54 現地調達
開け放たれたコックピット内に向けて拳銃を撃つ。
その事が意味する事はただ1つではあるのだが、2人の一連の動作があまりにスムーズで現実味が薄い。
だが2人は互いに目くばせして、マーカスさんがコックピット内に飛び込み、マサムネさんが何かを受け取るようにハッチ内に両腕を入れてしばらく、マサムネさんがパーソナルジェットを作動させると彼の腕にはだらりと脱力した血塗れの男の腕が掴まれていた。
「陽炎を……、パイロットを射殺する事で無力化したっていうの……?」
「です、ねぇ……」
「そんなのって、アリ……?」
「アリかどうかはともかく、やろうとしてやれるモンじゃないでしょう」
パーソナルジェットの力を借りてハイエナの死体を機外に引きつり出して機外に放り投げたマサムネさんは眼下のまるで何事もなかったかのように閉まっていくコックピットハッチの奥の人物に向けて軍隊式の挙手の敬礼。
それに対して陽炎は左肩から生えている腕を上げて敬礼に応える。
「えっ、嘘!? パイロットを殺しただけではなく、機体を奪ったって!?」
「マーカス! またかよッッッ!?」
マーカスさんの鮮やかな手際に対して、何でかサブリナちゃんはキレ気味。
……というか、「また」って事は前にも似たような事をした事があるって事か?
「お前、ふざけんなよッ!? なんでロボットのゲームでパイロットを直接、射殺するって選択肢が出てくるんだよ!?」
「ハハッ! パパが若い頃に流行ってたゲームにさぁ、モンスターを狩猟の対象として戦うってアクションRPGがあったんだけどさ~!」
助けに来てもらっておいて非難の声を上げるサブリナちゃんの話を聞いているのかいないのか、陽炎からのオープンチャンネルで聞こえてくるマーカスさんの声は随分と陽気なものであった。
「ま~~~た、お前の若い頃にやってたゲームの話か!?」
「まあまあ、そんな事は言わずに聞いてよ。その狩猟のゲームって肉を焼く道具とかあってさ~、草食のモンスターを殺して肉を焼いて、それを食ってスタミナをつけるってゲームなんだけど……」
「それがどうしたよ?」
「メシが現地調達で良いなら、ロボットも現地調達で良いじゃない?」
「んなワケあるかッッッ!!」
それにしても随分とマーカスさんは楽しそうであった。
なにかトラウマでもあるのかというほどにサブリナちゃんはキレ散らかしているが、それすらも彼は愛おしいモノを愛でるかのように暖かな声で笑ってすましている。
マーカスさんの歳は50前後というあたり。
十代前半の少女が怒ったところで笑ってみているのが貫禄というヤツだろう。
それどころか、少女がこれほどの剥き出しの感情をぶつけてきてくれるなら、怪盗の三代目もかくやというほどのアクロバティックな無茶でもやってのけてみせる価値があるというところだろうか。
先ほど、マーカスさんは「離婚歴がある」とか「元嫁が書類がどうのこうの嘘ついて」とか言っていたっけ。
離婚した配偶者と書面でやりとりするような時期ならばマーカスさんが離婚したのは最近といってもいいような時期なのだろう。
離婚して独りになって淋しいのかもしれない。
「それにしてもマーカスさんってβテスト時代のトッププレイヤーだったのかしら?」
「んなワケないでしょう。戦闘中の機体を奪うだなんて事例、聞いた事がありませんよ」
ふと思いついた事を聞いてみるが、マモル君はけんもほろろ。
βテスト時代の「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」にハマり過ぎて夫婦生活がおざなりになり、それが離婚の原因になったのかとも思ったが、さすがに自分でも論理が飛躍しすぎているなと反省。
だが、それほどまでにマーカスさんの機体を奪う手際は鮮やかなものであった。
もしかするとマサムネさんも似たような事を考えていて近くまで来ていたのかもしれないが、彼の手助けがなかったとしても時間こそかかったのかもしれないがマーカスさんはきっと一人でも同じ事をやってのけていたであろう。
そう確信できるほどに彼の思考の飛躍は私の想像を遥かに超えたものであったし、その思考を実現できるほどに彼の能力はズバ抜けていると言わざるをえない。
もしかして。
もしかすると、マサムネさんはかのカスヤ1尉を模して作られたAIだというし、二人が見せた目が覚めるような鮮やかな連携を考えると“このゲーム”の“この戦場”という限られた状況下ならばマーカスさんはカスヤ1尉に匹敵する能力の持ち主なのかもしれない。
なりゆきとはいえ、マーカスさんとフレンドになれたのは僥倖といってもいいのかもしれない。
いずれ何かしらのイベントで再びホワイトナイト・ノーブルと戦う時になった時、マーカスさんの都合さえ合えばともに戦える事もできるだろうから。
だが、そのためにはまだ足りない。
「っと、それじゃライオネスさん? その月光とやらも始末しちまうからちょっと場所を開けてくれるかな?」
「……待ってください」
いつの間にかマップ画面に陽炎の位置情報が共有されるようになっていた。
ライフルの照準はロックする事が出来ないという事は月光のステルス機能がなくなったという事ではなく、マーカスさんが陽炎の敵味方識別装置に上がっている情報をこちら側に流してくれたという事だろう。
さらに4門のライフルに背面を除いた各所の3基のCIWS、それと最大の火力である胸部大型ビーム砲を月光に向けた陽炎がニムロッドの前へと出ようとしてくるのを私は制していた。
「助けに来てもらってナマ言うようですいません。……でも、コイツは私にやらせてもらえませんか?」
「ほう……」
確かにこの場は陽炎を奪ったマーカスさんに任せるのがいちばん手っ取り早いのだろう。
多数の砲門をたった1機で扱える陽炎ならば照準をロックできなくとも弾幕を張る事で月光の機動力でも逃れられない状況を作る事は容易いのだろうし、なんなら陽炎の何百トンあるか分からない巨体をぶつけるだけでも大ダメージを与えられる事は間違いない。
だが、それでも私はそれを良しとはしなかった。
もったいない。
せっかく格上の機体と戦えるチャンスをむざむざと逃してしまっては、いずれ訪れるであろうノーブルとの再戦に向けて私の牙を研ぐ事ができないではないか!
マーカスさんがいかに優れたプレイヤーであったとしても、私の借りを返すのは私でなければならない。
幸い、キャンプを取り囲んでいた陽炎たちは一掃され、キャンプ内に侵入していた陽炎はマーカスさんが奪取。
もはやこの戦場のパワーバランスは完全にひっくり返ったといってもいい。
足りないのは私の実力だ。
勝利が確定した今、格上と戦える機会を逃していてはいつまでたってもノーブルのプレイヤーに追い付けないのではないかという切迫した不安が私を突き動かしていた。
「……サブちゃん、下がってあげなさい」
「おま、何を言ってんだ!? 2対1でもギリギリだってのに!」
「いいから」
「ゴメン! ここは私にやらせて!」
詳しい事は知らずとも私の意を汲んでくれたマーカスさんの本気になった低い声と、私の懇願する声にサブリナちゃんはしぶしぶながら機体を後退させる。
これでニムロッドと月光は1対1。
私はニムロッドの空いた左手に拳銃を持たせ、右手のビームソードとともに月光と向き合う。




