35 運営チームの“けるべろす”さん
タオル代わりのハンカチが投げ込まれグラウンド・コブラツイストから解放されてもしばらくは姉はぐったりとしたままだった。
その間に姉の担当AIはトクシカ氏と話をして、作戦室隣のミーティングルームを借りて私たちプレイヤーとその担当AIに集まるように手筈を整える。
傭兵組合のクールビューティー相手に「ちょっと新人さん相手に講習の時間を頂きたい」という名目でプレイヤーたちに召集をかけるさまは場慣れした知性を感じさせるほど。
だがそんな優男が「よっと!」と軽い掛け声とともに大の字に伸びたままの姉の両足首を掴んで引っ張っていくのは随分とぞんざいな扱いに思える。
「え~……、初めまして。私はプレイヤー名『けるべろす』の担当AIである『マサムネ・カスガイ』と申します。現在、この大型ミッションに参加しているプレイヤーで生存している方はあと3名、いや現着していない方が1人いますので、あと御二方が来られるまで今しばらくお待ちください」
私たちが引きずられていく姉の後をついてミーティングルームに入るとマサムネと名乗るAIはマイクを使って私たちに挨拶をした後で、手際よくプロジェクターやらノートパソコンの用意をしていく。
というかあの優男、どこかで見た事がある顔だと思ったら攻略wikiのアンケート企画「オススメAIランキング」でワースト1位を取っていたマサムネ・カスガイだったのか……。
まあ、確かにマサムネさんの内面はともかく、外見だけでいうならば線の細い、まさに姉の好みドンピシャのイケメンではあるのだけれども、まさかそれだけで補助AIを選んだというのだろうか?
妹である私や職場の同僚ともゲーム内で会う事もあるだろうに、恥ずかし気もなく徹底的に胸を盛る姉の事だからありえない話ではないと思う。
というか頭みたいなサイズの胸を2つ並べて三頭の地獄の番犬ケルベロスをハンドルネームにするとは、ここまでくると狙いすましたジョークのように思えてくるほどだ。
「はいさ~い! ライオネスさん、さっきは助かったさ~!」
「うん、ああ、その声はキャタピラー君……?」
現着していない1人というのはサブリナちゃんだけ参加しているマーカスさんの事であろう。
あと2人の到着を待つ間、Tシャツとハーフパンツ姿の随分とラフな格好をした少年が話しかけてくる。
そのよく陽に焼けた褐色の肌の持ち主の声はもちろんのこと、沖縄訛りで彼が先の戦闘で行動をともにしていたズヴィラボーイのパイロットである事はすぐに分かった。
「こちらこそありがとう。この子がウチのマモル君で、こっちがサンタモニカさん。彼女の補助AIがトミー君とジーナちゃん、トミー君は貴方が庇ってた雷電のパイロットよ」
「さっきは助かったぜ、あんがとよ!」
「なんくるないさ~!」
「ウチのトミー君がお世話になりましたわ」
「ウチのお兄ちゃんがすいません……」
キャタピラー君は人懐っこい笑顔で次々と一同と握手していく。
その距離感の詰め方は日本式の握手というより、アメリカンスタイルのシェイクハンドという風情である。
「んで、彼女が私のフレンドの補助AIであるサブリナちゃん、彼女の担当さんはまだ仕事で彼女だけミッションに参加してくれてるの」
「はえ~……、そういう事もできるのさ~?」
「ああ、メールで担当の許可を取ればだけどね。……ところで、アンタの補助AIは?」
「わ~のAIはこの人さ~!」
サブリナちゃんに聞かれてキャタ君はハーフパンツのポケットから折り畳み式のタブレットを取り出す。
いつも暇な時にマモル君がマンガを読んだり、私が借りて通販なんかに使ったりしているあのタブレット端末だ。
「コンニチハ、私はスマートAIアシスタント、『アレックス』と申します」
キャタ君がタブレットを私たちの前に差し出すと、独りでに落ち着いた女性の声でタブレットが喋りだした。
「あ~……、どうりでタブレットにAIアシスタント機能が無いのかと思ったら、そういうキャラクターがいたのね」
「いや~、わ~もユーザー補助AIの選択画面でとびきり美人のお姉さんを選んだらAIアシスタントで驚いたさ~!」
「ウフフ、残念でしたね。このゲームはバーチャルキャバクラではないのですよ?」
「……キャバクラはともかく、このゲームをホストクラブ代わりにしようとしていた女ならそこに転がってるわよ?」
もちろん、それはウチの姉の事だ。
実際のトコはどうだか知らないけれど、そうでもなければランキングワースト1位なんて選択するわけがない。
……そういえば、マサムネさんって、どういう理由でワースト1位になったんだっけ?
このミッションが落ち着いたら攻略wikiを見返してみよう。
それからしばらく集まっていた面々で雑談をしていたのだが、ガチャリと音がしてミーティングルームのドアが開いたかと思うと30代くらいの面長の男が重々しい雰囲気をその身に纏わせながら入室してくる。
「あれ? もう1人の方は知りませんか……?」
「ああ、被弾の際にコックピット内に破片が飛び散ったらしくて重症だ……」
「そう、ですか……。あ、いえ、お疲れ様です。どうぞ、空いている席に御着席ください」
男はすでに着席している私たちに対して手短に「M36釈尊だ」とだけ挨拶すると疲れ果てた様子でドカッと空いている椅子に座る。
プロジェクター用のスクリーンの横に立っていたマサムネさんもしばし考え込んだようだったが、すぐに「そぉい!」と床の上に寝ている姉の脇腹に蹴りを入れて叩き起こした。
「ぐぅわは……!?」
「おはようございます。皆さん、お集りですよ。準備はできています」
「あ、ありがとうっス~!」
よろよろと立ち上がった姉は辺りを見回して私にウインクを見せてから大きく頭を下げて話を切り出す。
それにしてもマサムネさん、担当ユーザーに蹴りを叩き込んでおいて澄ました顔をしているとは、まさにワースト1位の面目躍如といったところか?
「皆さん、お疲れ様っス! 『ガハガハ生放送』や『鉄騎戦線ジャッカルYouPipe公式チャンネル』を御視聴の皆様はお久しぶり、そうでない方は初めまして! 『鉄騎戦線ジャッカルONLINE』運営チームの虎Dことハンドルネーム『けるべろす』っスよ~!!」
ウチの姉さん、ネットの動画配信サービスとかに出てたんだ……。
ていうか、そんなん見てるヤツなんていないだろ、と思いきや、色めき立ったようにサンタモニカさんとキャタ君が声を張り上げる。
「このゲームに出てくるロボットはHuMoなんですの!? それともHuMoなんですの!?」
「ハッキリしてほしいさ~!!」
2人に挟まれた私は一体、何の事だかサッパリ分からず、後ろの席のマモル君に聞いてみると「虎代さん、『ヒューモ』って言えなくて『ヒュモ』だとか『ヒュウモー』とか言ってる度にコメントで突っ込まれて、しまいに諦めて1人だけ「フモ」とか言い始めたんですよ……」という事であった。
「可哀そうに姉さん、パンチドランカーの症状が……」
「まあ、それが持ちネタみたいになってるんで可哀想ってのはどうなんですかね……?」
マモル君が言うように、心配する私をよそに当の本人はケロリとした顔。
「いや~、今日のお客さんは温かいっスね! いつもなら画面が見えないくらいに弾幕コメが流れたり、赤スパ連投してまで『ハッキリしろ!』ってお客さんばかりなんスけどね~! あ、皆さんから貰った赤スパで私、妹にゲーム機をプレゼントしちゃいました!!」
「ざっけんなでごぜぇますわ~!!」
「妹さんの写メきぼんぬ~!!」
ド定番らしいネタをやりきった姉さんと中山さん、キャタピラー君は満足気な笑みを浮かべているが、事情の分からない釈尊さんは「え? え?」という表情で周囲を見回している。
「まあ、HuMoの話はAIがどっちでも認識できるようにしてるんでご勘弁……。んで、本題になりますけど、今日はプレイヤーの皆さんにお願いがあって来たんスよ!」
そして急に真顔になった姉が話し始めた内容は私にとって驚き半分、納得半分というものであった。
というか、さっきサラっと流されたけど、私が姉から貰い、今このゲームをプレイしているゲーム機のお金の出所が動画配信サービスの視聴者の投げ銭ってマジ……?




