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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第6章 末世の荒野に唄えよ救世主
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18 覚醒

 その後、しばらくは獅子吼姉妹は今後の対応について打ち合わせをして、虎Dの運営特権で用意された輸送機で機体ごとライオネスとマモルは中立都市へと向かった。


 妹が乗った輸送機が滑走路から飛び立っていき蒼穹の空へと消え去った後も、姉は呆けたように窓の外を見つめたまま。


 カフェラテのカップを手に持ったまま、まだ中身が残っているカップに口を付ける事もなく、ただ溜め息を吐いたり、深呼吸をしてみたり。


「どうしたんです?」


 退屈に押されるようにマサムネが主に声をかけると、虎Dは話し相手がいたほうが考えがまとまるとばかりに思いつめた表情から一転、いつもの愛嬌のある顔に戻る。


「いえね。マモル君の事についてちょっと考えてたんスよ」

「ああ。上手い事をやったもんですよね」

「あれ? マサムネ君も知ってたんスか?」

「そりゃ、貴女がいない時はいつも暇してますからね。攻略WIKIは読み漁ってますよ。そんなわけで『ソヴィエツキ・ソユーズ』の取得方についても大体のとこは……」


「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」が正式サービス開始してから、現実世界ではまだ1カ月も経っていない。


 そんな時期にプレイヤーが取得できるHuMoとしては最上位の一角に位置付けされる「ソヴィエツキ・ソユーズ」が譲渡される事など運営チームとしては想定外であろう。


 βテスト時代においては前身機である「ソユーズ」が初めてプレイヤーに譲渡されたのはテスト開始から半年ほど経ってから。完成形の「ソヴィエツキ・ソユーズ」はそれからさらに1月ほどの時間を必要としていた。


「艦隊戦規模のイベントで、臨時の大隊長に任命されたのは半ば偶然みたいなもんでしょうけど、その結果、マモル君には個人の貢献だけではなく、大隊の戦果そのものが彼の貢献とされたってところでしょうか? ん? それだと大隊長としての仕事をちゃんと果たしていたって事か? 妹さんのお友達に指揮官役ができるプレイヤーがいて、その人の助力で大隊を上手く回していたって事なんでしょうね。ハハっ! そりゃ1人のプレイヤーがいくら頑張っても追い付けっこないか!」


 矢継ぎ早に繰り出されるマサムネの言葉はおよそ慰めには聞こえないものではあったが、それでもそれは彼なりの慰めであった。


 マモルがウライコフ正規軍から1個大隊を与えられるには、そもそもがそれだけの戦果を先に示す必要がある。


 そして仮に大隊を与えられたとして、極々一般的なプレイヤーやマモルのようなユーザー補助AIでは、ウライコフ上層部の耳目を集めるほどの目覚ましい働きができるものではないはずであった。


 さらにいえば、今回のイベントの規模がまた悪かったといえよう。

 両軍それぞれウン千隻の宇宙艦隊の殴り合いという規模の戦闘は、マモルとその大隊に無尽蔵に功績を与える装置となってしまったという事になる。


 確かに「ソヴィエツキ・ソユーズ」がこの時期に、それもプレイヤーではなく、その補助AIに与えられるという状況はイレギュラーであったかもしれないが、マサムネとしては奇跡のような偶然が重なったもので、虎Dたち運営チームに攻められるべき責はないと言いたかったのだ。


「はえ~……。確かにそういう流れなら、ありえる話なんスかね~。ちょっと他の事を考えていたから、そこまで気が回らなかったっスよ!」


 意外であったのは、マサムネの話を聞く虎Dがポカンと鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしていた事である。


「なるほど、大隊長なら大隊の戦果もマモル君の功績になるってのはありうる話っスね~。検証の後にNPCの思考ルーチンの変更しなきゃいけないかもしれないっス!」

「……『他の事を考えていた』って、ソユーズの事じゃないんですか?」

「いやいや、マモル君の精神崩壊について、そのやり方があったか~って感じっス!」


 違和感。

 そして嫌悪感。


 理性で抑えられる程度のものではあったが、嫌悪感にマサムネは眉を顰める。


「まるでマモル君の心が壊れる事を望んでいたかのような口ぶりじゃないですか?」

「そういう言い方は語弊があるというか……。いや、確かにそう思われるのも無理はないっスね。ライオネスちゃんに聞かれてたら殴られてっスね」


 主が己の発言を悔いて、表情を曇らせると再びマサムネの胸には先ほどの違和感が鎌首をもたげてきた。


「いったい何を考えていたというんです?」

「いえね、自分たちの作ったゲームだから、時間さえあれば治ると分かってるからって無神経だった思い直してるっスよ。でも、マモル君の心を壊す方法なんて誰にも分かんなかったもんで、つい……」

「それがソユーズの件よりも大事なんですか?」

「大事かどうかはともかく、なんせβ版の時はマモル君を精神崩壊まで追い込んだ事例なんて無いんスよ」


 自分を恥じるように人差し指で己の頬をポリポリと掻いて視線を外す虎Dは本心から反省しているようであった。

 それを見て嫌悪感は消し飛んでいたが、それでも主が何を考えているかはまだ分からない。


 仮にβテスト時代にマモルの精神崩壊の事例が無かったとして、どうして、それがソヴィエツキ・ソユーズの件を差し置いて考え込む理由となるのだろう?


「別にマモル君の精神が屈強だとか、そういうわけじゃあないんスよ? ただ、マモル君タイプのAIって臆病じゃないスか? だから心が壊れるよりも先に逃げるように作られているんスよ!」

「はあ、それで……?」

「ライオネスちゃんが言ってたじゃないスか? 『マモル君には逃げ場が無かった』って。アレは多分、物理的に宇宙にいるから逃げ隠れする場所が無かったって意味じゃなくて、精神的な意味だと思うんスよ。大隊長に任ぜられて、部下のNPCが自分を庇って散っていって、それでもマモル君は臆病だから死んでいった部下や生きている部下を切り捨てる事もできなくて……」


 話の順序建てとしては納得できる内容であったが、まだ結論は見えない。

 マモルの精神崩壊の方法が分かったとして、それが何になるというのだろうか。


 焦れるマサムネを察したように、そこで虎Dは話を変える。


「マサムネ君は『遊び人はアイテム無しで賢者に転職できる』とか『龍に進化する鯉』とか知ってるっスか?」

「はあ? どっちも有名なRPGシリーズのネタですよね」

「マモル君も同じなんスよ! なのに他のプレイヤーときたら1年間のβテストの期間中に気付く事すらできなかったという体たらく。……まあ、『遊び人』や『鯉』のまま進める縛りプレイもあるっちゃあるとは思うっスけど」


 そこでやっとマサムネも得心がいった。


 なるほど、確かにマモルの進化、いや覚醒の条件として、精神崩壊の経験がある事が必要ならば、ライオネスの補助AIであるマモルがβ版を通して初の事例となる。


「折れた骨が快癒した後は元よりも丈夫になっているように、絶望の淵から舞い戻ったマモル君は強いっスよ!」

「はあ、それにしては随分と条件がシビアじゃありませんか? 精神崩壊させようにも、普通は逃げるんですよね?」

「“マモルさん”の性能に合わせた取得難易度に合わせようとしたら、こうなったって感じっスかね」

「さん……?」

「マサムネ君だってマモルさんの技量を知れば、畏れ多くて“君”なんて呼べないっスよ!?」


 覚醒後のマモル、マモルさんとやらによほどの自信があるというのか、虎Dは不敵な笑みを浮かべる。


 そんな話をしておきながら、自分に対しては意図的なのか、それともいつもの癖なのか君付けで呼んでくる虎Dに対して自尊心を傷つけられたマサムネは軽い意趣返しで返す事にした。


「はあ。それじゃ結局、話は『ソヴィエツキ・ソユーズ』に戻りますね。その“賢者”や“龍”に例えられるようなマモルさんとやらに、ソユーズが与えられてしまったわけですからね。『鬼に金棒』と言いますか『翼を得た虎』と言いますか……」

「はっ!?」


 今はまだ心が壊れた状態でいるから良いとして、マモルが目覚めた後では、大概のミッションはクリアが余裕となってしまうわけで、逆にマモルさんに合わせた難易度に再設定してしまえば他のプレイヤーの不利益となってしまうわけで。


 頭を抱えて「う~ん、う~ん……」と悩み始めた虎Dを見てマサムネはほくそ笑んで窓の外の雲1つない青空を見上げる。


 問題は何1つ解決していない。

 ただ虎Dの妹であるライオネスの協力を取り付けただけ。

 だが、今はただ窓の外と同じように爽やかな気分であった。

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