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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第6章 末世の荒野に唄えよ救世主
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17 獅子吼姉妹、参戦

 しばしの静寂が2人の間で流れた。


 地上から物資を送る軌道エレベーターの音も、輸送機が隣接する滑走路へ着陸してくる音も防音システム越しでは心地良い環境音くらいにしか感じられず、虎Dは思考に耽り、ライオネスはそんな姉の顔をじっと見つめている。


「……ライオネスちゃんに取れる手段は3つ」


 マサムネが売店から買ってきたカフェラテを2人に手渡したタイミングで虎Dが口を開いた。


 カフェラテを一口飲んでからカップを隣の空席へ置き、運営特権のデバッグモードで自身の両手にそれぞれ1つずつの課金アイテム出現させて妹へ見せる。


 右手に現れたのは1錠のカプセル薬。左手には何やら細かい文章が書かれた書類。


「こっちのカプセルをマモル君に飲ませれば、現実世界の時間で1日分の記憶を消す事ができるっス」

「心が壊れてしまうような事なら、忘れてしまえって事?」

「スキルポイントの振り直しにも使えるようデザインされたアイテムっすから、ポイントは取得しているけど、消費はされていない状態に戻せるっス。後は好感度が下がる行動をプレイヤーが取ってしまった場合にも使えるんスけど、今回のマモル君の場合にも使えるっス!」


 現在の時刻は日曜の夕刻。つまり、虎Dが出したカプセルを飲めばマモルの記憶は土曜の夕方の時点までロールバックされるというわけだ。


 姉の提案にライオネスは眉を顰めつつも逡巡していた。


 現実世界の時間で1日、ゲーム内世界では10日前。


 その間のマモルや仲間たちと共に戦った記憶を相棒が失ってしまうというのは淋しい。だが、それでマモルの精神状態が元に戻るというのならばという思いもある。しかし、それは自分のエゴなのではないかという思いもまたあったのだ。


 思い悩むライオネスに対し、答えは当の本人であるマモルからもたらされた。


「僕は憶えていたいです。僕のために死んだ人たちの事を……。僕が忘れてしまったら、あのロクデナシたちの事なんてサーバーからも消去されて誰も憶えてる人がいなくなるんじゃって……」


 その声にライオネスは慌ててマモルの表情を見るも、少年の眼差しは未だ曖昧なまま。両手でオレンジジュースのプラカップを持って、すぐに口元へとストローを運ぶ。


 一瞬、正気に戻ったのかと獅子吼姉妹は驚いたものの、どうやら精神が壊れたまま発した声だったのだろう。


「そう……。マモル君がそう言うなら……」

「それじゃ、こっちは……」

「いらないわ。『解任通知書』なんて書いてあるんだし、どんなアイテムかなんて聞かなくても分かるわよ」


 課金アイテム「解任通知書」。

 現在のユーザー補助AIを解任し、新たに別のAIを選ぶ事ができるというアイテムである。


 これは実の所、虎D自身も妹は選ばないだろうという予見はあったものの、あくまで選択肢の1つとして提示しただけに過ぎない。


「ならば3つめの選択肢っスね」

「アイテムが2つしかないって事は、気長にマモル君の精神状態が治るのを待つって事でしょ?」

「まっ、そういう事っスね。それがいつになるかは分からないっスけど、そう長くはかからないハズっスよ。まあ、今回の危機に『ソヴィエツキ・ソユーズ』とソユーズを与えられるほどのパイロットがいたら捗ったんでしょうけど、そこはライオネスちゃんの考えを尊重するっス!」


 今回、ピンチだと言ってイベント参加中であった妹にわざわざ協力を求めたというのに、現状で最高戦力となりうるマモルが使えないという選択肢を妹が取ったというのに虎Dは柔和な笑みを浮かべていた。


「まあ、ソユーズはマモル君の専用機として生体認証されちゃってるから、私には使えないからね。で、ピンチだとか危機だとか、いったい何があったのよ?」

「ああ、そうそう。聞いて欲しいっス!!」

 ………………

 …………

 ……




「はあ~? カルト教団が中立都市を滅ぼそうとしてる!?」

「オマケに2つある安全装置は使えないんスよ。ハハハ!」

「なに笑ってんのよ……」

「こんなん笑うしかないっスよ!」


 虎Dが説明する所によると、とあるミッションが運営チームの予期していない方向へと進んでしまい、その結果としてプレイヤーの拠点たる中立都市に想定外の被害が及んでしまうという危険があるという事であった。


「んな事を言ったって、中立都市にはホワイトナイトを装備する『中立都市防衛隊(UNEI)』がいるでしょ?」

「そもそも今回のミッション、私がシナリオ担当に『プレイヤーがホワイトナイト隊と共闘するミッションが欲しい』って発注したとこから始まってるんスよね!」

「つまり敵はプレイヤーやUNEIを相手に回しても十分に中立都市を壊滅させられるだけの戦力を持ってるって事?」


 ライオネスは怒りに眉を痙攣したかのようにひくつかせ、熱くなった脳を冷やすかのように音を立ててアイスカフェラテを盛大に啜る。


 姉の話は単純ではないが、理解できないものでもなかった。


 カルト教団の教主を暗殺せよというミッションがあって、そのミッションを受注したプレイヤーが教主を殺害しないという選択肢を取った場合に、教主を旗印として教団は中立都市に対する大規模テロを決行するという二段構えのミッション。


 ところが今回、そのミッションを受注したプレイヤーの1人が他のプレイヤー全てを殺害し、教主を殺害せずに教団から拉致したのだという。


「本来であれば、暗殺ミッションで殺されていなければ教団に残っているハズの教主がいないのが問題だと?」

「そうなんスよ! 本来ならば、教主の少年は中立都市への大規模テロ実行中に実質的な教団のトップと刺し違えて、その結果として中枢を喪失した教団は総崩れとなって敗北に至るって流れなんスけどね。それが1つめの安全装置っス」


 なるほど姉の説明は理解の範疇である。


 教団の中にいるから教主は中枢を討つ事ができる。

 それが教団の外に連れ出されてしまえばおいそれと手を出す事ができなくなってしまう。


 理解はできる。だが納得できるかと言われれば否であった。


 ライオネスは舌打ちしながら姉を睨む。


「少年って事はまだ子供って事? それじゃ、その教主の子って、結局はどんな選択肢を選ぼうが死ぬって事じゃない?」

「……まあ、そうっスよね。その担当の子が書くシナリオって何ていうか癖があって。鬱展開って言うんスか?」

「まあ、良いわ。今回はその子に全ての責任をおっかぶせてってわけにはいかなくなったみたいだし。で、2つめの安全装置ってのは何?」

「カーチャ隊長のホワイトナイト・ノーブルっス……」


 正直、ライオネスとしては例えNPCであったとしても、敵ではないのにどんな選択肢を取ろうと死ぬだなんて良い趣味だとは思えなかった。


 仮想現実の存在とはいえ、人の命を世界の安全装置として使おうという目論見が潰えた事にほくそ笑んでいたものの、続く姉の言葉に思わず天を仰ぎ見る。


「カーチャ隊長って、今、宇宙に行ってるじゃない!?」

「そうなんスよ……」

「何でよ!? そもそも何でカーチャ隊長が仮面被ってんの!? てか、あの“黒い鎧武者”は何なの!?」

「ま、まあまあ。そ、そこは深く触れないで欲しいっス。ともかく、そのせいで、カーチャ隊長とホワイトナイト部隊が機を見て敵前線を突破し敵中枢を叩くって手が使えないんスよ……」


 先ほどライオネスが天を見たのは、カーチャ隊長が今いる場所を向いたに過ぎない。

 だが今度は慣用句通りの意味で天を仰いだ。


「教主の少年とやら、刺し違える必要なんてなかったって事ね。そんなクソみたなシナリオ作る奴だから、その大規模テロってのもよほど酷い事になるんでしょうね」

「その酷い事を防ぐためにライオネスちゃんに協力して欲しいっス」

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