50 苦境を耐えろ!!
4機の陽炎の出現。
いくらなんでもそりゃないだろうとマップを表示させているサブディスプレーを確認してみるとやはり10kmほど離れた位置で難民キャンプを取り囲むように待機している3機と、キャンプへ接近してきている1機の赤い点にはそれぞれ陽炎と表示されている。
さらに別のサブディスプレーに定点カメラから送られてきた映像が表示されるとそこに映っていたのは水色にカラーリングされた陽炎。
さらにサブディスプレーには自動的に新たなウィンドウが開いて今度はサンドイエローの陽炎が、さらに別のウィンドウには私のニムロッドよりもだいぶ濃い色合いのグレーに塗られた陽炎が映し出されていた。
そして最終的に画面が4分割されたサブディスプレーの最後のウィンドウに映し出されていたのが猛烈な勢いで土煙を巻き上げながらこちらへ向かってきているオレンジと黒の陽炎。
毒々しいテントウ虫のようなカラーリング。
間違いない。テックさんを殺った奴だ。
「……とりあえずはテックさんの仇を討てると喜ぶべきなのかしら?」
「はぁ!? なに言ってるんですか? それどころの話じゃないでしょ!?」
「そう言いたくなる気持ちも分かるけど、悲観してばかりじゃ何もできないでしょう?」
なるほど、確かに1機でも強敵であることは間違いない陽炎が4機も出てくる。
これは確かに厄介だ。もう絶望してしまってもおかしくはないだろう。
それでも、だ。
人間には自らを奮い立たせて胸の闘志を燃やさなければいけない時がある。
私たちは別にこのミッションに失敗してもガレージに戻るだけだ。
せいぜい姉は残業まみれの生活をしばらく送ることになるのだろうし、「鉄騎戦線ジャッカル」の運営はイベントスケジュールの遅延により売り上げの低下があるのかもしれない。
しかし、そんなものは極論すれば私をはじめプレイヤーたちには関係がない。
そら確かにサ終となったらさすがに困るが、いくらなんでもこの一件でそこまではいかないような気もする。
だが、トクシカ氏や難民たちはそうではない。
NPCは人工知能が担当する虚構の存在に過ぎないとはいっても、彼らは恐怖を感じるし、苦痛も現実と同じように感じるのだ。
善良な好ましい者たちである彼らがハイエナたちに蹂躙され死を迎えるのを許せるのか?
相手が格上だから?
想定外の数が出てきたから?
そんな理由を付けてイモを引いていたら、私はいつまでたってもホワイトナイト・ノーブルとかの機体を駆るプレイヤーに追い付く事はできないだろう。
私は漠然とながらそう感じていた。
トクシカ氏たちを黙って死なせるのも許せないし、ノーブルを奪ったプレイヤーに借りを返せないままでいるのも許せない。
ならばマモル君のように悲観に暮れるのではなく、1機倒したらキャンプを取り巻いてる奴らは逃げてく可能性もゼロではないのだから、テックさんの仇が向こうからやってきてくれる事を喜んでいたほうが精神衛生上よろしいのだろう。
「それよりもこっちに突っ込んできてる1機はともかく、残りの3機はどうして止まってるのかしら?」
「そりゃ、この難民キャンプの者を誰一人逃がすつもりはないってことでしょうよ」
「なるほどね。ま、それだけじゃないでしょうけど……」
私がそう言い終えたかどうかというタイミングであった。
4機の陽炎が揃って炎と煙に包まれていく。
「ミサイル!? 管制ッ! 生身の連中を急いで遮蔽物に退避させてッ!!」
「了解。……各員、空襲警報! ただちに地下へ退避するか、遮蔽物に隠れてください!」
やはりキャンプを取り囲んでいる3機もただ黙って棒立ちというわけでもないようだ。
自分でも想像していた事とはいえ、結局は私には何もする事ができずにサブディスプレーに映る陽炎の両肩アーマーから次々とミサイルが打ち上げられていくのを見ている事ができずに歯噛みした。
どうやら陽炎の機体側面を守るために大きく迫り出している肩アーマーにはミサイルの垂直発射機が搭載されていたようだ。
ミサイルによる間接攻撃。
こちらもジーナちゃんの雷電重装型で使っている策とはいえ、向こうの方が圧倒的な物量で勝っている。
やはりボス格である陽炎が4機も出てくるだなんて、これもこの大型ミッションが運営のあずかり知らぬ所で自然発生したものであるが故だろうか?
敵のボス格は陽炎に月光、いずれもトヨトミ製の機体である事からするとトクシカ氏の命を狙う黒幕はトヨトミ陣営か、あるいはトヨトミと近しい所といったあたりか。
ハイエナたちに自分とこの陣営の機体を融通してやれる連中が黒幕ならば、トクシカ氏を確実に葬りさるために陽炎4機を譲渡してやったというところだろう。
今の私たちにとっては4機の陽炎は脅威だが、ハイエナたちが黒幕に反旗を翻した時の事を考えれば4機程度ならばどうとでもできる数なのであろう。
そういう意味では4機という数はまあまあ妥当な数なのかもしれない。
とはいえ、そんな事を考えるのは後だ。
今はこの戦いに集中しなければ……。
私はまだ数発はミサイルに耐えられそうな廃墟を背にすると、飛来してくるミサイルの対処のためにニムロッドを待ち構えさせた。
武装選択画面でCIWSの設定が自動迎撃になっているのを確認してからチラリとサブディスプレーの陽炎たちに目をやるとふと違和感に気付く。
「うん? 陽炎の砲口カバーが開いている?」
4機の陽炎はいずれもその最大の火力源である胸部ビーム砲の装甲カバーが開けられて発射可能な状態であった。
だが、まだビーム砲は放たれてはいない。
何を待っている……?
撃たないのならば破れかぶれの1発が飛んでこないとも限らないのだからカバーを閉じていればいい。
奴らはビーム砲を使うつもりなのだ。
ならば、なぜ撃たない……?
ハッとある可能性に気付いた私は再び武装選択画面を開くと叫んでいた。
「ライオネスから各機、ミサイルにCIWSは使わないで!! 火線の上がった位置にビームを撃ち込まれるわッ!! ジーナちゃん!?」
「ぜ、全部は撃ち落とせません~!!」
私がなんとかCIWSの設定をOFFに変えたタイミングで難民キャンプへ対地ミサイルが次々と着弾しはじめる。
大型エレベーター孔にいるジーナちゃんの機体からもミサイルが撃ち上げられていくつかのミサイルを迎撃するものの、やはり数が足りない。大半のミサイルは地に降り注ぐ事となった。
そして、私の願いも虚しく設定の変更が間に合わなかったのか、どこかからCIWSの火線が撃ち上げ花火のように上がっていくと、私の予想どおりに陽炎の胸部ビーム砲が火を吹く。
「被害はッ!?」
「作業用キロがやられたようです」
それが合図だったかのように陽炎は次々と難民キャンプにビームを撃ち込み始める。
「アイツらだってまだ仲間がいるでしょうに!」
「どうですかね? 向こうは頭数が減った方がもらいが良くなるとか考えてるのでは?」
「ハッ! 犯罪者集団らしい考え方ね!」
「それよりこっちも来ますよ!?」
「分かってるッ!」
私がいる付近にもミサイルは舞い降り、ニムロッドが隠れていた廃墟を破壊すると、それで敵の光学カメラにでも捉えられてしまったのか、私が地面を転がるようにさせてその場を動いたその直後に僅かに残った廃墟だった残骸を大出力のビームが貫いていく。
「CIWSを使うなって、鈍重なウライコフ製の機体じゃ避けきれないさあ!!」
「1発、2発くらいなら耐えてッ!!」
今にも泣きだしそうな随分と切羽詰まった声はキャタ君のものだろう。
幸い、すでに敵機はミサイルを撃ち切ったようでじきにミサイルの雨は止む。
それまでは絶えてもらうしかない。
「今度はキロbisがやられました。傭兵NPCの機体です。……あ、また作業用キロが!」
「くぅ……」
せめて陽炎に直接視認されないように遮蔽物にできるような建造物を探すものの、第二ウェーブ開始直後と陽炎からの都合2度にわたるミサイル攻撃で今やそんな都合の良い建造物はほとんど残っていない。
全長16メートルの巨人を隠すのにちょうどいい手頃な建物をやっと見つけてその陰に飛び込むと、敵機である烈風と出くわし、敵も慌てた様子で銃を向けようとするのを突き飛ばしてそのままライフルを撃ち続けて撃破。
≪烈風を撃破しました。TecPt:12を取得、SkillPt:1を取得≫
だが、そんな一幕の間に味方機は2機も撃破されてしまっている。
そしてやっと見つけた遮蔽物もすぐに陽炎からのビーム攻撃によって潰される。
どうやら私たちが前線に出ている機体から情報を提供してジーナちゃんにミサイルで支援してもらっていたように、たった今、倒した烈風も陽炎にデータを送っていたのだろう。
そうでなければ私たちが隠れられそうな場所を潰そうと撃ったビームの先に運悪く私がいたか。
そのどちらかは分からないが、隠れ場所を失った私は再び機体を走らせる。
陽炎のビーム砲は再射撃に10秒以上のクールタイムが必要なようだが、向こうは4機もいるのだ。
こちらからすれば数秒おきに遮蔽物を貫通するビームを撃ち込まれ続けるようなものである。
「こちらに向かっていた陽炎、ついに難民キャンプ内に侵入したようです」
「チィっ! こっちの反撃の手筈はまだだってのに……」
ひとまずは私はマップ画面に映るキャンプ内の陽炎へと機体を向かわせる。
陽炎と直接戦うリスクはあるが、向こうだって雑魚はともかく陽炎は私たちもろともにとは考えないだろうからという打算だ。
だが、そう考えていたのは私だけではなかったようだ。
「ふっひゃひゃひゃ!! 首を刈り取ってやるぜぇ~!!」
「ちょっ!? メアリさん、1機では危険よ!?」
私が曲がり角を曲がって危険色の陽炎を機体のカメラに捉えさせた時、そこにいたのは仇敵のみではなく、敵の背後を取ろうと猛烈な勢いで加速しているハリケーンの姿であった。
アルパカさんというプレイヤーの機体だけあってクリーム色に塗られたそのハリケーンの突撃はまるで小さな暴風雨のようでもあったが、私の頭の中の危険信号は鳴りやむことはない。




