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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第6章 末世の荒野に唄えよ救世主
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11 たまには外に出ろ

「じゅ、10万円……?」


 ミミは自分の頬が引き攣っていくのを抑える事ができなかった。


 彼女の動画配信に用いる動画配信プラットフォームでは、動画を視聴者が見ていた時間に応じた収益の配分の他、いわゆる投げ銭と呼ばれるスーパーチャットが実装されている。


 だが、ミミはこれまでの配信で投げ銭を行われた事はあったものの、1日足らずで10万円を超える金額を集めた事など未だかつてない事であった。


『昨日、相談にのってもらった者です。ミロク君のいうように今日、腹を割って話をしてみたら悩んでいたのが嘘のように仲直りする事ができました。ありがとうございます。お布施をお受け取りください:5,000円』


「あれ? 酔いどれ羆さん、相談頂いたのって昨日でしたっけ? それはともかく上手く仲直りできたようで何よりです。御浄財の布施、誠にありがたく頂戴致します」


 そうこうしている内にまた5千円の投げ銭。


「あれ? もしかして、ミロク君。私よりも配信者としての素質がある……?」

「そうだねぇ。ちなみに私も2万円スパチャしてもらっちゃった」

「アンタもかい……」


 つい先ほどまでソファーの上で昼寝を楽しんでいたキディが足音も無くミミの背後に立っていて、勝ち誇ったような声を出す。


 きっと声だけではなく、表情まで勝ち誇ったような笑みを隠そうともせずに浮かべているのであろうと、ミミは背後を振り返る事もなく溜め息を吐く。


「で、何だい? 『私が貰った金なんだから、課金してプレミアムプランに入れ』ってか?」

「いんや。そらプレミアムアカウントならミッション報酬が割り増しになるんだけどさ、ウチの稼ぎ頭はミッションに出ないで金稼いでんだから、そんなん言えないよ。それよりも皆が気にしてる事があってさ」

「あん?」


 いつも飄々と我関せずの姿勢を崩さないキディが何かを心配するような声で「気になる事がある」という。

 だが、心配事が何かはキディからではなく視聴者からのコメントで知らされた。


『は~い! みみせんせ~!』

『ミロク君、一昨日から何も食べてません』

『この子、断食したがる癖があると思います』


「おと!? は? マジかよ!?」


 言われるまで気付かなかった。

 だが、かといって言われてもそうとは思えない。


 ミロクの肌は濃く日に焼けていて、顔色で気付けないという事もあるが、何よりもプラモデルに向き合う少年の表情はいかにも楽し気で、それでいて切羽詰まった様子など微塵もないノンキなものである。


「……ミロク君、メシ食ってないってマジ?」

「何です? 食べてますよ。昨日もキディさんからキャンディーを頂きました」

「はいはい。オメーさんが即身仏志願者ってのはよく分かったわ」

「うわ! 何を!?」


 そもそもだ。

 生きるという意思が有る人間ならば、自身を対象とした暗殺依頼など出さないであろう。

 例えどのような事情があろうとも。


 ミミならば、たとえ他人を犠牲にしても自分だけ生き延びようとするだろう。たとえ他人に生き汚いと罵られようと、そのために何人の犠牲が出るとしても。


 ミミはミロクに好感を抱いているのは事実であるし、ミロクもミミに随分と懐いてくれている。


 だが、そのような価値観の断絶は埋められない。

 かといって両者の間にけして埋められない価値観の相違があろうとも、それで悲しみに暮れるほどミミはセンチメンタルな人間ではないのだ。


 ミロクの両腕の下に手を入れて立ち上がらせてから、ミミはひょいと軽い調子で少年を肩に担ぐ。


「けっ! 相変わらず軽いこった。私の半分もないだろ? おう、キディちゃん、カメラ1つヨロシク!」

「あいよ!」

「ミ、ミミさん!? どこへ!?」

「飯だよ! メシ!!」


 ミミがミロクの体重を「自分の半分もない」というのは正確ではないかもしれないが、それでも何の誇張も含まれてはいない。


 右肩に担いだミロクは、さすがに人間1人分の体重だけあって軽いとは言えないのかもしれないが、かといって30kgのコメ袋2つよりは明らかに軽い。25kgのセメント袋2つと大して違いはないのではないだろうか?


 ミミはこのゲームを始めるにいたって、アバターを変更して配信の際に使用していた3Dモデルにしていたために背丈は低い。

 だがミミがアバターで変更していたのは外見だけ。

 身長155cmの少女体形のミミであったが、その体重は110kgの現実のまま。膂力も同じである。


 結果として少女が自分と大して体格の変わらない少年を片腕で肩に担ぐという、何ともおかしな絵面になってしまっていたが、さらにミミは空いている手で自撮り棒に取り付けたカメラを持ち、何食わぬ表情で事務所から出ていく。


「あ~……。まだ作業は途中なのにぃ~……」

「オメーんとこの宗派じゃ、物への執着を捨てろとか教えね~のかい?」

「それを教え込んだ人の言う事じゃないです」

「ハッハ! そりゃ、そうだ! おっしゃ! それじゃ、ちゃんとメシ食えたらご褒美に玩具店に連れてってやろうか!」


 自身の状況がまるでぐずる幼児を抱く親のようで、ミミは皮肉めいた事を言ってみたが、意外にもこれはミロクにドンピシャでハマったようだった。


「ホントですか!? 玩具店って、プラモデルとかも置いているんですよね!?」

「おう。ネットショッピングも良いけど、やっぱ店舗にずらっとキットが並んでるのは壮観だぞ~。『このパーツ使えるな~』って買う予定の無かったもんまで買っちゃったりしてな!」

「それじゃ、行きます!!」


 よほど玩具店に行きたかったのか、ミロクはミミの肩から降りて自分の足でガレージから出ていく。

 後ろを振り返って、ゆっくりと歩いていた2人を急かすほどで、ミミは「まさか傭兵団地から商業地区まで歩いていく気かよ?」と苦笑。


 結局、キディが呼んでくれたエア・タクシーに乗る事になったが、あまりにミロクが急かすために食事よりも先に玩具店へと行く事になってしまった。

 ………………

 …………

 ……




 このゲーム内の玩具店は現実世界でも滅多に見ないような大型店舗であった。

 5階建てでミミたちの目当ての模型や関連商品の売り場は最上階。


 エスカレーターで昇っていった先の模型売り場は店舗の規模から考えれば客の数は少なかった。


『そりゃ模型貰って喜ぶNPCなんて少ないだろうしね~』

『それにゲーム内で手間かけてプラモ組んでも、現実に戻れば何にも残らないんだもの』

『だよな~。事務所とかガレージに飾るんなら完成品のフィギュアでいいだろうし』


 もしかしたら視聴者たちのコメントは的を射たものであったのかもしれない。


 まばらな模型売り場の客にはプレイヤーらしき人物の姿が極端に少なかったのもそのような事情だろう。


 だが、現実世界の馴染みの店舗に客入りが少ないのは物悲しい気分を味わう事になるのだろうが、仮想現実の世界ならば何の問題もない。


 かえって気兼ねなく買い物ができるとミミは周囲の棚に並べられたキットを眺めて楽しんでいた。


「おっ、これタミガワのⅢ/Ⅳ号じゃん! けっこ~レア物なのにこんなに並んでるなんて。って、こっちはプレ版限定の……」


 誘蛾灯に誘われる夏の虫の如くミミはふらりふらりとミリタリーモデルの棚に引き寄せられていき、気付いた時にはしばらくの時間が経ってしまっていた。


 さすがに我に返って連れの2人を探すと、相棒の方はすぐにみつかった。

 猫の本能が刺激されるのかキディはレールの上を走る展示用の鉄道模型に釘付けになっていて、ミミが肩を叩くとバツの悪そうな顔をしてみせる。


「ミロク君は?」

「あ、ゴメン。見てないわ」

「ったく。って、私も人の事を言ってられないか。2日も何も食ってない奴だしその辺で倒れてなけりゃいいけど……」


 2人でミロクの事を探す事となったが、結局はミロクを探す事は「鉄騎戦線ジャッカル」のコーナーを探す事と同義であった。


 現実では各種スケール合わせても数えるほどしか発売されていないHuMoのプラモデルも、ゲーム内では自前のデータが使えるという強みもあってか大量のキットが販売されていて、ミミは「ゲーム内で売り上げの良いキットがあったら現実でも発売するつもりなんだろうか?」と下衆の勘繰りをしながら歩いているとそこに探していた人物はいた。


「お坊さん、どうもありあと~!」

「どういたしまして」


 大型キット故に目立つよう棚の上の方に並べられていたのであろうキットに手が届かなかったのか、背伸びをしていたまだ幼い女児にミロクが代わりに取ってやったという所だったのだろう。


 満面の笑顔の幼女に、温和な微笑を浮かべたミロク。

つい先ほどまで食事を摂っていないとかプラモデルを作っている途中だとかで幼児扱いされていたミロクも、こう見ると不思議と年長のお兄さんに見えてくるから不思議であった。

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