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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第6章 末世の荒野に唄えよ救世主
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23 野獣が二匹

 それはまるで密林の中で出会ってしまった猛獣のようであった。


 張りつめた緊張、周囲の雑居ビルから聞こえてくる騒音は完全に2匹の頭には届かない。ただ目の前の敵に集中するのみ。


 あるいはもし見る者が目端の利かない素人(トーシロ)であったならば、これを野良猫の喧嘩とでも例えたかもしれない。


 なるほど、確かに向かい合い互いを睨みつける2人は見た目だけならば小柄な少女である。

 路地裏というロケーションもあって、そう思う者もいるのかもしれない。


 だが隣接する建造物の解体現場に放置されていた重機の陰から2人の様子を窺っていたミロクにはとてもそうとは思えなかった。


 両者の間に陽炎のようなものが立ち昇っているように見えたのは果たして少年の目の錯覚であっただろうか。それとも雑居ビルのエアコンの室外機から吹き出る熱風の悪戯であっただろうか。


 事実はどうであれ、ミロクにはとてもそうとは思えないのだ。


 殺気、闘気、覇気。

 そんな何かが2人の体から湧き出して、互いのそれがぶつかって揺らぎが生じたからのように、そんな愚にもつかない考えがよぎったとしても無理のない話であっただろう。


「……私を知っている? 誰かしら? まあ、良いわ。このゲームじゃ『ライオネス』ってHN(ハンドルネーム)でやってるの」

「チッ! 捻りもクソもねぇ。だが、まあ、良いや。オメーをここでブチのめせるんだからな」


 胸を張って腕組みしたまま金髪の少女が目の前の相手を品定めするような視線を向ける。

 体格はともかく、百獣の王を人間の形に押し込めたならばこのような態度にでもなるのだろうかというほどに尊大。


 対する黒髪の少女は頭部に猫の耳を有していたものの、放つ雰囲気はそんな可愛らしいものではない。

 (ヒグマ)か、猪か、犀か、巨象か。

 その小さな体からは不釣り合いなほどの圧倒的な力を感じさせる気を放っていた。


 先に動いたのは黒髪の少女。

 ゆっくりと右手を頭の高さまで上げて見せる。

 揚げられた右手の指は弛緩しているかのように開かれて、何かを待っているようであった。


 それは"力比べ”の誘いであった。

 プロレスでよく試合開始直後に行われるような力比べである。


 そう。

 2人はプロレスを使う。

 両者ともにプロレスを地上最強の格闘技と信じて疑う事もないJKプロレスラーであった。


 もっとも金髪の方は元JKプロレスラーではあったものの、その力量は現役時代と変わらず、つい昨日はゲームの中ではあったものの宇宙の無重力空間内でもプロレスを使い、地上最強どころか宇宙最強の格闘技こそプロレスであると誇大妄想染みた信念を持っている。


 その信念通りに金髪の少女は力比べの誘いに黒髪の少女のもとへと近寄っていく。


 黒髪の少女が上げた右手に金髪の少女も左手を上げて組み合わせ、残る手も上げて組み合わせれば、互いの純粋な膂力を比べる事ができる。


 できるはずであった。

 ライオネスはミミの元へと近寄っていき、上げられた手を絡み合わせる事もなく、ミミの頬へ平手打ちを見舞ったのだ。


 左の平手打ちから、右の平手打ち。さらに左に捩じった体を戻すバネを使ってミミの胸板へ左のナックルアローを叩き込む。


 パンパンに膨れ上がったゴム風船を針で突いたかのような破裂音。それが2度も続いた後に今度は鈍い音。


 それは2度の銃声の後に、近くの雑居ビルの屋上から誰かが落ちてきたかのようで、ミロクは重機の陰で身を震わせた。

 彼が2人から視線を離さなかったのは、ミミとキディから託されたアクションカムに両者の戦いを納めなければならないという使命感からである。


 アクションカムで配信中の動画を観て、ミミの危機となればヨーコとシズの母子を安全な場所まで送り届けた後になるだろうがキディも駆けつけてきてくれるかもしれない。


 そう思って少年は震える体を抑えようとして抑えきれず、重機の車体に自撮り棒を支える事によって、なんとか撮影を続けていた。


 そう。

 デザインド・ヒューマンとして産まれ、これまでの人生を悟りを啓くための修行に費やしてきたミロクにとっても、目の前で繰り広げられている光景は身を震わせて、心魂を氷のように冷やすものであった。


 ミミが、あのミミが、だ。

 武装したCOM=僧の集団を身に寸鉄帯びずに倒す、あのミミがだ。

 小柄な少女に殴られて脚をふらつかせてしまっているのだ。


 さらに金髪の少女はふらつくミミの胸へ、その場で跳びあがって両足を揃えたドロップキックを叩き込むと、ミミの体は近くのスナックの壁へと叩きつけられてダンプカーが激突したかのような轟音を立てる。


 そんな凄まじい音を立てるなど、ミミの体にどれほどの衝撃がかかったものか、ミロクには想像もつかない。


 だが当の本人であるミミは壁に叩き聞けられてすぐに跳びはねてライオネスの足首を掴もうと手を伸ばす。


 後は着地を待つだけのライオネスの足首を掴む事には成功したものの、ライオネスはそれを知っていたかのように体を回し、己の足を掴むミミの手を蹴って拘束から離脱。

 それから着地して何事もなかったかのように瞬時に立ち上がった。


「……呆れた。この街って落ち武者の亡霊まで出るのね」

「気付いたか?」

「人間の骨を握力だけで粉砕しようって奴がそうそういてたまるかって話よ」


 ファイティングポーズを取りつつも、眉間に皺を寄せて呆れた顔をするライオネスに対し、ミミは腹の底から笑いがこみ上げてくるのを止める事ができない。


 そうだ。これでこそ胸を焦がして追い求めた宿敵だ。


 "力比べ”に乗ってこないどころか、その際の虚を突いて攻撃を仕掛けてくる所もそう。


 現実世界でならば身長差はまるで大人と子供。体重差ならば2倍以上という体格差故にミミはライオネスに対し力比べを申し込んだ事はなかった。

 ライオネスからしてみれば、両者の膂力の差が歴然である以上、そもそも乗る必要がなかったわけである。JKプロレスラー「ライオネス獅子吼」のウリはそこにはない。


 だが指原美純はヴァーチャルItuber「黒猫ミミ」のアバターでこのゲームを始めるにあたり、体格は小柄な少女のアバターで、身体能力や体重は現実世界のものと同じくしていた。


 これは現実世界で叶わないライオネス獅子吼との再戦を想定しての罠である。


 果たして体格が同程度ならばライオネス獅子吼は力比べに乗ってくるのか?

 もしも乗ってくるのならば、一捻りにしてやるつもりであった。


 だが、むしろ宿敵が力比べに乗ってこなかったからこそミミは嬉しかった。

 それでこそ倒す価値がある。


 さらにライオネスの足首を掴んだだけで正体に気付かれた所でミミの喜びは最高潮に達していた。


 技とも呼べない、ただの握力。

 それこそがミミの切り札。


 時間制限が厳しく、タイムアップの場合は審査員と観客の判定によって勝敗が決するJKプロレスにおいて魅せ技が流行するのは当然の帰結。

 そんな風潮の中、ミミの切り札はただ掴んで握りつぶすだけ。

 それ故に見栄えはよろしくないように思える。


 そうではない。

 見栄えはマットでのたうち回る相手が勝手に作ってくれる。


 だが、不慮の事故による選手の怪我を防ぐための厳しい時間制限からも分かるように、所詮は高校生の競技スポーツ。


 ミミの切り札は試合で使われる事は少なかった。

 現役時代のライオネス獅子吼に仕掛けた事だけなら、ただの1回こっきりである。


 もう2年近くも前の事を宿敵が憶えてくれていた。

 仮想現実の世界で再会した宿敵は、自分のような者もいると念頭において戦っていた。

 足首を掴んだ時に、そのまま握りつぶしてやろうか力を込め始めた一瞬で、全てを理解して即座に逃れるなど余人にできるはずもない。


 これほどにミミを喜ばせる事はなかった。


 だが……。


「嬉しいぜぇ……。ライオネスぅぅぅ!」

「そう? ま、他に少女趣味ってヒントもあったわけだしね。貴女、部活用の鞄にも猫耳キャラのマスコット付けてたわよね。止めなさいよ、似合ってないわ」

「う、う、う、うっさいわ!! お前だって、貧弱な体で腕組みしたって滑稽なだけだぞ! 皆、あの腕組みは胸が小さいのを隠そうとしてんだって言ってんぞ!!」

「皆って誰よ…………?」

「皆だよ…………」


 ライオネスの姿勢が低くなる。

 それは獲物に飛び掛かる瞬間の猫科動物の猛獣に似ていた。


 対するミミは両腕を広げて迎え撃つ構え。


「まあ、良いわ。それに貴女、馬鹿力が自慢のようだけど、私から言わせてもらえば『肉を切らせて骨を断つ』って選択肢を選ばなくていい程度のものだって教えてあげるわ」

「オメーに肉を切らせてだなんて、そんな奴がいるならお目にかかってみたいもんだけどな」

「いるわよ。あっちに……」

「あっち?」


 姿勢を低くしたままのライオネスが天を指差す。

 近くの雑居ビルの高層階を、ではない。

 夜の帳がすっかりと降りた空をである。


 空? そういえば今週末のイベントは……。という事は宇宙か?


 それは隙ともいえないような、ほんの僅かに考えただけであった。


 なのにミミの視界からライオネスは消えていた。


 逃げたわけではない。

 ライオネスは、ミミの宿敵は逃げたりなぞしない。


 むしろ逆。

 ミミの注意がほんの一瞬だけ薄れた瞬間、ライオネスは弾丸のように突っ込んできたのだった。

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