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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第6章 末世の荒野に唄えよ救世主
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21 殺気

一行はミッションを終えた後、ヨーコの母であるシズも誘って中立都市の繁華街にあるカラオケ・レストランで打ち上げをする事になった。


現実世界でも馴染みのあるチェーン店の、馴染みのあるメニューは物珍しさには欠けていたが、それでもヨーコとシズは喜んでいたし、キディもこの手のざっくばらんなスタイルは嫌いではない模様。


だがミロクは敵とはいえ人の乗ったHuMoを撃ってしまった後悔に肩を落としたままで、ミミもまた彼のそんな様子が気がかりであった。


それでもミロクも盛り上がっている一同に水を差すような真似は趣味ではないようで、意外にもカラオケは彼の「般若心経 35th sentury edition」から始まる。

 自分が関わってしまった死者への弔いの経を上げる事で、少なくとも表面上は吹っ切れたかのようにミロクはいつもの調子に戻っていた。


食事の合間にヨーコは児童向けのアニソンを、シズは演歌を、キディは最近流行りのJ-POPを歌い、ミミもミロクが調子を戻してきたように見えていた事から十八番(オハコ)のメタルバンドの有名曲を入れると、モニターにその曲名が映し出される。

それを見て、ミロクの表情がピクリと反応したのを目ざとく見つけたミミは少年に2本あるマイクの1本を渡そうとした。


「この曲、知ってんなら一緒に歌うか?」

「い、いいですよぉ……」

「なんも遠慮する必要ねぇのに」


すでに曲のイントロは始まっている。

地獄の底から響いてくるようなベースの旋律と、肉を切り裂いて血しぶきが飛び散る様を想像させるギター。そして、この世の全ての怒りを叩きつけるようなドラムがおりなす狂騒曲にミミはソファーの上に立って叫んだ。


「ヴェイ! ヴェイ! ヴェイ! ヴェイ!」


マイクなど無いものかのように腹の底から叫んでいれば、せめて歌っている間だけは嫌な事も忘れられるだろうとミロクを誘ったものの、少年僧侶は恥ずかしそうに尻込みしている。


恥ずかしがっているなら先に自分が歌ってやれば、ミロクも次は誘いに乗り易かろうという配慮もあった。


正直、ミミはメタル音楽特有の唸るような歌い方は得意ではないものの、それでもヨーコもキディもノリノリ。

そしてサビ直前のシャウト、限界まで振り絞った高音だけはミミも自信があった。


そしてサビの再び唸るような歌い方に戻った時にミミは「どうだい?」とばかりにミロクの方を見やると、意外な事に彼は眉をヒクつかせていた。


(……え?)


笑顔なのに怒っているかのような、そんなミロクの表情にミミは頭の中で考えていた事が一瞬で吹き飛ばされてしまって真っ白になる。


その次の瞬間、いや、ミミが気付かなかっただけで間奏のパートが終わるほどの時間が経っていた頃には少年僧侶は先ほど断ったハズのマイクを取って立ち上がっていた。


「ウ゛オ゛ォ゛ォォ゛イ゛ッ!!!! ウ゛オ゛ォ゛ォォ゛イ゛!! ウ゛オ゛ォ゛ォォ゛イ゛ッ!!」

「うわ!?」

救世主(メイア)を切り刻んで今日の(メシ)にしろッ!! 仏陀(ブッダ)を木魚でブッ叩け!! ムハンマドを■■■■■■■■■■ッ!!!!」


かつてこれほどまでに汚い歌声があっただろうか?

デスヴォイスだとか、うがい声だとか、そんな言葉では収まらないミロクの声はまるで排水溝。

素手で触れる事すら憚られるような汚水が溜まった水槽の栓を抜いた時ならば、これほどの嫌悪感を催すような音となるだろうか?


そんな重低音と、それでいてまるで断末魔のような高音の悲鳴にも似たシャウト。


ミミは今ここで顔も名前も知らない誰かが絶命したのではないかと錯覚したほどで、ちょっと前まではおどろおどろしい歌詞にも関わらずにノリノリであったヨーコも涙目になって怖がっている。


キディは猫耳と人の耳の両方を押さえながら呆気にとられたような顔で辺りを見回しているし、シズは娘の頭を撫でながらもミロクの豹変にはドン引きしている様子。


「あれ? 皆さん、どうかしましたか?」

「…………」

「……うん。私が悪かったわ」


それは嵐が通り過ぎるのを待つかのようで、ミミは中学生の頃にファミレスで隣のテーブルで食事をしていた、いかにもといった筋者が突如として店内に飛び込んできたチンピラ風の男に拳銃で射殺された時の事を思い出していた。


それでも、いつの間にか曲は終わっていて、静寂の救済が訪れた室内でミロクがマイクを持ったままキョトンとした声を出す。


それはいつもの中世的な少年の澄んだ声で、当の本人以外の一同は一様にほっと胸を撫で下ろした。


「あ、ミミさん。次も僕が知っている曲だったら一緒に歌わせてくださいよ!」

「あ、いや……。メタルは1曲くらいでいいかなって。そ、そうだ! キディ、最近の流行とか私も押さえておきたいなって思ってたんだ!」

「そ、そうね! ヨーコちゃんも気にしないで好きな曲を入れちゃいなさい!」

「う、うん! あ、私、ママの『津軽海峡姉妹船』が聞きたいなぁ!!」

「え、ええ!」


ミロク本人は一行にわけが分からないまま、一同は二度とミロクにメタル音楽を歌わせてはならないと密かに誓ったのであった。






カラオケ・レストランにいたのは3時間ほどであっただろうか。

途中、ハプニングはあったものの、ミミたちは充分に飲み食いして、大いに歌って英気を養った。


退店した時にはすっかり夜で、中立都市の繁華街はネオンの輝きの洪水となっている。


食事とカラオケで火照った体に夜風が心地良い。繁華街特有の悪臭もミミには馴染み深いもので気にはならなかった。


夜の繁華街の雰囲気はまるで新宿と池袋を足して2で割ったかのようで、眩いほどの輝きは美しいのに上品さは皆無。


「やれやれ。何でどこもこうなのかね? 下品を追求しましょ! って趣旨で都市開発してんのか?」

「『何でどこも』って、そりゃミミちゃんがお上品な街には縁が無いだけじゃない?」

「ハハッ! そらそうだ。代官山なんて行ったら蕁麻疹でちまうよ!」


夜風にあたりたかったのは皆もそうであったようで、一行はすぐにエアタクシーを呼ばずにしばらく夜の街を散策して歩く事にした。


山奥の教団だけのコミュニティに住んでいたミロクもそうだが、ヨーコとシズも夜の繁華街は初めてであったようで、周囲を物珍しそうに見ていたが、ミミとキディは3人の後ろをのんびりと歩く。


相棒の言葉を自嘲気味に笑い飛ばすが、それは彼女の心に残る傷に触れるものでもあった。


「……どうかした?」

「いやな。うん、だから私はお上品な奴らには負けらんねぇなって」

「はぁ? 何の事?」


ミミは暴力で支配され、そして自らの暴力で戒めを解いたのだ。

それは自負であるとともに、心のよりどころであった。

自分にはそれしかないとも思っていた。


だから、いわゆる"お上品な学校に行ってるようなお嬢様”には負けたくないと思っていた。


しかし、現実は非常なもの。

いくらミミが勝つまでやるつもりであっても、向こうにその気はないらしい。

だからミミはここにいる。


現実で相手してもらえないなら、仮想現実の世界でやってやる。


「……ところで、気付いているか?」


最初に気付いたのは誰だったろうか?


街の中の大勢の人混みの中に混じる刺すような違和感に。


つい先ほどまでは少し先を歩いていた3人も、いつの間にか歩調を落としてミミとキディのすぐそばに来ていた。

恐らくはミロクたちも気付いているのだろう。


「ったく、まるで足立区(ジモト)に戻ってきたみたいだな。いや……」

「あら、ミミさんは治安(ガラ)の悪い街の生まれで?」

「そうだな。もっとも、私の地元のほうがよほどアレなとこだな!」


シズは後ろのミミに話しかけながらハンドバッグの中に手を入れていた。

ミミにはその鞄の中に何が入っているかは分からなかったものの、間違いなく"ガラの悪い”物を潜ませてあるのだろうと頼もしく思う。


一方、ミロクは武器など持ってはいないものの、彼も何かに勘付いている様子で先ほどまであちこちに視線を動かしていたのが、今はまっすぐ前だけを見ていた。

そしてヨーコは緊張で、右脚と右腕を同時に出して歩いているくらいなのだが、彼女なりに向こうに気付いていると気取られないよう頑張っている事だけは分かる。


「はぁ……。噂をすれば、ってヤツかね? こりゃ、アレかね?」

「ええ。でしょうね」

「銃、か。ふん、お上品どもが考えそうな事だぜ!」


ミミが「地元の方が」というのは何も仲間を励ますために言ったわけではない。


事実、ミミの地元である足立区は都内でも治安の悪い地区として有名で、刃物や拳銃を用いた強盗や殺人、バイクを使っての窃盗、不良集団同士の抗争、その他にもありとあらゆる犯罪の坩堝といってもいい。


街を歩いていたら何があるか分からない街で生まれ育ったミミにとって、今まさに自分たちに向けられている意識はあまりにも研ぎ澄まされていた。


それは何も相手方の集中力がどうとかという話ではない。

複数いるであろう何者かたちは、皆揃って1つの何かを狙っている。

ナイフに鉄パイプ、拳銃に火炎ビン、バイクに自作爆弾などといった何が出てくるか分からない街で育ったミミにとってはそれはあまりに異様な事であった。


獣の嗅覚でそれを感じ取ったならば、後は人の頭脳で考えるだけだ。


とはいっても、そうそう選択肢などあるわけもない。

何せ、このゲームのメインはあくまでHuMoに搭乗しての戦闘なのだ。

十中八九、敵が使うのはプレイヤー初期配布装備の拳銃で間違いないだろう。


そうなれば話は単純。

これが敵が何をしてくるか分からないとなればミミたちも困ったであろう。

街はこれほどまでに喧騒と消費社会を支えるだけの物資にまみれているというのに、使ってくるのは運営様から貰った腰の拳銃だけだなんて。


故にミミは自分たちを狙っている敵を「お上品」だと吐き捨てる。

街のあちこちから向けられる殺気も彼女にとっては、キッチリとした背広を着たビジネスマンが腰を曲げながら差し出してくる名刺程度のものでしかない。

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