22 コンクリート・ジャングルの獣
自分たちを狙っている者がいると知ってしまえば、ネオンの眩い夜の街もどこか寒々しい。
人混みの中をかき分けて進む一行であったが、大勢の人に囲まれているというのにミミは自分たちだけが孤立しているような感覚を味わっていた。
だが思い直す。
人に囲まれていようと孤立しているのは現実でも同じ。
ならば仲間がいるだけゲームの中の方がマシなのかもしれないと。
「で、どうする?」
「んだなぁ……。とりあえず敵の狙いでも探ってみようか?」
しばらく街を歩いても自分たちに向けられる殺気は付いてきているようだった。
さりとて仕掛けてくる様子はない。
キディの問いに、ミミはならばこちらから仕掛けてやろうじゃないかと考えを巡らせながら返した。
「敵の狙い?」
「敵さんの気配、ミロクを狙ってきた僧兵どもとは違うみたいだしな。ヨーコちゃんたち母娘を狙っているものかもしれない。かといって連中の狙いがミロクでないとも言い切れない」
「まずはアイツらが誰を狙っているかを探るって事ね」
それからミミは小声で仲間たちに仕掛けの内容を話してから都合の良い場所を探して歩く。
やがて1本の狭い路地を見付けると、わざとらしく周囲を見やってから一行は路地へと入っていった。
こじんまりとした小料理屋に焼き鳥屋、スナックやマッサージ店などを通り過ぎて、解体中の建造物の脇にさしかかった頃、ミミは頃合いは充分と見て仲間たちに声をかける。
「良し! そろそろいいだろ。手筈通りに、走れ!!」
「あいよ!」
「お気を付けて!」
「無理しないでね!?」
「ヨーコちゃんも慌てて転ぶなよ!?」
ミミの合図でキディとヨーコ、シズの3人は走り出す。
駆け出したキディの手には既に2丁の拳銃が握られている。
ミミは自分用の拳銃と弾倉もキディに持たせていた。
彼女の役割は敵の狙いがヨーコたち母娘であった場合に彼女たちを護衛する事。
代わりにいつも彼女が持っていたアクションカムが取り付けられた自撮り棒はミロクに渡されていた。
「おい! 急げ! 二手に分かれたぞ!?」
「待て! 目標のガキは残ってる!!」
3人が駆けだした事で追手たちも血相を変えて走り出してミミの前にその姿を晒したわけだが、自分の狙い通りだというのに彼女は苦笑していた。
「おいおい、マジかよ、オメーら? チョロ過ぎんだろ!?」
後ろから現れた5人の内、3人はミミが着ている物と同型のツナギ服姿。
つまりはプレイヤーである。
となれば残る2人は彼らのユーザー補助AIであろうか。
さらに言えば、血相を変えて現れた彼らの言葉からその狙いは既に明らかとなっていた。
やはり彼らの狙いはミロクであったようだ。
カルト教団の僧兵以外の者もミロクを狙っているというのは厄介ではあったが、少なくとも今この場に関してだけはこれ以上ないほどのイージー・ゲームだとミミの笑い方が変化する。
目がつり上がり、犬歯を剥き出しにして笑う猫耳の少女の姿は誰の目から見ても狂相そのもの。
1歩、また1歩と追手たちへと近づいていくミミに対し、男たちは「これ以上、近づくな」とばかりに銃口を向けるが、かえってそれはミミを調子付かせるだけの結果となる。
震える拳銃を見せつけて、いったいどこの誰が止まるというのだろうか?
殺したいのならば、近づかせたくないのならば、とっとと引き金を引けばいいのだ。
だからお前らは"お上品”なんだとミミは内心ながら毒づきながら、さらに歩を進める。
「おい、安全装置がかかったままだぜ……?」
「なっ!?」
不意にミミが右端の男へ視線をやってから首を傾げて笑いかける。
彼女の言葉に男は反射的にミミに向けていた拳銃を確認するが、その次の瞬間にはその手首を掴まれていた。
腕を捻り上げて拳銃を奪う。そんな"お上品”な真似をミミがするわけがない。
常人離れした驚異的な握力によって、そのまま男の手首は砕かれてしまい、そのままミミは男の体を振り回して追手たちに投げつける。
「悪いな! 私が言う"安全装置”ってのはお前らの頭の中だよ!!」
そこからはあっという間であった。
追っ手たちも引き金を引くが、仲間の体が飛んできた事で銃弾は虚しく空へと飛んでいき、銃口をミミへ向け直す前には1人の男の顔面をミミは掴んでいた。
「チィっ!!!!」
本来ならば、現実世界での肉体ならば、そのままアイアンクロ―で男の顔面を粉砕している所であったが、なにぶん今のミミのアバターは小柄な猫耳少女。
手のサイズが小さくてそれは叶わなかった。
代わりにミミは舌打ちして男の体を振り回し、スナックの薄汚れた壁に後頭部を叩きつけて粉砕。
もう1人のプレイヤーが銃口をミミへ向けた時にはミミも男の懐へと飛び込んでいて、全身のバネを活かした平手打ちを男の頬へと見舞う。
大の男でも1発で昏倒するミミの平手打ちである。
それだけで男は完全に無力化されていたが、かまわずミミは男の前髪を掴んで自分の股の下へと押し込み、背から男の胴を掴んで跳ぶ。
パイルドライバー。
しかも地面はマットではなく硬いアスファルトである。その結果は言うまでもあるまい。
そして余韻を味わう間もなくミミは立ち上がると、そこに先ほど手首を砕かれた男が体当たりを仕掛けてきた。
自分が利き手で銃を持てなくなったのならば、化け物じみた身体能力のミミの動きを止めて、その隙に残る2名のユーザー補助AIに撃たせようという腹積もりであったのだろう。
「撃…………ッ!?」
「女子高生の脚を触るとか、運営に通報してやんぞ!?」
冗談めかしてミミは自分の太腿にしがみついている男の背に両手を組み合わせた肉と骨のハンマーを振り下ろした。
これで3人のプレイヤーは撃破完了。今頃はガレージで目を醒ましているだろうか?
そして残るは2人。
少年型と青年型のユーザー補助AIである。
背丈も容姿も服装も異なるものの、2人は一様に同じ反応を示していた。
即ち、極度の恐慌状態。
拳銃を握ってはいるものの、その銃口はどこへ向いているのやら。
裏路地の暗がりで見ても、ハッキリと震えている。
まるで街中で猛獣に出くわしてしまったかのようだ。
「はいはい。お疲れさん。それじゃ担当さんと反省会でもしてきな」
どこかのスナックからであろうカラオケの音に混じって、こちらに向かって来る駆け足の音が聞こえてくる。
新手が現れる前に始末しておこうと震える2人の元へと近づくミミであったが、彼女の前に金色の影が飛び込んできた。
そしてナイフのように鋭い殺気。
「なっ!? は、速い!?」
「ふんッッッッ!!!!」
全速力のダッシュの勢いがそのまま乗せられたドロップキック。
ミミは両腕を交差させて砲弾のように飛んできた両脚を防いだものの、カウンターに足首を掴んでやろうと思っていたのが、向こうもそれを読んでいたかのようにミミの腕を蹴った反動で跳び、空中で1回転して着地。
「貴方たち、ここは私に任せて逃げなさい!!」
「は、はいぃ……!」
「ひぇえええ!!!!」
その声も、その姿も、そのやたら位置の高い腕組みですらミミは見知ったものであった。
唯一、その髪が金色に輝いていたのは見慣れないものであったが、それをミミが言えるわけもない。
開幕ドロップキックで現れたツナギ服姿のプレイヤーは、ミミと同じく小柄な少女であった。
足を広げて腕組みし、ミミを睨みつける少女の背はどのように見えるものなのだろうか?
脱兎の如く駆けだして逃げ去る補助AIたちからは彼女はどのように見えているのだろうか?
あっという間に3人の男を瞬殺してのけたミミに対し、「恐れ知らず」だとか「蛮勇」だとか思うのだろうか?
だがミミは知っている。
その少女がのっぴきならない強敵である事を。
「獅子吼ぅ……。会いたかったぜぇ……」
仇敵との再会に、飢餓状態の肉食獣が獲物を見つけたかの如くに目はらんらんと輝いて、全身は喜びに打ち震えていた。




