとフレームでスープレックスとかできるのか?
パワーと推力さえ十分ならスラスター付きのエメラルドフロージョンもいいかもしれない。
ほんのりと冷たいドリンクは私の中に燠のように残った熱を冷ましきる事はできなかったようで、仇敵との再戦を夢想した私は再び胸の奥に火が灯るのを感じていた。
中学生だった時のクラスメイトの男子たちですらこれほどまでに思いを寄せる相手に胸を焦がす事はないのだろう。
でも、それはまだ先の事だ。
今はただ今日の戦闘の勝利を喜ぼう。
生憎、勝利の美酒を楽しむような年齢ではないが、地下から上がってきて歓声を上げながら私に手を振る群衆たちの中にトクシカ氏とキャタピラー君の姿を見て、私はなんとか胸の中の闘争本能を押さえ込む。
「おっ、虎姉ぇったら年甲斐もなく子供みたいに飛び跳ねて……、パイオツ、バルンバルン揺れてるわよ。……見る?」
「……なんで、それで誤魔化せると思ったのか教えてもらえます?」
下から向けられる感謝の目とは裏腹、背後から向けられる恨みがましい視線。
ふりかえるとようやく意識を取り戻したマモル君がジト目でこちらを睨みつけていた。
こりゃ機嫌を直してもらうのにしばらくかかるだろう。
ミッションクリア!!
基本報酬 3,000,000(プレミアムアカウント割増済み)
特別報酬 300,000(プレミアムアカウント割増済み)
修理・補給 0(依頼主負担)
合計 3,300,000
取得 GTーWorks製改修キット×2(1個使用済み)
以上で第二章は終了となります。
引き続き本作をよろしくお願いいたします。
またブックマーク&評価など頂けると励みになります。
更新情報などはTwitterで。




