45 マサムネの作戦
「え? ま、巻き添え……?」
もはやマーカスさんが間に合うかどうかなんて事は頭の中からすっとんでいき、サブリナちゃんが口にした「巻き添え」という言葉に面食らうが、その言葉を口にした本人はそれ以上を語るつもりがないのか、なんだか距離感を感じる微笑を浮かべた後でタブレットに向き合う。
「ま、そういうわけでちょっと一人にしてよ。アイツに今回のミッションの現況を送っておかないと……」
「あ、そっか。ゴメンね……」
マーカスさんが中立都市から難民キャンプへと来る前に敵の事を知っていれば有利に戦えるような装備を整える事ができるのかもしれない。
たとえば重駆逐機「陽炎」を相手取るに十分な大火力兵装。
あるいはステルス機「月光」のステルス性能を無効化するような特殊探知機。
私とマモル君は高速でタイピングするサブリナちゃんを残してその場を後にする事にした。
さて、マーカスさんが間にあってくれれば戦力バランスはだいぶ均衡に近づくのだろうが、それだけではまだ足りないような気がする。
トクシカ氏や難民たちの命にかかわるだけにいくら勝算を積み増しても多すぎるという事はないだろう。
なんならやり過ぎてヌルゲー、作業ゲーになったって良いくらいだ。
かといってそんな良案などポンポン出てくるわけもなく、第一ウェーブのリプレイを繰り返し見ていても気が滅入るだけ。
そんなわけで私とマモル君は駐機場で整備を受けている各機を見てまわる事にした。
「中山さんたちの機体は……、ジーナちゃんの重装型はもう作業が終わってるの?」
「どうやら重装型の分の改修キットを双月の方に使ったみたいですね。今回のミッションを考えれば賢明な判断だと思いますよ」
先ほどの戦闘で損傷を負っていなかった雷電重装型はすでに弾薬の補給を終えて機体の周囲に人はいない。
代わりにトミー君の雷電陸戦型に中山さんの双月の周りは多数の整備員たちが作業を続けている。
先の戦闘で脚部に酷い損傷を負っていた陸戦型も今はほとんど整備が終わって直立しているし、改修キットの適用により張り替えられた一部の装甲の形状が変わった事で見た目の印象がいくらか異なってきている。
さらに改修キット2個分の改修を受けた双月の変化はなおさらだ。
元々の双月の脚部は降着装置+α程度の能力しか持たされていないようで随分と貧相に見えたものだが、今はだいぶ一般的なHuMoの脚部に近づいてきているように見える。
どうやら双月は地上に降りた時にも最低限の戦闘力を発揮できるような方向での改修を受けているようだ。
「重装型はミサイルのプラットフォームとして使うのなら改修はいらないって事かしらね?」
「第一ウェーブでやったような運用なら、それで良いと思いますよ」
「同感ね」
途中で止めた地下駐機場と地上とを繋ぐエレベーターの上で他の機体から情報の提供を受けてミサイルで火力支援。
弾が切れたらすぐに駐機場へ降りてミサイルを補給とするなら機体性能など大して必要ないという判断なのだろう。
「……それより、あっちは何してるのかしら?」
「さあ……? あんな事してもマトモに使えるハズはないのですけどね」
私たちの気を引いたのは双月から取り外された2基の飛行用プロペラエンジンだった。
2基のエンジンは何を考えてか作業用の雷電へと取り付けられているところであったのだ。
戦闘に使えるように仮設の装甲を取り付けていたのを途中で作業内容の変更があったようで取り付けたばかりの鉄板を取り外し、両肩アーマーの先に鉄骨を溶接して双月のようなブームを作ってそこにエンジンを取り付けている。
さらに脚部のスラスターの換装も行われているようだ。
作業用雷電の足元の整備員たちの中にマサムネさんの姿を見つけた私は彼にこの謎の改造の意味を聞いてみる事にした。
「ああ、ライオネスさんでしたか」
「あ、どもっス……」
周囲で続けられている作業のけたたましい騒音にも関わらずに私たちが近づいていくとマサムネさんはこちらから話しかける前に振り向いてニッコリと笑みを浮かべて会釈してみせる。
「これは一体、何なんですか?」
「ええ、第二ウェーブが始まったらコイツを真っ先に打ち上げて敵に無駄弾を使ってもらおうかと思いまして」
私の問いに答えながらも彼は手にしたタブレット端末に高速でタイピングして何かのコードを打ち込んでいた。
「機体を失ったトクシカ氏の私兵は作業用のキロに乗るようですが、雷電に乗るのは建築作業員だっていうんで、それならこうした方が役に立つんじゃないかと思いましてね。もう1機の作業用雷電には弾薬の運搬係を頼もうかと思ってます」
確かに先の戦闘では途中で弾を撃ち切って敵から奪った銃で戦っていた。
あの時に弾薬を運んできてくれる役目の機体がいたのなら、もっと戦い易かっただろう。
もし私のニムロッドの84mmライフルとキャタ君のズヴィラボーイのバズーカ、ローディーの烈風の背負い式大型ガトリング砲が使えたのなら、陽炎にやられて散ったテックさんも死ななくて済んだかもしれないのだ。
「でも、この打ち上げて敵の砲火が集中する機体のパイロットは生きては……」
「もちろん無人ですよ。機体は使い潰すつもりですが、パイロットにそんな事をしたらNPCがどんな反応をするか分かったもんじゃありませんからね。せっかく徹底抗戦でまとまっているのにどんな小さな綻びでも作りたくはありませんからね!」
そう言うとマサムネさんは手にしたタブレットをちょいと持ち上げて私にウインクしてみせる。
おそらく彼が今もこうして打ち続けているコードは雷電を無人で飛ばすためのものなのだろう。
そういえば、このゲームの攻略wikiの「オススメAIランキング」の項、ワースト1位でマサムネさんの事を見た時には彼は非常に有能な人物であると書かれていたように思い出した。
自律戦闘をおこなうものではないにせよ、無人でHuMoを動かすコードを作るだなんて評判以上に有能な男であるように思える。
なんでここまで優秀なAIがワースト1位になってるんだっけ?
う~ん、駄目だ。ちょっと思い出せないわ。
このミッションが終わったら調べとこっと!
「……ところでマサムネさん、この雷電とは別にものすご~~~く気になる機体が1機あるんですけど」
「はい?」
AIらしく人間業とは思えないようなスピードでタイピングを続けるマサムネさんに話しかけて邪魔をするのは非常に申し訳ないのだが、それでも私にはもう1つだけ聞いておきたい事があった。
具体的に言うと、駐機場の一番、端っこにいる機体。
「アレ、なんスか……?」
そこにあったのはホワイトナイト・ノーブル、によく似た何か。
デザイン的にはホワイトナイト・ノーブルそのままだというのに良く良く見てみるとなんだかちょっぴりサイズが小さいし、スラっと頭部が小さく脚の長いモデルみたいなスタイルが少年的な体形になっている。
さらに綿密に計算された装甲によって見えないハズの機体フレームがところどころ見えているし、白磁のように深みを感じさせる柔らかいながらも光を受けて七色に輝く純白の装甲もただのペンキのような白さだ。
「ああ、アレ。アレは貴女の身内の困ったちゃんの機体ですよ」
「はあ?」
「ホビー用途の民生用雷電にホワイトナイト・ノーブルを模した外装を取り付けただけの機体。雷電イミテイト・ホワイトナイト・ノーブル。機体名の後ろに@マークと運営チームって付いてる貴女のお姉さんの専用機ですよ」
「へぇ……」
そういえばミーティングルームでマサムネさんが見せてくれた姉の機体がそんなのだったなというのを思い出す。
「雷電IWN」というからどんなバリエーション機かと思ったら、まさかのノーブルのパチモン乗ってくるとは……。
「ホントは虎代さん、自分用にノーブル試作機とか用意しようとしてたんですが、プロデューサーにバレちゃって滅茶苦茶に怒られて、代わりに用意されたあのイミテーションはランク2の扱いなのにランク1.5程度の能力しか持たされてないんですよ」
「まさかの逆改修機パターン!?」
そりゃ姉も自分の分の改修キットを私に回すハズだ。
姉のパチモンに改修キットを使ってもランク2(実質1.5)がランク2相当の機体になるだけだもの。
このミッションに及んで無印雷電が雷電陸戦型相当になったところで何の意味も無いだろう。




