51 月光の隠し玉
私の静止も虚しくメアリさんが駆るハリケーンは陽炎の背後を取ろうと遮二無二突っ込んでいく。
あそこまで距離を詰めてしまえば今から引くよりは、という思いと先の戦闘でテックさんがやられた時の繰り返しではないかという思いが胸に去来して私は次の言葉が伝えられずにただ敵機に向けたライフルのトリガーを引いていた。
≪攻撃命中! 40,000→39,655(-345)≫
≪攻撃命中! 39,645→38,235(-1,320)≫
≪攻撃命中! 38,235→37,955(-280)≫
≪攻撃命中! 37,955→36,575(-1,380)≫
≪攻撃命中! 36,575→36,333(-242)≫
≪攻撃命中! 36,333→36,156(-177)≫
≪攻撃命中! 36,156→35,922(-234)≫
「1弾倉撃って、抜けたのは2発だけぇ!?」
大型で長砲身の84mmバトルライフルでも命中弾7発に対して、貫通は2発だけ。
いや、2発抜けただけでも御の字といったところなのだろう。
さすがは重装甲の陽炎といったところか。
それに今の連射で陽炎の注意をこちらに引き付ける事ができたようで、陽炎は旋回しようとしていたのを中断して4つの腕にそれぞれ持った銃をニムロッドへと向ける。
その隙にハリケーンは敵の背後から飛び掛かっていた。
「よっしゃ! 褒めてやるぜぇ!!」
ハリケーンは血に飢えた肉食獣のように襲いかかる。
さしづめ両の手に持った大型のナイフは獣の牙といったところか。
……いや、陽炎はなんで私の方を優先したのだ?
そら私のライフルの連射を浴びてHPを削られたのは分かるが、普通ならまずは背後を取ろうとしてくるハリケーンを優先すべきではないのか?
対応できないわけじゃない。
テックさんを殺った時のように陽炎はバスケットボールのピポットターンのような急速旋回だってやればできるのだ。
私は陽炎の射線から逃れるべく機体を全力疾走させなが敵の次の一手を見逃すまいとカメラを敵機に追従させていた。
そしてハリケーンのジャンプが頂点に達したかどうかという瞬間、陽炎の背部から何かが飛び出した。
ミサイルではない。
それはミサイルより遥かに巨大な物であったし、第一、陽炎のミサイル発射機は両の肩部アーマーに内蔵されているのだ。
陽炎の背部から飛び出してきた物、それは1機のHuMoであった。
だが、ニムロッドのセンサーには捉えられていない。
「月光……、月光! そんなところにいたか、月光ッ!!!!」
サブリナちゃんのパイドパイパーがその背に武装コンテナを背負っているように、陽炎も背部にHuMoの搭載スペースを有していたのだ。
つまり陽炎は背面に迫っていたハリケーンの対処を搭載していた月光に任せることができたために正面の私にだけ集中できていたわけだ。
「お姉さん! 足を止めないで! 陽炎にハチの巣にされますよ!?」
「分かってる! でも……!」
未だ陽炎の4つの射線が迫ってきているというのに私は空になった弾倉を捨てて新しい物を銃に装填して月光を狙う。
短くトリガーを切った3連射。
駄目だ。
やはりステルス機月光の機動性は凄まじくFCSの補正を受けられない状態での射撃ではとても命中弾を得られるようなものではない。
「ヒャッハァァァ!! コイツは私がもらうぜぇ!?」
「駄目ッ!? 無理よ! 一時後退してッ!!」
月光の登場にハリケーンはバックアタックを阻止され、そのまま月光と接近戦にもつれ込んでいた。
一方の私は陽炎の射線から逃れる事で精一杯でとてもメアリさんの援護にまでは手が回らないのだ。
第一、月光を照準に定められないというに2機はナイフで切り結ぶような距離で戦っているので今ライフルを撃ったら誤射の危険もある。
「釈尊さん! 援護射撃できませんか!?」
「だ、駄目だ! 敵の雑魚どもに鼻っ柱を抑えられてる!!」
「ジーナちゃん!?」
「すいません、ミサイルを補給中です!」
せめて陽炎の対処を誰かに任せられればメアリさんの援護にいけるのにと思ったものの、私が援護射撃を頼りにしていた釈尊さんのマートレット・キャノンもジーナちゃんの雷電重装型も現状ではこちらにその火力を向ける事ができないという。
さらに悪い知らせは続く。
「弾薬補給係の作業用雷電、撃破されました……」
「嘘でしょ!? そんな事、言ったって今ライフルに装填してるのが最後の弾倉なのよ!?」
思わず後部座席のマモル君を振り返ってしまったが、敵の火線が迫り慌ててメインモニターへ顔を戻す。
今はなんとか改修されたニムロッドの機動性に助けられて被弾は無いものの、それよりも先に弾切れの心配をしなくてはいけなくなってきたわけだ。
「き、切り刻んでやるぜぇ~~~!?」
月光を独りで相手取ってくれているメアリさんも口先の威勢こそいいものの劣勢と言ってもいい。
樹上で生活する猿を思わせる細身で腕の長いスタイルのハリケーンはその体躯を活かして良く月光と切り結び、幾度となく互いのナイフをぶつけ合わせて火花を散らしていたが、月光はハリケーンの長い間合いの内に入り込んで装甲を切りつけ、距離を取ってはサブマシンガンでハリケーンの薄い装甲を撃ち抜いていた。
また月光がハリケーンの胸部装甲を切り裂いてからバックステップで距離を取るとサブマシンガンの3連射を右の脚部に浴びせる。
「メアリさん!! スラスターで下がってッ!!」
「す、すまねぇ……」
だが、メアリさんが機体を後退させるよりも先に月光が動く。
脚部で機体重量を支える事ができずにバランスを崩したハリケーンの顔面に月光の足先が撃ち込まれる。
格上とはいえ、月光もトヨトミ製の機体。軽量級の機体なのだ。
だというのに蹴りの一発でハリケーンは完全に頭部を破壊されて隙ができたところを胸部のコックピットにナイフを突き立てられて沈黙。
「メアリさん!? て、え……?」
そして月光がハリケーンの頭部から引き抜いた爪先にはダガーナイフのような刃物が伸びていた。
「なるほどね。アレが月光の隠し玉ってヤツね……」
「そんなことより、どうするんですか!?」
第一ウェーブで月光と戦闘になったアルパカさんのハリケーンの脇腹にできていた刺し傷のような損傷はあの爪先のナイフによる仕業であったわけか……。
つまり月光は近接戦闘となれば、手にしたナイフに両足の先のナイフと合わせて3本のナイフの攻撃を繰り出してくるというわけだ。
おまけにナイフの他に近~中距離戦用のサブマシンガンまであるわけだ。
だが、まだ戦う手段が無くなったわけではない。
ハリケーンを撃破した事で陽炎と月光は揃って私に向き合う。
2体1でさっさとこの場を片付けてしまおうという魂胆なのだろう。
だが、背後から私を追い抜くようにしてボビンの化け物が盛大に噴射炎を撒き散らしながら飛んできて敵機へと体当たり攻撃を仕掛けていく。
「チィ!? 遅かったか!!」
「いえ、助かったわ」
「悪い! キャンプを取り巻いてる陽炎の砲撃を避けるために地上を走って来たんだ。そのせいで遅くなったよ!」
ホント言えばハリケーンと私、そしてサブリナちゃんで3対2の状況を作れればベストだったというところだろう。
それでも駆けつけてきてくれたパステルピンクの機体は頼もしく、状況は未だ劣勢ながらもサブリナちゃんの救援は私を大いに奮い立たせてくれた。




