46 第二ウェーブ開始
私は溜め息をつきながらパチモン・ノーブルから目を逸らす。
あの日、正式サービス初日のバザールで見たホワイトナイト・ノーブルが姉が自分の理想を妥協なく作り上げた誇りだとするならば、今、目の前にあるパチモンは身内の恥部だ。
「……あら?」
そうして目を逸らした先に男女2人が揉めているのを見つけた。
女性の方は出るトコは出て引っ込むトコは引っ込んだ肉感的なボディを明るいオレンジ色のスーツに身を包んだ眼鏡の女性。
ふんわりとしたセミロングの髪型に丸形のレンズの眼鏡。眼鏡の下の垂れ目は女性をどことなくおっとりとした性格に感じさせるが、その女性が必死になって男性の車椅子を引っ張って機体から離そうとしているのだ。
対する男性の歳の頃はいわゆるアラフォーとかその辺だろうか?
負傷のために血色が悪くそう見えるだけで実際はもう少し若いのかもしれない。
男の左足は骨折でもしたのかというくらいに大がかりなギブスで固められ、前をはだけられたツナギからのぞく左脇腹には包帯が巻かれていた。
「ふぇぇ~! そんな怪我じゃ操縦なんて無理ですよ~! 動かすだけならともかく、Gがかかったら洗濯機の脱水モードみたいに血が抜けちゃいますよ~!」
「うるへぇ! こちとら入院患者シミュレーターやってンじゃねぇんだわ!」
男は顔中に脂汗を滲ませながら車椅子を押して機体の元へと行こうとするのを女性が食い止めているといった具合だ。
そして男が向かおうとしている機体はクリーム色の腕の長い細身の機体、ハリケーンだ。
「あの~、もしかしてアルパカさんですか?」
「あん? そうだけど?」
何事かと思って私たちが近寄って行って2人に話しかけると男は車椅子を押す手を止めて私の方に顔を向ける。
私の想像通り、男はハリケーンのパイロットであるプレイヤー、ハンドルネーム「アルパカ」であったようだ。
となると女性の方はアルパカさんの担当AIであろう。
女性は男が車椅子を押して行こうとする力が止まった事で、ホッと落ち着いたような表情を見せてからこちらに懇願するような目を向けてくる。
「ああ、すいません。どうしたのかと思いまして。私はライオネス、プレイヤーです。こっちはウチのマモル君」
「こりゃどうも……、コイツは俺んトコのメアリ。で、どうしたもこうしたもウチのAIがロボゲーでロボに乗るなとか言いやがるんだよ」
「ふぇぇ……」
アルパカさんはギラリと自分の担当を睨みつけるが、私の目からすればどう考えてもメアリさんの方が正しいようにしか思えない。
「ええっと、私も聞きかじりでしかないんですけど、このハリケーンって機体って機動力特化の格闘戦機なんですよね……?」
もしアルパカさんが乗っている機体がジーナちゃんの雷電重装型だったならば私も彼の判断を尊重していたかもしれない。
ギリギリまで安全地帯でポチポチとトリガーを引いてミサイルを撃っていればいいのなら負担は少ないのだろうし、仮に死んだとしてもプレイヤーである彼はどうせ中立都市のガレージでリスポーンするのだ。
だが今も車椅子の上で脂汗を滲ませながら体を震わしている彼の容態を見るにハリケーンで出撃するのはさすがに無茶だろう。
このゲーム内では痛覚はだいぶ抑制されているというのに身を震わせるほどの苦痛。
スラスターを噴かして加速して突っ込み、機体の軽量さからくる運動性で敵の攻撃を回避して弱点にナイフを突き立てる。
メアリさんの言うようにその際にかかるGにアルパカさんの体が耐えられるとはとても思えない。
彼のハリケーンの傍のパレットに置かれている武装は私も使っていたランク1の初期配布ライフルの他に大型のナイフが2つ。
ナイフは私が所有しているものより大型で柄の部分に電力供給用の端子が見えているという事は何かしのギミックで切断力を増している物なのだろう。
ハリケーンの武装から察するにアルパカさんの戦闘スタイルはやはり近接戦闘を重視したなのは間違いない。
「おう! やっぱ後ろでちまちま撃ってるのは性に合わねンだわ!」
「そっスか……。ちなみにメアリさんってHuMoの免許って持ってます?」
「は、はい。持ってますけど……」
「あン、それがどうしたよ……?」
ふむふむ。
となると私からするとアルパカさんが乗らなくてもいいわけか……。
まあ、メアリさんの性格的に彼女がハリケーンに向いた戦い方ができるかは分からないが、それでも今のアルパカさんが乗るよりかはマシだろう。
「MMOってジャンルのゲームって不思議なものですよね。他のプレイヤーの行動が自分に影響を及ぼす。純粋に自分のプレイスキルだけを追求したいならソロプレイのゲームをやればいいのに、それでも皆やりたがる……」
「いきなり何を言っているんだ?」
「改修キットの適用中だからどの道、今は機体に乗れませんよ?」
「え……?」
今は乗れない。
必死になって機体に乗り込もうとしていたのにそう言われて一瞬だけ気が緩んだのを私は見逃さなかった。
いきなりわけの分からない事を言われて身構えていたのを、次の言葉で気が緩む。
緊張と弛緩。
その瞬間に私はアルパカさんの首筋に手刀を叩き込んだ。
彼が気絶したかどうかなどはいちいち確認しない。どの道、しばらくはマトモに動けるわけがない。
「あ、ちょっと! またですか!?」
その隙に私はマモル君のズボンからベルトを抜き取ると彼の両の手首を縛り上げる。
そして私たちのそばを通りかかった作業員の腰の用具入れから結束バンドを拝借すると拘束したベルトを車椅子に固定し、さらにダクトテープで彼の全身をグルグル巻きにして身動きできないようにした。
「ふう……。この手に限る」
「はわわ……」
「ああ、メアリさん、貴女のスカーフを貸してくれないかしら? 舌を噛んで自殺しないように猿轡にしましょう」
「あのぅ、説得して欲しいとは思いましたけど、ここまでしろとは……」
「メンド臭い女ね。それとも拘束を解いて今から彼をフェアーに説得する?」
そう言うとメアリさんはしばし考え込んだ後、自ら首に巻いたスカーフを自分の担当ユーザーの口に噛ませ始める。
「そういうわけで次の戦闘は貴女がハリケーンに乗ってちょうだい」
「ええ。それは予想しましたけど……」
「それにしても随分と手酷くやられたものね?」
ダクトテープでアルパカさんの体を撒いていく時に見えた彼の包帯には広範囲に血が滲んでいた。
いくらHuMoの脇腹の装甲が薄いとしても、コックピットブロック自体が堅牢な装甲で覆われているハズなのだが、これほどの損傷を負うとはどのような事なのだろうか?
「ええ。あの月光とかいう機体に蹴られて……」
「蹴り? え、蹴りで? ナイフを突き立てられたのではなく?」
予想外のメアリさんの言葉に私は何度も聞き返していた。
そうして私の聞き違いでなかったのを確認するとハリケーンに目を移す。
ハリケーンには所有者と呼応するが如くに脇腹に深々と何かが突き刺さったような刺し傷のような損傷が見て取れる。
この損傷が蹴りによるものとはどういう事なのだろう?
「それで電源回路のコンデンサーが損傷して、そのサージ電流がコックピット内に伝わったと思うんですけど、そのせいでコックピット内の電子機器が爆発して、その破片が脇腹と足に刺さって、火災が足を……」
メアリさんが機体の損傷とアルパカさんの負傷について説明している声が聞こえてはいるが、それでも私は月光が繰り出した蹴りの謎について深く考え込んでいたせいで、彼女の言葉に返事を返す事はできなかった。
結局、月光の蹴りの謎について考え込んで時間は過ぎていき、いくつか予想はできたものの確証を得る事はできずについに第二ウェーブ開始の時間となる。
すでに私とマモル君は改修を終えたニムロッドのコックピットの中。
「マモル君、少し空調の風を弱めてくれないかしら?」
「分かりました。……このくらいでどうです?」
「ええ、ありがとう」
鉄の胎内を思わせる安心感のあったコックピットが今は少し肌寒く感じる。
この一戦の結果がトクシカ氏やこの難民キャンプのNPCたちの運命を決めるものだとすれば緊張するのも当然であろうし、陽炎の胸部ビーム砲や月光の謎の蹴りを思えばコックピットを包む装甲も頼りなく感じても仕方ないのかもしれない。
「来るわよッ!?」
「はいッ!」
姉から事前に聞いていたように第二ウェーブの開始は敵からの無数の対地ミサイルがゴングとなった。
私は気弱になった心を奮い立たせるようにわざと大きな声を出して、それにマモル君も応える。
気弱で心配性のマモル君からすればすべての戦闘において今の私と同じような心境を味わっていたのかもしれない。




