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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第6章 末世の荒野に唄えよ救世主
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13 宿敵の技

 様々な食材が煮込まれた豊かな甘い香りと、控えめながらしっかりと主張するスパイス。


 エアタクシーを降りてミミたち一行がカマボコ型のガレージへと入ると、機械油の匂いに混じって漂ってきたのは典型的な家庭風カレーの美味しそうな香りであった。


「うん? ここ、ウチの比べて随分と広くねぇか?」

「ああ。各プレーヤーに貸与されているガレージは課金アイテムやミッションやイベントの報酬で拡張する事ができるからね。初期状態でも12機のHuMoを保有できるから、そんな必要になる事もないと思うけど」

「つまりヨーコちゃんが世話になってるマーカスって奴はプレイヤーって事か」

「大方そうなんだろうね。傭兵NPCでも富豪キャラはいるらしいけど、それだったら逆におかしいんじゃない?」


 ガレージに着くや否や、プレハブ式の事務所へ向かって駆けだしていくヨーコの背中を見送りながらミミはガレージ内部が異様に広い事に気付く。


 明らかに外から見たガレージの大きさと、内部の容積が見合っていない。

 広大で、天井も電波塔がすっぽり入るのではないかというほどに高いのだ。


 かといって打ちっぱなしのコンクリートの床に鉄骨が剥き出しの構造。天井から吊るされた水銀灯と、見てくれはミミのガレージとほぼ同じ。

 キディが言うように成金傭兵ならば、もう少し調度品などの内装に気を使うのではないかとミミも同意する。


「プレハブだけならたくさんあるけど……。HuMoは2機だけ。なんでまたこんだけガレージを広くしてんだろな? ミッション報酬でアホほどアイテムが手に入ったとか?」

「課金アイテムと同じ効果のアイテムだなんて貴重品に決まってるじゃない? そうそう簡単に貰えるもんでもないハズよ」

「そらそうか。……って、ミロク!?」


 とてとてと幼児体形で走っているために転ぶのではないかと冷や冷やさせられるヨーコとは反対側にミロクは駆け出していた。


 どこへ?

 ミリオタのミロクが向かう先など決まっている。


「うわぁ……。ミミさん、キディさん! 『陽炎』と『月光』ですよ!! 僕、初めて見ました!!」

「はいはい。コイツらもレア物なのかい? うん? 『陽炎』っつ~と……」

「はい! だからヨーコちゃんはプラモデルが欲しかったんですね!」


 嬉しそうにミロクが手に持ったままのプラモデルを掲げる。


 なるほど、確かにヨーコのような子供にとっては身近な機体に親しみを持って、その分身としてプラモデルを手元に置いておきたいと思ったとしても不思議ではない。


「で、この2機種がレア物なのかというと、そこまでレアってわけではないんですが、それでも用途がハッキリしている機種なんで、配備先が少ないんですよ!!」

「配備先が限られているっていうと、昔の90式戦車みたいな?」

「戦車? っていうのは分からないですけど、ステルス機とホバー推進機ですからね。僕がいた教団でも本拠地が山間部にある都合上、大型機を導入しようって時に『陽炎』は真っ先に候補から外されたくらいなんです」


 大人しくしていれば仏像のような柔和な微笑を浮かべているミロクが、今は熱に浮かされたように腕を振り回して早口で2機種の解説をしている。


 周囲の整備員の目もあり、苦笑しつつも話を切り上げるタイミングを計るミミの背後から話しかけてくるものがいた。


 足音はあっただろうか?


「ヨーコを送ってくださったようで、どうもありがとうございます」

「お、おう。えとヨーコちゃんのカーチャンかい?」

「はい!」


 エプロン姿の女性。彼女のスカートを掴んで抱き着くようにしているヨーコの表情は随分と親し気。間柄を問うと、予想通り、ヨーコの母親だという。


 歳の頃は二十代後半か、いっても三十台前半くらいだろうか。


 目尻の僅かな小皺と、肌の質感、ハリ感から察すると長期間に渡って強い紫外線に当たってきたのだろう。もしそうならば実際の年齢はもう少し若いのかもしれない。

 スポーツでもやっていたのか、それとも野外での勤務がある職業だったのか。


 美人ではあるが、虚飾の限りを尽くしてまで美しさを保とうとはしていない。

 それよりはヨーコとの生活が幸せでたまらないといった感情がそのまま表情に現れたような自然な笑顔は、実の両親に恵まれなかったミミにとっては好感の持てるものであった。


「なあに、ヨーコちゃんがデカい荷物持って1人で帰ろうってんで着いてきたまでだ。こんな街で子供独り歩かせちゃ危ないぜ?」

「あらぁ? この街ってそんな危ないんですか?」

「そら表向きは華やかだけどな。ちょっと裏に入りゃスラムをストリートチルドレンやら浮浪者が闊歩してるとこだぜ。もしかして最近、こっちに引っ越してきたクチかい?」

「ええ、そうなんです。それはすいませんでした」


 ミミの説明を聞きながらも良く分からないといったような顔をする母親に、ミミは彼女たち母娘は元はよほど治安の良い場所に住んでいて、危険を察する能力が欠如しているのだろうと思った。

 そうでなければ中立都市のスラムなど比較にならない危険な場所にいて、危険に対して感覚が麻痺しているかだ。


 ともかくミミは既にヨーコの母親に対して好感を抱いていたために「ヨーコのような子供を独りで外を歩かせる」という事に対してある程度、割り引いて考えていた。


 実際、ヨーコの母親は娘を邪険に扱って無碍に放置するような人ではなかった。

 そんな事は自分のスカートにしがみついてじゃれるヨーコの頭を撫でる様子を見れば一発で分かる。


『むほほwww 人妻キャラktkr』

『\(^o^)/』

『飾りっ気ないのがまたΣd(ゝ∀・)ィィネ!!』


 問題といえば、だ。

 猫耳属性単品ストロングスタイルのキディに続いて、褐色の美少年キャラ、幼女、若妻の登場で視聴者の需要が自分から随分と離れていってしまっているような感覚だけである。


「ところでアンタがたが世話になってるっていうマーカスさんってのは?」

「ええ。今、ちょっと出稼ぎに……」

「出稼ぎ……?」

「うん! おそらぁ~~~!!!!」


 ヨーコはつま先立ちになって思い切り背伸びしながら天を指差す。


 傭兵が空で仕事とはどういう事か? もしかして“お空で仕事”とは亡くなった事を子供であるヨーコに伝えるための方便なのかもと考えるが、正解はすぐに出た。


「ああ。“そら”で出稼ぎって宇宙に行ってんのかい?」

「うん!」


 そうと分かれば納得である。

 課金アイテムか報酬なのかは分からないが、これほどにガレージ内を拡張するプレイヤーならば週末の宇宙戦イベントに参加するのはむしろ道理といえるだろう。


「なるほどね。だからホバー推進の陽炎は宇宙じゃ使えないってんで置いてったのか」

「ところで皆さん、お昼はカレーライスにしようと思うんですけど、食べていかれませんか?」


 ヨーコの母親が歩き出す。

 だが昼食を誘っている割に、簡易キッチンのあるプレハブに向かってではなく、逆。

 整備員が工具を並べてある作業台に向かって。


「その前にッ!!!!」


 おもむろに母親は作業台のスパナを掴むと振りかぶって背後に投げつける。

 その直後に甲高い金属音。

 壁や床にぶつかったのではない。


 何者かが自身に向かって投げつけられたスパナを手にした棒状の物体で叩き落したのだ。


「貴方がたは招かれざる客のようですね?」

「……邪魔だてするならば容赦はせぬぞ?」


 いつの間にか一同を異形の集団が取り囲んでいた。

 異形とはいえミミにはその姿を形容する言葉を知っていた。

 ただ、その言葉がSF風味の世界にあまりに場違いだっただけだ。


 深編笠風の顔の見えないヘルメットに、袈裟を模した戦闘服。

 ある者が手にする尺八のような形状の棍棒(クラブ)からは紫電が迸り、またある者の錫杖の先端はみるみる内に赤熱化。


「こ、虚無僧ッ!?」

「彼らは汎銀河仏法帰依者の会(メタル=ブッダ)の僧兵です!!」

「教主殿。大人しく我らの元へお戻りくだりますよう……」

「うるせぇッ!!!!」


 いつの間にかガレージ内に侵入してきていた虚無僧風の僧兵は20人ほど。


 つい先ほどヨーコの母親に背後を取られていた事から注意を払っていたハズなのに囲まれていた。

 あまりに不気味である。


 だが、それで臆するミミではなかった。


 僧兵の代表者らしき男が話していた途中ではあったが、そんな事ミミには関係ない。

 むしろ彼女からすれば、それは誘っているようにしか思えなかった。


 一気に距離を詰めてボディーブローを叩き込む。

 120kgの体重が乗った、低身長がなせる低い位置からの打ち上げるかのような打撃。


 虚無僧はガードする事もできずに2、3メートル吹っ飛ぶものの、ミミは地面へ落ちる所を見る事はなかった。

 そのままタイミングを計りつつ走り、隣の虚無僧へランニング式のレッグ・ラリアート。


「ぃイヤァオ!!!!」


 胸元へ向かっていた蹴りは直撃の直前に軌道を変え、ヘルメットで隠れた喉仏を下から狙い打つ。


 吠える。

 ミミは広大なガレージですら狭いとばかりに声を張り上げて叫ぶ。


「ぶっつけ本番でも上手くいくもんだな!! ええっ!!」


 その技はミミの宿敵の十八番(オハコ)であった。

 宿敵との再戦に備え、敵の十八番に同じ技をぶつけて面目を潰してやるために練習を重ねた技。


 ゲーム世界にきてからのアバターで繰り出すのは初めてではあったものの、思った以上に“キンシャサ”は使える技であった。


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