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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第6章 末世の荒野に唄えよ救世主
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15 食卓

 ヨーコの母お手製のカレーライスは極々一般的な、というよりかは平均点よりもやや下といった風情であった。


 具材のサイズはてんでバラバラ。

 カレーソースは市販のルーそのままといった塩梅で、ケチャップやウスターソース、インスタントコーヒーなどのミミですら思いつくような隠し味の類は入れられていないであろう。


 美味しいが、いくらでももっと美味しくできるであろう平均点以下のカレー。


 だが、むしろそれがミミにはドンピシャで刺さった。


 今は伯父夫婦の元で平穏に暮らしているとはいえ、産みの親の元で虐待を受けて育ってきた彼女は家庭的な味に飢えていたのかもしれない。

 伯父夫妻に不満は無い。むしろ感謝しかないのだが、それでもミミの人格の根っこに染みついた“幸せ”への渇望をヨーコの母親のカレーは絶妙にくすぐってくるのだ。


「なんか、その恰好でスプーン使ってるのって違和感あんなぁ」

「何です? 藪から棒に……」


 ガレージの外では僧兵集団を官憲に突き出した後の整備員たちも休憩に入ってカレーライスに舌鼓を打っている。

 つまり突然の来客であるミミたちが来なくとも、このカレーを食べるのは大勢の大人たちとたった1人の子供であったのだ。

 なのにカレーはヨーコのために甘口に仕上げられている。


 それがあざといくらいの母親の愛のように思われてミミは突然に目頭が熱くなってしまい、それを誤魔化すため隣のミロクを茶化す。


「なんつ~か、カレーを手で食いそうなイメージだからよ」

「一部民族の習俗を僧侶一般に当てはめなくても……」

「その一部民族の民族衣装みたいなモンを着てるのにか?」

「民族衣装ではなく、僧衣ですよ」


 そもそもが本当に気になってはじめた話ではないのだからミロクが続ける僧衣についての解説をミミは「ふ~ん」と適当に相槌を打ちながら、口の中にらっきょうを放り込んだ。


「おう。お返しに1つ、常識って奴を教えてやるよ。カレー食ってる時にウンコの話はするな」

「糞掃衣です! だいたい、それを言ったら、カレー以外の物を頂いている時だってそんな話はされたくありません!」

「まあまあ……」


 煽られ馴れていないのか、なおもからかうミミの言葉に対してミロクの語気が強くなると、横からヨーコの母が笑顔で宥めてくる。


 このヨーコの母。

 僧兵と戦っていた時はまあ随分とエグいやり口で敵にナイフを突き立てていたものだが、その時の鋭い眼差しからは一転、聖母のような微笑を崩さずに器の大きさを見せていた。


 別に猫の遺伝子から組み込まれれているから玉ネギが毒というわけではなく、ただ単に好き嫌いでカレー皿の端に除けているキディも、食事中だというのに排泄物を現す単語を口に出すミミも、煽られて語気を荒げるミロクもヨーコの母にとっては食卓を賑わしてくれる客人のような扱いである。


「おっと、悪いな」

「いえいえ。貴女方にはこの街もそう安全な場所ではないと教えて頂きましたし、暴漢をやっつける手伝いもしてもらいましたし、お構いなく」

「いや、あれは……」


 ヨーコの母が言う暴漢とは先ほどの僧兵たちの事なのであるが、彼らはミロクを連れ戻しに来たわけで、どちらかというとミミたちはヨーコ母子を巻き込んだ立場なのである。


「すいません。あの僧兵、COM=僧たちは僕を追ってきたんです。貴女たちを巻き込んでしまって申し訳ありません」

「あら~? そんな奴らもいますのね。荒野も街も危険がいっぱいだなんて、どこも一緒ですのね」


 ミミがどうやって僧兵たちの事を伝えようかと思案している隙が、ミロクが直球ストレートで事実を伝えてしまう。


 だが、ヨーコの母は思っていたよりもすんなりとミロクの話を受け入れてしまった。


 これではどうやってカドが立たないよう伝えられるか考えあぐねていた自分が馬鹿みたいだとミミは思ったが、案外、世の中、言葉を濁したりするよりも誠実である方が相手に悪感情を抱かせないのかもしれないと思う事にする。


「にぇ~にぇ~?」


 これ以上の美味はないとばかりに一心不乱にカレーライスを食べ終えて、サラダの小皿に残しておいたプチトマトを嬉しそうに噛みしめてからコップの水をごくごくと飲みほしたヨーコが口を開いた。


「後で、陽炎でお出かけしたいんだけど良い~?」

「まあ、街中をぷらぷらしてるよりはコックピットにいた方が安全なのかしらね~?」

「おいおい……。ってか、あの陽炎、ヨーコちゃんが乗るのかい?」

「うん! むしろ私用にコックピットを弄ってもらってるから、大人は乗れないよ~!」


 ミミは横目でチラリとキディの方を見やると、「恐らくだけど……」と付けた後でヨーコは年齢的な事を考えれば隠しスキルの「無免許運転」を持たされているNPCなのではないかという事である。


「本来は敵性NPCが持ってるようなスキルなんだけどね……」

「おいおい……。こりゃ『器がデカい』どころの話じゃね~ぞ!?」


 歳はまだ聞いていないが、未就学児くらいの年齢にしか見えないヨーコがHuMoのような戦闘兵器を無免許で乗り回す事を許しているような母親だ。そりゃ食卓でウンコと言っても何とも思わないはずだ。


 鈍感というよりかは極端な世間ズレなのか?


 ヨーコの母親は別に娘を愛していないわけではない。むしろ逆。彼女の態度の節々からは娘への愛情を感じる事ができるし、ヨーコも母親からの愛情を微塵も疑ってはいない屈託のない、ミミには到底できないような笑顔である。


「そういうわけで~、ミミさんたち、傭兵(ジャッカル)でしょ~? ミッションに連れてってぇ~!」

「ええ……?」


 交流のあるNPCが戦闘に参加してくれる。

 なるほど、ゲームでは良くある展開だ。

 だが、現実のようにリアル感のあるこのゲームではヨーコのような幼児を戦場に連れ出す事に抵抗があった。


「ああ、そうだ。さっき買ったプラモでも作ってたら?」

「いや~、まだインスピレーションが足りないんだよにぇ~!」

「はあ? プラモ制作の?」

「陽炎を改装するための」

「……もしかしてプラモはそのための?」

「そうそう!」


 この母親にしてこの娘あり、か。

 思わずミミは溜め息を吐く。


 歳の頃から考えれば難易度が高いであろう大型のプラモを買っていた事まではまだ分からなくはない。


 だが、今にして思えば“ちょっとした乱闘”などとはけして言えないような命のやりとりの場であった僧兵たちとの戦闘の最中であっても、ヨーコは泣いたりしていなかった。狼狽えもせずにキディに手を引かれながら自身でも周囲の状況を把握しようと視線を動かしていたように思える。


 自分がヨーコくらいの歳の頃には両親が煙草に火を着けるたびに自分に押し付けられるのではないかとビクビクして怯えていたのを思いだせば、ヨーコもまた母親と同じく世間ズレしているのだ。


「ミミちゃん、これ、もしかして連れてくって言わなければ1人で行っちゃうタイプのヤツじゃ?」

「ミミさん。僕もそう思います。何とかこう、低難易度のミッションで上手くお茶を濁せませんか?」

「……わ~ったよ!!」

「やった~~~!!!!」


 キディとミロクが危惧していた事をミミが考えていなかったわけではない。


 先ほど見た陽炎の姿を思い起こせば、火力と耐久は見た目どおりのあったとしても、それでも随分と小回りの利かなさそうな機体である。


 あんな機体で単騎、敵に出くわしてしまったらと思えば、少しくらいヨーコに付き合ってやるのもやぶさかではなかった。

 それがミミなりのカレーへの礼である。

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